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ダーツ。3本の小さな手投げ矢を的に射て、各プレイヤーが点数を競うゲーム。
読者の方の中には、一度や二度、飲み会や合コンのついでに遊んだことがある、という方もいるだろう。一方で、本格的に矢を投げる練習を日常的に行ったり、マイダーツを購入する人は少数派かもしれない。日本では未だ、ダーツはアングラな趣味として括られがちだ。
そんな中、日本のダーツ業界発展のため、奮闘している女性がいる。
「手軽なのに、奥深い」と笑顔でダーツの魅力を語るのは、プロダーツプレイヤーの森田 真結子(通称:まよんぬ)氏。
ダーツの面白さとは、どのような点にあるのか。プロのダーツプレイヤーの世界とは、どのようなものなのか。
今回は森田氏に、知られざるプロダーツプレイヤーの世界について、お話を伺った。
楽しむダーツから、勝つためのダーツの世界へ
——ダーツをやり始めたのは、いつ頃からですか。
森田:初めてダーツをプレイしたのは、19歳の時でした。
友人に誘われて行った渋谷のダーツバーで、見よう見まねでダーツを投げたのを覚えています。スポーツ経験がほとんど無かったので、初めは的にも当たらなかったのですが、ブル(中心)に当たった瞬間がたまらなく最高な気分で。
当時は大学1年生だったのですが、ダーツに触れてからは、サークルにも入らずダーツバーに通い続けました。同年代の友だちと遊んでいるより、大人と混じってダーツを投げているほうが、楽しいなと感じていて。
ダーツバーに来る人たちは、年齢も職業もバラバラで、大学生が普通に生活していたらまず出会わないタイプの人たちだったので、それがとても刺激的でしたね。
——プロのダーツプレイヤーを目指した”きっかけ”は何でしたか?
森田:プロのダーツプレイヤーになろうと思ったのは、「burn.(バーン)」という大きな大会で見た、松本恵という女性プレイヤーがきっかけでした。
彼女はとても強くて、自分も女子のプロプレイヤーになれば、あの舞台で投げられるようになるんだと思い、意識するようになりました。その人に、というよりは、職業自体に憧れを抱いた感じですね。
その後、渋谷の地域トーナメント「集(つどい)」というダーツの大会で優勝しまして。そこから楽しいダーツだけじゃなくて、勝つためのダーツも楽しいんだ!と思い始めて、プロとしてやっていく覚悟を決めました。
プロ資格を取っただけでは職業にならない
——今、日本にはどれくらいのプロダーツプレイヤーがいるのでしょうか?また、どれくらいの人がプロとして活動を続けているのでしょうか。
森田:正確な数字は分からないですが、プロ資格を持つ人は、数千人でしょうか。
そのうち、ダーツに関わる仕事をしているのはわずかです。それも、ダーツバーなどで働いている人も含めてです。
試合で勝ったお金で食べていける人は、数えるほどしかいません。あとは主にサラリーマンなどをしながらプレイする人が多いですね。サラリーマンをしながら日本代表になっている人もいますよ!
——厳しい世界ですね。プロ資格を取ること自体も、難しいのでしょうか。
森田:プロのダーツプレイヤーになるためには、実技試験と筆記試験を受けてパスする必要があります。
もちろん試験自体は簡単ではないですが、何度も再受験することが出来るので、プロに憧れる人に対しての門戸は広いと言えると思います。
ですが、先ほども言ったように、プロ資格を取るだけでは食べていくのは厳しい現状があります。そもそも、プロダーツプレイヤーとは、大会のツアーを回るためのライセンス資格に過ぎない、とも言えます。
プロとして食べていくためには、大会で得られるお金のほかに、スポンサー企業との契約や、ダーツバー経営などその方法は様々です。
つまり、個々人で工夫しながら生き残っていく必要があります。プロ資格を取った全員が、職業になっているわけではありませんね。
——なるほど。プロの方は普段、どのような日常を送られているのでしょうか。一例を教えていただければ。
森田:私の周りでは、ダーツバーなどに勤めて、お店が閉まってから自分のための練習をして朝帰る、という夜型生活をしている人が多い印象ですね。
あとはプロツアーの試合が、北海道から福岡まで合わせて年間で18試合あります。その試合に出るために週末遠征したり、海外まで出て世界大会に挑戦する人もいます。
ちなみに、世界で最もダーツ人気が高いのは、イギリスです。ダーツ発祥の国でもあるイギリスでは、まさに国民的スポーツとしてダーツは人気なんですよ。
日本でダーツと言えば、薄暗いバーなどで、大人が飲み会帰りにやるもの、というイメージがあるかもしれませんが、「もっと取っつきやすいスポーツ」なんだよ、と広く伝えていきたいですね。
手軽に楽しめるが奥深いダーツの魅力
——確かにそんなイメージがあります。森田さんが考える、ダーツの魅力とは何でしょうか。
森田:めちゃくちゃ手軽なのに、奥深いところ、です。
メジャースポーツであっても、準備に時間のかかるものや、大掛かりな道具が無ければ始められないものもありますよね。
