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近い将来、「働きすぎ」は左遷され、「怠け者」だと昇格が早いなどという時代が来るかもしれない。
近年、スタートアップや規模が小さい企業を中心に、1日の勤務時間を短縮したり、週の勤務日数を減らしたりする会社が増えている。労働時間が短い方が効率が上がると言われ、生産性をアップしようとしたり、社員のワーク・ライフ・バランスを考慮したりといった理由があってのことだ。
そんな中、英国のシンクタンク、オートノミーが5月に時短勤務を提言。「1日8時間」労働に慣れた私たちをあっと言わせた。研究対象となったのはドイツ、スウェーデン、英国。オートノミーが奨励する、前代未聞の短時間労働、一体誰のためにここまでする必要があるのかと思いきや、「地球」のためなのだという。
地球のために、ドイツ人には週6時間勤務を推奨
オートノミーが勧める、研究対象3カ国の労働時間は、週にドイツが6時間、スウェーデンが12時間、英国が9時間。これは削減すべき時間ではない。1週間の間に働く合計時間なのだ。
現状を見ても、3カ国の労働時間は決して長いわけではない。経済協力開発機構(OECD)の調査では、労働者1人当たりの年間労働時間は、ドイツが1,356時間で加盟国中最短、スウェーデンが1,474時間で5位、英国は1,538時間9位と、むしろ短い方なのだ。1日8時間、週5日働く私たちがあ然とするばかりの短さといえる。
ちなみに、「Karoshi(過労死)」という日本語が世界で通用するように、働き者の代名詞ともなっている日本人は1,710時間。OECD加盟国の平均は日本を上回る1,746時間だ。米国は1,780時間とさらに長い。最長のメキシコは2,258時間に上る。
もうもうと煙が上がる、英国・ウィドネスの薬品工場。産業革命時には日に14~16時間労働、週休1日が普通だった
生産活動を含め、人間活動によってもたらされる大災害
最近の地球環境は健全な状態とはいえない。豪雨や干ばつ、竜巻、洪水など、今までなかった規模と頻度で自然災害が地球のそこここを襲い、一般人もそれを肌身で感じられるようになっている。気候変動の主原因である温暖化が、主に生産活動を含めた人間の活動によってもたらされていることは今や通論だ。科学者は、気温や海水温上昇を助長する原因の3分の2は人間にあることを明言している。
2016年に発効したパリ協定には、世界の平均気温上昇を産業革命以前と比較して2度より十分低く保つという「2度目標」が含まれている。さらに気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2018年に、評価報告書で、「地球温暖化を1.5度以内に抑えるためには、社会のあらゆる面で急速かつ広範な、前例を見ない革新的な変化を要する」ことを発表している。取り返しのつかない事態を回避するのに残された時間はほとんどないことも付言されている。
労働時間が長いと、温室効果ガス排出量も増える
労働時間が長いと、生産活動上もさることながら、生活上でもより多くの温室効果ガスを排出する結果となる Photo by energepic.com from Pexels
人間の生産活動と切っても切れない関係にある労働時間は、温室効果ガス排出量とも密接に関わっている。労働時間が長くなればなるほど、温室効果ガス排出量も比例して増加することは、多くの研究ではっきりしている。
2018年、米国のボストン・カレッジの社会学研究者らが、2007年から2013年までの間の国内データを分析したところ、国全体の温室効果ガス排出量と平均労働時間には強い関連性があることがわかった。
さかのぼって2012年には、アラバマ大学ハンツビル校の社会学准教授らが、高所得国29カ国を対象とした調査を行っている。労働時間が短いほど、エコロジカル・フットプリント、カーボン・フットプリント、二酸化炭素排出量が少なくなる傾向があることを確認している。エコロジカル・フットプリントは、人間活動が環境に与える負荷を、資源の再生産や廃棄物の浄化に必要な面積として表したもの、カーボン・フットプリントは温室効果ガス排出量として重量で表したものだ。
同調査では、米国内で労働時間を1%減らすことで、温室効果ガスの排出量を1.46%、二酸化炭素排出量を0.42%減らせることも触れられている。
2015年、スウェーデンのチャルマース工科大学の研究者も具体的な数値を示している。同国で労働時間を1%減らせば、温室効果ガス排出量は0.8%減らせるという。週4日勤務にすれば、16%の削減が実現できるという。
オートノミーが推奨する3カ国各々の労働時間は、国連とOECDが持つ温室効果ガス排出量のデータをもとに算出された。パリ協定の「2度目標」を達成することを前提としたものだ。
「2050年までに排出量実質ゼロ」 英国が掲げる野心的な目標
オートノミーの研究対象国の1つ、英国は5月に国として「気候非常事態宣言」を行った。今までに世界13カ国の600以上の地方自治体や都市が宣言しているが、国家としては世界で初めてだ。
「気候非常事態宣言」には、地球温暖化が危機的状況にまで追い詰められていることを認めていること、またそれに対する解決策を用意していることを市民をはじめ、各関係機関や他国に知らしめる役割がある。
英国政府は2008年から、2050年までに温室ガス排出量を1990年比で80%削減する計画に向かって対策を講じてきた。しかし、気候非常事態宣言を行うと同時に、2050年までに排出量実質ゼロを目指すことを表明。この野心的な目標の達成には、思い切った方策が不可欠と予想されている。
米国を例に挙げると、温室効果ガスの約30%が運輸部門から排出されたものだという
© 2015 Tony Webster (C BY 2.0)
英国で盛り上がる、「週4日勤務」実現への動き
英国では、オートノミーによる研究の発表とほぼ時を同じくして、趣旨を同じくした動きが活発化した。労働党支持者約4万人から構成される政治団体、モメンタムが中心となっている。
モメンタムは温室効果ガス排出量う削減のために、週4日勤務をはじめとした、迅速で大きな変化をもたらす取り組みを政治課題に掲げるよう、労働党党首を促しているのだ。今後、モメンタムはこれを労働党が1政策として認め、取り組むよう呼びかける計画だ。加えて、政府が掲げたばかりの「2050年までに排出量実質ゼロ」という目標を、2030年までに達成するよう求めていくことにしている。モメンタムのこのボトムアップの動きに多くの支持が集まっている。
国内では週4日勤務を促進させようと、「フォー・デー・ウィーク」キャンペーンもすでに始まっている。キャンペーン側は、日常生活において最もエネルギーを要する活動は「食事」と「通勤」だと指摘する。長時間勤務で人々は疲労を感じると同時に自由になる時間も少ないため、食事を加工食品や冷凍食品といったエネルギーを多く消費する食品に頼っている。
通勤も同様だ。常にスケジュールがタイトなため、徒歩や自転車での通勤が可能であっても、自家用車を使ってしまい、温室効果ガス排出量増加を助長する。労働時間が長いことが日常化し、それに慣れてしまった私たちは、サステナブルとは真逆のライフスタイルを送っている。
オートノミーの研究、「フォー・デー・ウィーク」キャンペーン共に挙げられている労働時間短縮の目的は地球環境の保護だけではない。平等な社会、雇用問題の解決、人々の身体的・精神的健康の促進、コミュニティ精神の強化といった観点からもいっても、時短労働を奨励している。私たちが「怠け者」になってこそ、健全な未来を迎えることができるのかもしれない。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)