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「市場の立ち上がりはかなり先だろう」と言われていたAR業界に、2019年5月、衝撃が走った。
カリフォルニアのサンタクララで開催された世界最大のAR/VRカンファレンス「AWE」で、まるでサングラスのようなMRデバイス「NrealLight」が499ドルで発売されることが発表されたのだ。
それまでのARグラスと言えば「HoloLens2」や「Magic Leap One」が主流だったが、いずれも日常的に身につけられるようなデザインではなく、価格帯も25〜35万円と一般消費者にとっては遠い存在だった。
そこに彗星の如く現れたのが、中国のハードウェアスタートアップ「Nreal Ltd.」が開発した「NrealLight」だ。瞬く間に業界の話題をさらった彼らは、2019年8月、渋谷で開催された株式会社MESON主催のARイベント「ARISE #1」登壇のために来日。
今回は、同社でvice presidentを務めるJoshua Yeo(呂正民)氏のインタビューを実施した。なお、インタビュアーはARのクリエイティブスタジオ事業を展開するMESONのCOOであり、「ARISE #1」のオーガナイザーを務めた小林佑樹氏が担当。
世界が注目するスタートアップ「Nreal Ltd.」の戦略、彼らが描くARの未来とはーー。
およそ300人が来場したARイベント「ARISE」での手応えは?
「ARISE #1」にて
小林:8月3日に行われた「ARISE」では、ありがとうございました。日本のデベロッパーたちの反応はいかがでしたか?
Joshua:非常によかったです。日本で正式に「NrealLight」を紹介したのは、今年6月に開催されたKDDI 5G SUMMIT 2019に続いて2度目でしたが、自分たちの言葉で直接デベロッパーの方々にお伝えできたのは初めてでした。
「NrealLight」のデモンストレーションでは、初めてMRグラスを体験した人はもちろん、他社のARグラスを経験している業界関係者の方からも、「映像の解像度が高い」「本体が軽い」といった驚きの声をたくさんいただきました。
「ARISE #1」で「NrealLight」を体験する参加者
小林:僕はサンタクララで行われた「AWE」で初めて体験させていただき、ビジュアルや価格も含め鳥肌が立つぐらい感動しました。今回、ARISEのために来日を決めてくださったのは、なぜでしたか?
Joshua:私たちは日本市場を非常に重視しています。この8月から日本支社も立ち上げて、本格的に日本で開発を進めていきたいと考えています。なぜなら、日本では来春から5Gサービスが始まるし、オリンピックも控えているし、AR開発者も多い。加えて、アニメ「ドラゴンボール」に出てくるスカウターなど、一般的にARのイメージが浸透しています。
アメリカや韓国でも支社を立ち上げていますが、日本支社が最優先でした。
小林:今回の来日中も、1日5件のミーティングをされているとか。
Joshua:ええ。具体的なプロジェクトが進んでいる企業もあれば、「とりあえず話を聞いてみたい」という企業もありますが、着々と動き始めています。大手企業からの相談も多いですが、弊社としては特徴のあるアプリケーションを開発している小さな企業に注目しています。
小林:伺える範囲で良いのですが、日本ではどんなコンテンツの話が進んでいますか?
Joshua:ECやエンタメ領域のコンテンツが多いですね。
利益よりもビジョンを優先して「499ドル」を実現
Joshua Yeo氏
小林:僕らAR開発者に衝撃を与えた「NrealLight」の開発の裏側についても、ぜひ聞かせてください。このデバイスは、いつ、どのように開発がスタートしたのでしょうか?
Joshua:弊社は2017年1月に誕生したスタートアップで、たった3名の社員から始まりました。CEOのChi Xuは以前、Magic Leapでエンジニアを務めていましたが、同社が展開するARグラスでは自分が目指す世界を実現できないという理由から起業し、Magic Leapでの経験を忘れて、一から開発をスタートさせました。
Chiが目指したのは、軽量で使い心地が良く普段使いできるデザイン、かつ一般消費者が手に入れやすい価格帯です。これを実現するために優秀な開発者を採用し、試行錯誤を繰り返しながら、2年ほどかけて、ようやくお披露目できるところまできました。
この「NrealLight」は、ハードウェアもソフトウェアもすべて自社の技術を使って開発しています。
小林:デバイス本体はもちろん、製品をプレゼンする際の資料など、細部までデザインにこだわっている印象がありますが、それは御社の方針ですか?
