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日本マイクロソフトは、スタートアップやその支援企業、オープンイノベーションに取り組む企業などに向けたイベント「Microsoft Innovation Lab 2019」を、8月30日に開催した。
マイクロソフトではスタートアップに対して、技術面からマーケティングやセールス、海外進出まで幅広く支援するプログラム「Microsoft for Startups」を、グローバルで展開している。「Microsoft Innovation Lab 2019」も、そうしたスタートアップ向け事業の一環として実施されたもので、今年が初開催。
新規事業の創成に関わるすべての人に、新たな出会いや気づきの場を提供することをコンセプトに、2つのキーノートほか、各種セッションやブース展示、スタートアップ企業によるピッチコンテスト「Microsoft Innovation Lab Award 2019」も行われた。
多数のカンファレンスやブースの出展も行われた「Microsoft Innovation Lab 2019」の会場
日本マイクロソフト最大規模のパートナー向けイベント「Japan Partner Conference 2019」に併設する形で実施された「Microsoft Innovation Lab 2019」。朝10時の開場とともにキーノートステージが開始され、多数のブースが出展するメイン会場には、多くのスタートアップおよび関係者が集った。
デジタル・ネイティブが提案するオープンイノベーションとの向き合い方
11時から始まった「Vision Keynote」と題された1つ目のキーノートには、マネーフォワードCEOの辻 庸介氏、グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナーの高宮慎一氏、株式会社メドレー代表取締役医師の豊田剛一郎氏がパネリストとして登壇。
日本マイクロソフト 執行役員 常務 マーケティング & オペレーションズ部門担当 岡 玄樹氏
日本マイクロソフト 執行役員 常務でマーケティング & オペレーションズ部門担当の岡 玄樹氏がモデレーターを務め、「デジタル・ネイティブ企業と創り出すビジネスと社会の未来」をテーマに、スタートアップとそれを支援する企業の連携のあり方について取り上げた。
左から日本マイクロソフト岡 玄樹氏、マネーフォワード辻 庸介氏、グロービス・キャピタル・パートナーズ高宮慎一氏、株式会社メドレー豊田剛一郎氏
冒頭の挨拶で「マイクロソフトといえばエンタープライズ、大企業というイメージが強いが、近年はデジタル・ネイティブなスタートアップとも真剣に向き合っている」と岡氏。卓越したビジネスアイデアを持つデジタル・ネイティブに対し、「マイクロソフトの有する幅広いテクノロジー分野における技術支援や、優良顧客へのアクセス、マーケットをどう攻めるかといったところから一緒になって取り組んでいる」と紹介した。
さらに長年築いてきたパートナーとのエコシステムを活用したセールス支援、グローバル企業ならではの海外展開支援など、「Microsoft for Startups」のプログラムを通じて、スタートアップに様々なベネフィットを提供していることを説明。RPA(Robotic Process Automation /ロボティック・プロセス・オートメーション)分野のユニコーンであるUiPathなど、プログラムを活用してサクセスしたスタートアップの事例も紹介された。
マイクロソフトだけでなく、「今や多くの既存企業がデジタル・ネイティブとのオープンイノベーションの重要性を理解している」と岡氏。一方で「上場企業のCEOの6~7割がデジタル・ネイティブとどう連携すればいいかわからない、という悩みを抱えている」との調査結果を取り上げ、3名のパネリストとともにその悩みに向き合うトークを展開した。
まず口火を切ったのは高宮氏。ベンチャーキャピタルという立場から今の時代について、「今までのスタートアップはITセクターの中で完結していたが、辻さんは金融、豊田さんは医療と、ITで旧来の業界を変えようとしている。そこに伸びしろがある」との見方を示した。
