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みなさんは、「盆栽」というものにどのようなイメージを持たれているでしょうか。
ミレニアル世代の読者の方々にとっては、盆栽は縁遠い、大人の男性の趣味と思われている方も多いのではないでしょうか。
ですが、実際に盆栽の世界をのぞいてみると、意外な発見があるかもしれません。「盆栽はその小さな姿からは想像できないほどの、多くの深い気付きを与えてくれる」と、日本で有数の盆栽家である樹 弥沙(いつき・みさ)(以下、樹)さんは語ります。
今回は、日常生活ではなかなか触れ合うことができない知られざる盆栽の魅力や、始め方について語っていただきました。
“木”に対する愛情が深かった幼少期
───現在の主な活動内容について教えてください。
樹:現在は、BONSAI盆凡。(ぼんさいぼんぼん)という屋号で個人事業として活動しています。
盆栽のリースや小売ですとか、卸しなどもやっています。もともとはそれがメインだったのですが、盆栽のことを教えられる人があまり多くないということで、盆栽講師として活動をはじめて10年ほど経ちます。
最近では講師の仕事のほうが多いかなという感じです。
───盆栽家というと、頑固一徹な男性が趣味にするイメージがありますが、なぜ盆栽家を目指そうと思われたのでしょうか。
樹:盆栽に出会ったきっかけは、オシャレに目覚めた10代後半の時期くらいに、当時部屋のインテリアにこだわるようになり、部屋に色々なものを置き始めたところからでした。
もともと、和風やモダンな雰囲気が好きだったので部屋をモダンぽくしていたんです。そこに観葉植物を置いてみたりしたんですけど、何となく合わなくて。
それで何を置こうかなと考えたときに、盆栽だなと思ったんです。
実家の庭に木が生えていて毎日のように触れていて、幼い頃から木がとても好きでした。なので、そういった環境も関係していたのかもしれません。
最初はホームセンターに売っているような小さな苗を買ってきて、盆栽にしてみたり。
なので本当に、趣味や独学からやり始めたという感じですね。
───盆栽とのファーストコンタクトについて教えてください。
樹:私がまだ小さい頃、親戚のおじさんの家に盆栽が飾ってあったんです。けど、子どもには触らせてもらえなくて。
その頃はまだ幼かったので、盆栽を使ってシルバニアファミリーの飾りをしたらちょうどいいな、とか思っていました(笑)
あとは日本が好きだったこと、木が好きだったこともあり、色々合わさった結果、盆栽ということになったんだと思います。
でも、普通の10代の女子が好きなものからイメージすると、やっぱり変じゃないですか。当時友達に「盆栽やってるんだよ」って言うと、どうしちゃったの?って感じだったんですけど、それでも「盆栽いいよ!盆栽面白いよ!」と周りに貫き通してました。
───小さな頃から木に対する愛情が深かったんですね。
樹:そうですね。昔、実家にあった木なかでも特にお気に入りの木がありました。
その木は、ユスラウメという赤い小さな実がなる木で、その実を食べるのも大好きだったんです。
ある時、その場所を畑にするという話になったので、私は本当にやめてくれと家族に何度もお願いをしましたが、私の留守中に切られてしまって、とてもショックでした。
こんな昔話を未だに覚えているということは、当時は相当悲しかったんでしょうね。
盆栽は値段で優劣を付けずセンスで競う
───小さな頃から木に対する愛情が深かったんですね。
樹:一般的な盆栽のイメージの通り、男性で、60代から70代、80代の方がメインの層かなと思います。
その大きな理由としては、そもそも盆栽はとても手のかかる趣味なので、定年後や時間の出来たタイミングで始められる方が多いんですね。
自然とゆっくり向き合う中で、「盆栽っていいな」と興味を持っていくのかもしれません。
───樹さんと同じくらいの年齢で、プロの女性盆栽家はどのくらいいらっしゃるのでしょうか。
樹:小品盆栽協会の認定講師は、30代女性では、私を含めて現在2人です。ですが、中には盆栽家として、独自に活動をされている方もいらっしゃるかもしれません。
盆栽家を名乗るには、認定講師でなければいけないということはありませんので。
───認定講師は日本で2人だけ!それだけ盆栽を職業にするのは難しいということなのでしょうか。
樹:そうですね。やはり盆栽だけで食べていくというのは、とても難しいと思います。
───そもそも、どのタイミングで盆栽でお金が発生するのでしょうか。
樹:たしかにイメージが付きづらいかもしれませんね。例えば、100万円で買ってきた盆栽を手入れをして、別の人に500万円で売る、といったことが考えられます。
あるいは業者間のオークションで、「あのお客さん、こんなの好きそうだな」と思うものを落札して、得意先に売るとかですね。