その点、ダーツは、小さな3本の矢さえ手元にあればプレー出来てしまうんです。そういう手軽さのメリットは、大きいと思います。
また、矢を自分の好きなようにカスタマイズ出来る点も、魅力的です。ダーツの部品には色々な種類があって、素材やシャフトの長さによっても、全然飛距離などが変わってきます。
今は色々なパーツが売られているので、自分だけの相棒を見つける楽しさがありますね。オタク気質な日本人にもすごく合っていると思います。
森田氏のマイダーツ
プラスの発信をしてる人にしか、プラスは集まらない
——プロとして活動されていて、楽しいと思う瞬間は、どのような時ですか。
森田:楽しいのは、自分にとって本当に好きなことを、仕事に出来ている点です。
ダーツは趣味としての側面もあるので、普通は、仕事とは別の余った時間でやるものですよね。でも私の場合は、ダーツを投げることで、対価をスポンサーである企業様からいただいています。
これは、とても幸せなことだなと思います。
——逆に、大変だな、と思うことはありますか。
森田:どれだけ自分で努力したとしても、「ちやほやされたいだけ」と、外部の人から勘違いされてしまう時は、とても寂しいと感じますね。
“まよんぬ”という概念は知っているけど、実際に会う機会のない人にとっては、イメージだけで私という人間がかたち作られていってしまいます。そうすると、根も葉もない噂が立ってしまったり、事実とは違う話が出てきたりしたことも過去にはありました。でも今では、吹っ切れています。
——それは、どう吹っ切れたのでしょうか。
森田:「違うよ、私はこういう想いを持って活動してるよ」というメッセージを、一人ひとりに反応していくよりも、私の楽しい部分をただただみんなに見せていくほうが、負の感情を持たないで済むことに気付いたんです。
楽しいことや、プラスのことを発信する人にしか、プラスは集まって来ないと思うので。
そう思うようになったのには、あるきっかけがありました。私は以前、ファンの方や、スポンサー企業様が喜ぶような情報発信をするために、少し肩の力が入り過ぎてしまった時期があって。その時に、とても疲れてしまったんですね。
でもそれと同時に、みんなが私に求めているのは、相手に合わせたものではなく、まよんぬの素の部分なのだと気付くことが出来ました。
それからは、まよんぬという概念に縛られずに、自由に楽しいと思うことを発信していこうと決めました。
プロに必要なのは、素直さと熱量
——プロのダーツプレイヤーに憧れる人も多いと思います。プロとしてやっていくための秘けつ、のようなものはあると思いますか。
森田:常に挑戦することを止めない、ことですね。
それは「周りから応援される人になる」ということでもあると思います。
例えば、プロの男子の場合、試合で300人中16位でも、入るお金は10万円です。応援されていなければ、ただのちょっと活躍した人で終わってしまう可能性があります。でも、自分の味方がたくさんいたら、その相乗効果は無限です。そのような人になるためには情報発信は欠かせません。
私の友人でもせっかく優秀な成績を残しているのに、情報発信をしておらず、もったいないなと感じる場面は多くあります。
情報をただ流すだけでもいけません。必要なのは、素直さと熱量。
自分が本当に楽しいと思ったことや、刺激を受けたことを発信することで、ファンは共感してくれると思います。あとは、なぜプロになりたいのか、なぜ勝ちたいのか、という熱量が人を動かすのではないでしょうか。
自分のことをさらけ出すのって、とても恥ずかしいので、抵抗があるのは誰でも同じです。でも、それが差になってくる気がします。
もちろん、そう言った発信はせずともプレースタイルや実力で、それをファンに見せることで共感を集める選手もします。これらに加えて、プレイヤーの人柄といった単純な要素も入ってくると思います。
ダーツに対するイメージを向上させていきたい
——今後の目標について教えてください。
森田:ざっくりとした言い方になってしまうのですが、ダーツ業界全体を盛り上げていきたいですね。
特に、女性のダーツプレイヤーを増やしたいと思っています。
今年始め、「BDOチャンピオンシップ2019」という、イギリスで行われたダーツの世界選手権があったのですが、そこで鈴木未来(みくる)さんという女性の選手が優勝したんです。
これは、日本人のみならず、アジア人初の大快挙で、イギリスの新聞で大々的に報道されました。でも、日本ではマイナースポーツだからなのか、扱いが小さくあまり報道されませんでした。知る人ぞ知る、という情報ではないと思うのですが……。
また、ダーツは飲み屋でやるもの、というイメージを変えていきたいですね。ダーツは本来、小さな子どもから老人まで、老若男女楽しめるスポーツです。大人だけ楽しむのは、もったいない!と思います(笑)
業界全体が自然と変わっていくような、ポジティブな雰囲気を、小さなことから一歩ずつ作り出していけたらいいなと。それが、いまの目標ですね。
取材・文:花岡郁