また辻氏も「金融の世界でも、まだまだ既存のビジネスの方が大きいし、ユーザーも多い。そこをどうデジタライゼーションしていくか。まさにこれからが勝負だ」と同調。既存ビジネス×ITの可能性を語る一方で、その鍵となる大企業のオープンイノベーションには「時間がかかる」とも。「経営陣はすぐに結果を求めずに、長期のプランを立ててコミットすべき」と提言した。
豊田氏は、大企業から「何か一緒にやりましょう」といった漠然とした相談を受けることが多いという。それに対するアイデアを出しても、結局は「持ち帰らせてください」となってしまうケースが多いことを指摘。「スタートアップは数年先を見越しながら、今を全速力で走っている。ところが大企業では、進むスピードは遅いのに短期間に確実な成果を求められる。そこに温度差を感じる」と話す。
これに対して高宮氏は「実は日本のベンチャーキャピタルの資金は、6割が大企業からきている。しかしその取り組みは、しばしば『オープンイノベーションごっこ』と揶揄されている」と話す。「大切なのは経営戦略から考えて、なぜオープンイノベーションが必要なのかということ。経営のトップが目的を定めないため、現場もスタートアップに対して『とにかく何か一緒にやりましょう』という形になってしまう」と、厳しい意見を示した。ただし、「トップがコミット力を高めれば、現場も機動的に動けるようになる」ともしている。
うまくいっているケースとして、スタートアップに寄り添って事業に取り組むKDDIの例をあげ、さらにオープンイノベーションの促進には、「既存の事業部門に、直近の数字のような評価とは別のインセンティブを設ける必要がある」との考えを語った。
辻氏は、目的さえ定まっていれば「オープンイノベーションは大企業にとって、合理的な仕組み」だと話す。大企業の中で既存のビジネスを回ししつつ、新規事業を起こすのは、リソースやスピードの問題などもありハードルが高いが、スタートアップを支援しつつ、「自社のビジネスにマッチするものがあれば連携を進めていく、という方法であれば合理的」というわけだ。
高宮氏も「今やITの技術領域は多岐にわたり、旧来の日本の製造業のようにすべて自社開発を行うのは不可能」だとの現状を語り、「(スタートアップの技術から)自社に意味のある技術を拾っていくということをやっていかないと、これからの時代に取り残されてしまうだろう」との危機感を示した。
グロービス・キャピタル・パートナーズ高宮慎一氏
冒頭で高宮氏は「ITセクターの中で完結」するソフトウェア、デジタルといった部分では、「日本は一度負けてしまった」と話していた。しかし今まで日本が培ってきた製造業など、今後デジタル化が進む分野については、「既存のビジネスとデジタルのかけ算によって生まれる新たな価値で、グローバルでも勝負できるはず。そのためにもオープンイノベーションで大企業とスタートアップが連携していくことが重要で、今後はそうしたグローバルを見据えた連携も増えていくだろう」との持論を展開した。
岡氏はキーノートの中で、「すべての成長は、デジタルネイティブ企業の持つ大胆さから始まる。すべての企業にはこの大胆さとリスクをとる姿勢が必要だ」という、マイクロソフトCEO サティア・ナディア氏の言葉を取り上げた。
また3人のパネリストの発言から見えてきたのも、既存企業がデジタルトランスフォーメーションを成功させ、生き残るためには、デジタル・ネイティブなスタートアップにヒントがある、ということ。キーノートに参加した既存企業・スタートアップの担当者双方にとって、貴重な提言となったのではないだろうか。
高校生起業家、VRアーティストなど、ニューエイジのパネラーが集結
午後には「Japan Partner Conference」との合同イベントとして、日本マイクロソフトの最新テクノロジーを紹介するフューチャー セッションも開催された。ゲストとして平井 卓也IT・科学技術担当大臣が登壇。「少子高齢化などの社会課題の解決のためにも、一気にデジタルトランスフォーメーションを進めていかなければならない」との自身の主張を、力強く語った。
平井 卓也IT・科学技術担当大臣が登壇。政府が描く未来社会を示した「Society 5.0」について紹介