もともと盆栽の商売というのは、そういったギャンブラーっぽいものだったらしいです。例えば、良い木を1個持っていて、どこにいくらで売るんだという算段をしますが、うまくいけば儲けがでますが、枯らせてしまったら報酬はゼロです。
これってギャンブルですよね(笑)
───実際に木がうまく育つかどうかは、運次第なのでしょうか。
樹:いまギャンブルとは言いましたが、うまく育つかどうかはその人の腕次第です。
持ち主のセンスや目利き、育てる技術などによって、木の値打ちを上げていくことが出来る趣味なんです。
盆栽の世界には、安く買ってきたものを高く売る投資のやり方と、趣味家の方に売る小売りがあります。
また、趣味家の方がたくさん増えてくると、コンテストのように良い盆栽を競い合ったりすることもあります。
ただそれを皆がやっているわけではありません。基本的にはどの木も素晴らしいという考え方なので、値段の優劣は付いていますが、木自体にはあまり優劣を付けることはありません。
つまり、木自体が良いか悪いかではなく、センスの競い合いと言えるかもしれません。
小さな盆栽の中には大きな宇宙が表現されている
───樹さんが考える盆栽の面白さとは何でしょう。
樹:盆栽を始めたばかりの頃は分からなかったんですけど、盆栽というのは、自然界の法則を学んでいきながら木との“遊び”なんですね。
自然界の法則を学ぶと、自分の身の回りで起きている事象に置き換えられることもできます。
例えば、経営者の方だったら、盆栽が会社に見えてくるそうです。「この枝を落とすって事は、〇〇部の〇〇部長だな」みたいな。
盆栽はそもそも遊びなんですね。大自然の縮小版を作る遊びなんです。それで言うと、プラモデルを作ることに近いのかもしれません。
───生きてるプラモデル?
樹:そうですね。盆栽は自然界の法則に則っていて、光を当てたところから枝が出てきます。
テレビで出てくるような高い盆栽って、だいたい不等辺三角形になっているんです。何故かとというと、木全体が光合成しやすいように自然とそうなっているんです。
つまり盆栽って自分の好きな成形していると思われがちなんですけど、良い盆栽を作る人というのは、その木の良さをどんどん自然に伸ばしていくことが出来る人なんですね。
───力づくで無理やりコントロールする必要はないと。
樹:そうですね。方向性の転換もそうですが、その木にとってどのような状態が一番木にとって気持ち良い状態なのかを考えられることが大切です。
最近では若い女性も盆栽をされる方も増えてきましたが、独身の方なら木を育てる過程が恋愛に見えてきたり、お子様がいらっしゃる方ならご自身の子育てと重ねていたり。
どんどん狭めて絞り込んで集中していくという作業は、大きなものを俯瞰して見るということと同じ意味です。
盆栽を通じて一つの木を見ているんですが、盆栽の中には世界とか宇宙とか、そういう壮大なものが表現されているというイメージでしょうか。
なので、盆栽というものは小さい遊びなんですけど、意外と考えていることはとても深いものなんですね(笑)
楽しむコツは“自然界の法則”をマスターすること
───盆栽には、見る楽しみと、作る楽しみがあると思います。それぞれの魅力について教えてください。
樹:見る楽しみについて言えば、イマジネーションが魅力です。日本人はムッツリってよく言われますけど、日本の伝統的な文化ってイマジネーションの遊びなんですよ。能楽師、狂言師、茶道の方とお会いする機会があるんですが、それらも全部想像することの遊びです。
例えば、能では、手を額に添える動作で泣く場面を表現するわけですが、見る側は「今泣いているぞ」と想像するしかないんです。
それと同じで、盆栽も一つの木から、大自然を想像してそれを感じるという遊びです。
だからこそ、ただの小さな木を見て、山で大自然に囲まれている状態とか、お花見に行っている状態とかを想像して楽しみます。
作る楽しみで言うと、盆栽ってどこを切っていいか分からない、何だか難しそうとよく言われます。
確かに一見難しく見えますが、実はいくつかのルールを覚えてしまえば結構簡単なんです。
例えば、この枝を残しておくとどう成長するとか、ここの立っている枝を下げることで、幹に日光が入るからここに新しい枝を入れよう、とか。
そういった簡単な自然の法則があるんです。
───思い通りに育つと気持ちいいでしょうね。
樹:そうなんですよね。家にりんごの木一つ植えたとしても、高くて取れないところに実ができても困るじゃないですか。
けど盆栽をやっている人は、自分の手の届く範囲に実を作れる自由さも良い面ですね。
───逆に盆栽をする上で難しいところはどこだと思いますか。
樹:難しいのは、生き物を扱うというところですね。。
盆栽をちょっとやってみようかなって思う方でも、続かない方が多いんです。なぜかと言うと、みなさんが飽き性ということではなく、良い人すぎて枯らした時のショックで続けられなくなってしまうんです。