Joshua:そうですね。弊社にはハードウェア、ソフトウェアの他にPPT(パワーポイント)専用のデザイナーもいるほど、ビジュアルには力を入れています。
来年発売される「NrealLight」は初期モデルで、さらにファッショナブルなデザインにバージョンアップするため、アメリカのメガネ専門デザイナーさんと交渉中です。本物のサングラスのようなデバイスを作ろうと努力しています。
小林:こだわりを追求しながらも、499ドルという低価格を実現できたのはなぜでしょう?
Joshua:弊社のビジョンは「誰もが楽しめるARグラスをつくること」。ですから目先の利益よりも、ビジョンを実現することを優先しました。価格が安いからといって品質を落としたわけではなく、原価は高い。だから、実は赤字です。
でも、ARの世界は体験がすべてです。私たちは、1人でも多くの人に「NrealLight」を使ったAR体験を提供することを望んでいます。
会社名の「Nreal Ltd.」は Unreal(仮想世界)と、real(現実世界)が混在している世界を作りたいという思いが由来になっています。「NrealLight」の体験を通じて、「まだ遠い未来」だと言われていたARの世界が「目の前に迫っている」ことを感じていただきたいんです。
エバンジェリストプログラムを取り入れたマーケット戦略
小林:「NrealLight」をもっともアピールしたいのは、どんな人たちですか?
Joshua:開発者の方々です。今は、とにかくグラスの中で動くコンテンツが足りない状態。ソフトウェアがなければ、ハードウェアは役に立ちません。日本をはじめ、世界中の開発者と一緒にARアプリケーションやコンテンツを開発することを目指しています。
小林:御社では、開発者プラットフォームの「Project Eve」をオープンされていましたが、反応はいかがですか?
Joshua:実は直近のデータでは、日本からの申請が2番目に多いんです。1位はアメリカ、2位は日本、3位は僅差で中国です。我々も日本の開発者に非常に期待を寄せています。
小林佑樹氏
小林:もう1つ気になっているのが、PR施策の一つとして実施されている「エバンジェリストプログラム」です。MESONも応募させていただきましたが、状況はいかがでしょう?
Joshua:世界各国から募集を募っていて、日本には5チーム作る予定です。開発者以外にマーケターやデザイナー、IT系のインフルエンサーなど、「NrealLight」やARの魅力を広めていただける方なら、どなたでも歓迎しています。
選ばれた方々は、弊社の仲間として海外の展示会に同行してもらったり、北京にある本社を見学してもらったりしながら、一緒に活動をしていただきたいと思っています。
小林:それは非常にワクワクする取り組みですね!ぜひご一緒できたら嬉しいです。
とにかくリソースが足りない。日本人開発者も積極採用中
小林:「NrealLight」の発表以来、日本のAR開発者は誰もが御社に注目しています。中国では、どんなインパクトがあったのでしょうか?
Joshua:中国では昨年秋の展示会で「NrealLight」をお披露目したところ、そこから一気に弊社の知名度が上がりました。年明けは50人程度だった社員も今では97人まで増え、さまざまな国籍の方が在籍しています。中国のAR開発者たちにとって、憧れの会社になっていると思います。
小林:現在も採用活動はされているのでしょうか?
Joshua:はい、正直なところ本社ではリソースはまったく足りていません。さまざまなプロジェクトを同時進行で進めていますが、新しい領域なので、とにかく問題だらけ。1社1社の対応が難しくなっている状況です。
小林:どんな人を社員として迎えたいと思っていますか?
Joshua:IT系の知識を持っている人、英語や中国語が話せる人、そして地頭が良い人を求めています。ARの世界ではこれまでの常識が必要なく、新しい視点で未来に活かせるアイディアが出せる人でないと活躍できないからです。
Joshua:Nreal Ltd.の日本支社でも開発者を募集中です。気になった方は、ぜひ弊社のサイトからご連絡いただき、履歴書とポートフォリオをお送りください。採用された方は中国の本社でトレーニングしたあと、日本の支社で勤務していただくことになります。
小林:なるほど、開発者のみなさんにとってはチャンスですね。MESONとしてもエバンジェリストやコンテンツ開発など、御社のチームの一員として関わっていけたらと思っています。
Joshua:御社が大手アパレル企業のオンワード樫山さんと共同開発されたARファッションサービス「PORTAL」も非常にすばらしかったです。あのサービスが「NrealLight」で体験できたら良いですよね。
小林:確かに。MRデバイスを持つ御社とARのサービスデザインに強みを持つMESON、アセットを持つ大企業の3社で組んだら、インパクトのあるサービスが生まれそうですね。引き続き、朗報を楽しみにしています。
【取材協力】
Nreal Ltd.
株式会社MESON
取材・文・写真:小林香織