また日本マイクロソフト 業務執行役員 エバンジェリストの西脇資哲氏による、マイクロソフトの最新プロダクト紹介も行われ、「Microsoft Teams」や「HoloLens 2」、「Surface Hub 2」などの様々な分野においてスマートさを実現するプロダクトのアップデートと、その活用事例も紹介された。
「Microsoft Teams」については、Excel、PowerPointといったアプリケーションが統合され、画面を切り替えることなく、チャットと同じ画面上で共同作業できる機能や、AIが顔を認識し、余分な情報をビデオ会議で映さないように配慮できるユーザー以外の背景をぼかす最新機能、「Surface Hub 2」では手書きの図面をスマートフォンによって撮影し、取り込むことによってその図面を分解したり書き加えたりすることができる機能、また「HoloLens 2」を使ってホログラムのピアノを演奏するといったデモが披露され、会場を沸かせた。
エバンジェリストの西脇資哲氏が、最新のプロダクトに関するアップデートを事例を交えながら解説
西脇氏は続く「Innovation Keynote」でも、引き続きモデレーターを担当。「新しい時代でイノベーションを推進するニューエイジたち」をテーマに、3人のパネリストとともにトークセッションを展開した。
パネリストは、レシート買い取りアプリの高校生起業家として注目を集めた、ワンファイナンシャルCEOの山内奏人氏、VRアーティストのせきぐち あいみ氏、エストニアでブロックチェーン事業を行うblockhive OÜ共同創業者の日下 光氏。
左から日本マイクロソフト西脇資哲氏、blockhive OÜの日下 光氏、ワンファイナンシャル山内奏人氏、VRアーティストせきぐち あいみ氏
まさにニューエイジと呼ぶにふさわしい顔ぶれだが、いずれも西脇氏がかねてから「絶対に会いたい」と思っていた人達だという。冒頭にはせきぐち氏による、VRアートのライブペイントも披露され、VR空間の中にみるみるうちに立体的な火の鳥や美しい風景が描かれていく様子に、参加者からも大きな歓声があがった。
ゴーグルを装着し、ペイントツールを巧みに操りながらVR空間に絵を描くライブペイントを披露するせきぐち氏
トークセッションでは、それぞれが今の活動を始めたきっかけが語られたほか、西脇氏から語られたお題に対して回答をスケッチブックに書いて答える方式で、それぞれの「注目している国」や、「くじけそうになったときに支えになるもの」「これからやってみたいこと」などが語られた。
15歳で起業し、17歳でレシートを現金化するアプリを発表した山内氏の、アプリ開発のきっかけは友達だったという。コンビニで食事を摂ることが日常化していた友達が、さみしそうに見えたという山内氏。もしそんなコンビニのレシートが少しでもお金になれば、友達が喜ぶのではないかという思いから、「購買履歴をビッグデータとして企業のマーケティングに活用することを目的とし、レシートを買い取るビジネスを考えついた」とのこと。
アプリ公開後、予想を上回る利用希望者が殺到し、大きな話題を集めたのも記憶に新しい。そんな山下氏がこれからやってみたいことは動物園の経営。「インターネットを通じて人を笑顔にするのを目標にやっているが、将来はリアルで人が喜んでいるところを見られる仕事もしてみたい」という。
せきぐち氏も山内氏と同様「人に喜んでもらいたい」との思いでVRアートに取り組んでいるという。たとえば「もっと喜んでもらうために、3Dデータに書き出せるようにしよう」と取り組んできたことが、結果としてどんどん仕事にもつながってきて今があるとしている。
今注目している国は「日本」と、せきぐち氏。「海外に行けば行くほど、日本の良さを実感する。日本の良さをVRで海外にも伝えたい」と話す。
せきぐち氏だけでなく実は山内氏も、日本が好きで海外進出は考えていないという。「日本にいても、海外とやりとりできるし、どこにいるかは問題じゃない」という山内氏に、現在エストニアと日本の二拠点生活を送る日下氏も同調。「場所に依存しないというのはエストニアもまさにそうで、デジタル国家を成功させた次は、場所に依存しないバーチャル国家として進んでいっているように思う」と説明した。