特に女性の方は、木に名前を付けてペットのように可愛がるので余計に。
「〇〇ちゃんの様子がおかしいんです。」と写真付きで相談がよく来ますが、もうダメな状態であることがほとんどで。
やり始めはやっぱり勝手が分からないので、「枯らしちゃったから、私もう盆栽できないです」と言って辞めてしまう人も多いんですね。
でも私の盆栽教室に来た生徒さんにはまず、「水やり3年と言って、はじめは皆さん枯らすところからスタートです。だから、枯れても自分を責めないでください。」というメッセージを伝えるところから始めます。
最初の頃は、枯らさないための技術的なことよりも、木を身近に感じてもらったり、木と戯れる遊びを体験してもらうだけで良いんじゃないかなと思っています。
───都会の人は自然と触れ合う機会が少ないから新鮮な体験かもしれませんね。
樹:そうだと思います。もともと盆栽は大衆の文化で、みんなが気軽に遊んでいたものでした。
伝統的な日本の文化ですし、スピリットが入っているものだから、それを大切にしていきたいと思っているんです。
けれど、今は盆栽自体が高尚になりすぎていて、おじいちゃんの趣味だとかお金持ちの道楽だっていうイメージが先行してしまって、なかなか若い人が入りにくい状態になってしまっています。
だからどんどん若い人に入ってきてもらって、盆栽文化を次世代に繋いでいきたいですね。
始めるきっかけは人それぞれ。難しく考える必要はない
───もし初心者が盆栽を始めようと思ったら、どのくらいの予算から始められるんですか。
樹:例えば、ご自宅の庭の木からタネが落ちて小さな木になっているもの。それを使って自分で作るならもちろんタダです。
盆栽は高いイメージがありますが、必ず人の手が入っていないと枯れてしまうものなので、それなりの値段になってしまうという事情があります。
また、樹齢何十年何百年といった木を誰かから受け継ぐ場合もあるので、樹齢30年の木を30万円で買ったら、誰かが年間1万円で手入れしたものと考えることもできます。
とは言え、いきなり30万円の木を買うのはハードルが高いと思うので、やり始めは安くて小さな木を買って木と遊ぶという経験をするのがいいと思います。
自分の思い出と重ね合わせて選んでもいいですね。例えば、自分は紅葉するもみじが昔から好きだ、という理由でもOKです。
木の種類によっても全く性格が異なるので、お手入れも違ってきます。
なので、好きな子から始める。それが始めるきっかけとして一番なのではないでしょうか。
───近場に盆栽がないという人は、どこに行けば手軽に見ることができますか。
樹:最近では、インターネットで盆栽を気軽に購入することが出来ますので、まずは検索してみるのが手軽に情報を知れる手段の一つです。
そしてもし、直接盆栽を見たければ、大宮盆栽美術館という場所が埼玉県にあります。
そこでは、何億円という値段が付けられた高級な盆栽を生で見ることが出来ますし、盆栽の展示会も日本各所で行われています。
例えば、毎年2月に上野で開催される国風展(国風盆栽展)というイベントや、全日本小品盆栽協会が主催する展示会も、関東関西、季節ごとにあったりするので、お気軽に足を運んでいただけたらと思います。
盆栽が自分や物事を見つめ直すきっかけに
───最後にメッセージをお願いします。
樹:手がかからないといえば、どうしても嘘になります。手をかければかけるほど、ハマっていく趣味なので、どちらかと言えばオタクになっていく性格のものです。
今の若い方、特にミレニアル世代の方は忙しい人も多いと思います。
一番忙しい時期って、一番パワフルな時期ではあるんだけど、人生で一番悩んでいるし、一番疲れているのではないでしょうか。
そういう時に、ゆっくり物事を俯瞰して見てみることとか、立ち止まることがあまりないまま、時間が進んでしまうこともあるかと思います。
緑には癒しの効果があると言われています。
木は私たちのイライラを中和してくれるものなので、触っているだけで落ち着いたりとか。
森に行ってしまうのが早いのかもしれないけれど、都会の中に一つ御神木を作る、みたいなコンセプトでもいいですし、木を育てることを目標にしても良いわけです。
1日5分でも木に向き合う時間を作るということは、自然の大きな流れと向き合うということにもなります。
そういった時間を持つことはとても豊かなことだと思うので、特に疲れている時とか、失恋した時とか、転職しようと思っている時などに、自然に触れ合ってもらえたらと思います。
私はこれまでの人生で、一つのことに集中するというよりは、何にでも手を出してみるタイプだったのですが、唯一長く続いたのがこの盆栽でした。
最初はオシャレだからとか、可愛いから、という理由でいいと思うんです。
触っていくうちに意外と深い盆栽の世界に出会えるかもしれません。
この記事で少しでも盆栽のことが気になって見た方は、ぜひお手にとっていただけたら、とても嬉しいです。
取材・文:花岡郁