日下氏はエストニアでいち早くブロックチェーンに取り組んできたが、今やブロックチェーンはバズワードとなっていることもあり、「敢えてその言葉を使わないようにしている」と語っている。「ブロックチェーンという言葉を使って近づいてくる人は99%怪しいと思った方がいい」と話し、参加者を笑わせた。
一方で「インフラに近いものなので、本来はインビジブルであるべき。その言葉が大きく使われているうちは、まだプロダクト・マーケット・フィットしていないということ」と、自らの考えを語った。
起業からこれまで、様々な壁にぶつかったときに自身を支えてきたのは「哲学」という日下氏。「言語化して情報を発信しなければならない時代だからこそ、無形なもの、自分の生き方や哲学が仕事に表れる。そこがぶれずに定まっていると、壁にぶつかっても余計な迷いが生じない」と話す。
さらにセッションの最後には、これからスタートアップを目指す人に対し、「1日1秒でもいいから他人のために時間を使うということをぜひして欲しい。そうすれば視点、視野が広くなる」とのメッセージも発信した。
「Microsoft Innovation Lab Award 2019」最優秀賞はT-ICUが受賞
イベントの最後には、スタートアップや大手企業の新規事業を対象にしたピッチコンテスト「Microsoft Innovation Lab Award 2019」も開催された。これまでも日本マイクロソフト社内やスタートアップを対象としたピッチコンテストは開催されてきたが、「Microsoft Innovation Lab Award 2019」として広く募集したイベントとしては初の試み。書類審査を通過した5組が各持ち時間6分で、新規事業についてプレゼンテーションを行った。
【ファイナリスト】
Laboratik
コミュニケーションを可視化するピープルアナリティクスシステム「we」を提供。
ZEROBILLBANK JAPAN 株式会社
ブロックチェーン技術を活用した企業内通貨を発行・管理する「ZBB CORE」を提供。
株式会社Linc’well
ITを活用した次世代クリニックチェーンブランドを展開。
株式会社T-ICU
集中治療専門医による遠隔集中治療支援サービスを提供。
株式会社Scalar
ブロックチェーンと分散データベースを融合した分散型台帳プラットフォームを提供。
審査員は日本マイクロソフト執行役員 最高技術責任者 兼マイクロソフト ディベロップメント代表取締役 社長の榊原 彰氏をはじめ、ベンチャーキャピタルのメンター、サポーターなど5名が担当。厳正な審査の結果、専門医による遠隔集中治療支援システムを提供するT-ICUが、最優秀賞のほか、スポンサー賞2つをトリプル受賞した。
T-ICUの代表取締役社長 医師の中西 智之氏
T-ICUは、兵庫県芦屋市に本社を置くスタートアップで2016年10月設立。2018年6月から専門医による病院向け遠隔支援サービスを提供している。サポート対象となる病院の集中治療室の生態情報モニターやセンサー情報を、集中治療専門医がチームとなって監視し、的確な治療方針を提案する遠隔集中治療の普及に務めている。
プレゼンテーションではこの取り組みが紹介されるとともに、医師不足や医療格差解消を目指す「Cloud Hospital構想」を披露した。
日本のデジタルトランスフォーメーションの鍵を握るデジタル・ネイティブ
2つのキーノートからピッチコンテスト、その後のネットワーキングまで、「Microsoft Innovation Lab 2019」の会場には終日多くの人が訪れ、スタートアップならではの熱気や、オープンイノベーションを目指す企業の関心の高さを肌で感じられる1日となった。
冒頭のキーノートで岡氏が語ったように、オープンイノベーションを模索しながらも、デジタル・ネイティブとどう連携すべきか、答えを見いだせない企業担当者は多く、そこから一歩でも前に進まなければ、日本のデジタルランスフォーメーションは立ちゆかないだろう。
今回の日本マイクロソフトのイベントはその課題に対して道を切り拓き、日本の未来に対しての可能性と提言を示すきっかけになったのではないだろうか。
取材・文:太田百合子
写真:西村克也