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2011年7月、30年間で135回打ち上げられたNASAのスペースシャトルが退役した。以降アメリカでは、地球低軌道へ衛星などを運搬するロケットに関しては、民間企業が担う方向へとシフトしている。その代表的な存在が「スペースX(正式名称:スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ)」。こうしたトレンドは、アメリカだけにとどまらず、世界のロケット開発のトレンドとなった。
そんな中、日本の民間ロケット開発で期待されているのが、スタートアップ企業の「インターステラテクノロジズ社」だ。一般には「ホリエモンロケット」としての知名度が高く、なにか堀江貴文氏の個人的な夢を実現するための会社のように思われることも多い。そんな同社のCFO(最高財務責任者)・小林徹氏に、同社のロケット事業の今後と可能性について聞いた。
バイク便のような宇宙のロジスティクス企業を目指す
インターステラは、ロケットという最先端の技術開発を行なっている企業……そんなイメージからは想像できないような場所に、同社の東京事務所はある。普通の町工場なのだ。
小林氏(以下、敬称略)「世界で有名なロケットの企業には、スペースXがあります。日本ではH-2Aロケットの三菱重工、それにIHIのイプシロンが挙げられます。これらは、どちらかというと大型ロケットに分類されます。一方で、私達が狙っているのは小型ロケットの市場です。
何が違うかと言えば、例えば今、人工衛星を宇宙に打ち上げたいとします。すると1つのロケットに、10〜20個の衛星を相乗りさせて飛ばしています。当然、それぞれの人工衛星は、行きたい軌道が異なります。そのため、人工衛星自身が、自分が飛びたい軌道へと移動しなければいけません。軌道を修正するための機構を、衛星自体が持たなくてはいけないんです。
現在の大型ロケットのデメリットは、他にもあります。衛星を相乗りして打ち上げる場合は、メインの人工衛星が一つあり、空いたスペースに小さな衛星をできるだけ詰め込んで飛ばします。そのため、メインの人工衛星の開発が遅れた場合、他の小さな衛星の打ち上げも遅れるわけです。つまり、打ち上げたい時期、衛星の運用時期を選べないんです。
これらの問題を解消するために、1つ、または2つの小型の人工衛星だけを運ぶ、そんな小さなロケットを作りたいと考えています」
小林氏は、現在の大型ロケットは陸上輸送における4トントラックであり、同社が開発中の小型ロケットは「バイク便」のようなものと説明してくれた。一度に多くは運べないが、顧客が望む時期に、望む軌道へと素早く届けられるサービスを提供したいのだという。
では、小型ロケットの開発が成功したとして、そうした事業は儲かるのだろうか?
H-2Aロケットの20分の1以下のコストで打ち上げられる
だが、バイク便で荷物を運ぶということから連想できるのは、即応性の高さだけでなく、コストの高さでもある。その点、インターステラの運送費は、どのくらいで考えているのだろうか。
小林「現状のロケットとの比較はなかなか難しいです。前提として、JAXAなどが行なっているのは、ビジネスではありません。そのため細かい数字が出てくるわけではありません。
それらを踏まえていただいた上ですが、H-2Aロケットの1回の打ち上げは、100億円かかると言われています。小型の人工衛星の打ち上げに関しては、基本は相乗りとなりますので、その内訳まではわかりません。ただ、私達のロケットが4億円から5億円で打ち上げられるようになれば、市場での競争力を持つのに十分だと考えています」
それでも、相乗りでの打ち上げよりもコストが高くなりそうだ。だが多少高くなったとしても「利便性を武器にして、十分に売れるロケットになると考えている」と小林氏は語る。
世界最低性能でもいいから安価かつ確実に宇宙へ衛星を届けるのが使命
インターステラは、もともと最先端技術を詰め込んだ“高価なロケット”を作ろうとしているわけではない。いかに安く開発し、小型衛星を打ち上げられるかにも注力しているという。
小林「確実に飛びさえすれば、性能が高い必要はまったくありません。モノを届けること自体が重要なので、ロケット自体になにかすごい機能が付いている必要はないんですよね。世界最低性能でもいいんです。その分、コストを安く抑えられ、安価に宇宙へモノを届けるといういうのがインターステラの目指しているところです」
そのためロケットの部品については、確実性が担保されたものであれば、ホームセンターで買ってもいいくらいだという。
小林「通販サイトなどで部品を買って、品質などを精査してから、ロケットの部品として使用することも十分に考えられます」
人工衛星の打ち上げ需要は多いが、ロケットが不足しているのが現状
小型の人工衛星を安く数多く宇宙に届けることで儲けていくという。だが、小型衛星の打ち上げは、それほどのニーズがあるのだろうか? その点について小林氏は次のように説明する。
小林「世界的な動きとしては人工衛星の小型化、低価格化が進んでいます。昔はマイクロバスくらいの大きさの非常に高性能な人工衛星が主流でしたが、技術が進歩して、例えばICチップなどの部品が小さくなったり、汎用品の普及で安く作れるようになってきました。今では、手に収まるような小さい人工衛星を、大学の研究室をはじめ、どこでも作るようになってきているんです。
さらに、衛星コンステレーションと言われてるんですけど、小さい人工衛星を何千基単位で打ち上げて、地球の周りで網目のように飛ばすという計画が、いくつかの企業によって動き始めています。数多くの人工衛星を飛ばすことで、リアルタイムに地球を観察できると言う計画です。
こうして、打ち上げ需要は非常に伸びてきています。一方で、小さい人工衛星を打ち上げる小型ロケットが足りていない、というのが世界規模での現状なんです」
人工衛星を飛ばしたいという需要は増え続けている一方で、ロケットが不足している。人工衛星を打ち上げたいが、半年待ちや一年待ちが当たり前の業界なのだという。そうした「宇宙開発のボトルネックを解消したい」という思いが、非常に強いのだという。
衛星軌道投入ロケット「ZERO」の開発へ
先日3回目にして民間ロケットとして初の宇宙空間へ到達した実験機「MOMO3号機」。現在は小型衛星を打ち上げる新型ロケット「ZERO」の開発に取り組んでいる。 では「MOMO」と「ZERO」では具体的にどのような違いがあり、実際に実現させるにはどれくらいの資金が必要になるのだろうか。
小林「MOMOが最大20kgの実験・観測機器を宇宙空間の入り口である地上100kmまで打ち上げるのに対し、ZEROは最大100kgの人工衛星を、地球を周回する地上500kmの軌道に乗せます。質量の大きなものを打ち上げ、そして軌道に乗せるのに必要なだけの速度で宇宙空間に放出するためには大出力のエンジンが必要です。
また、コストという意味では、開発にかかる費用も大きな差があります。MOMOは数億円の開発費がかかっていますが、ZEROでは1桁大きな開発費がかかると見込んでいます。ZEROを実現させるためには資金調達が欠かせませんので、研究・開発と並行してそちらも注力していかなくてはなりません」
企業としては国内で初めて高度100kmの宇宙空間に到達し、打ち上げにも成功した。今後は、小型人工衛星を宇宙へと運ぶ、軌道投入ロケット「ZERO」の開発を急がなければいけない。
小林「世界でも数社しか例がない民間企業単独での宇宙空間到達を達成したことで、インターステラは技術力のある会社だという認めてもらえる実績ができたことは非常に大きなことだと思っています。世界にはCGや事業計画だけ作り込んで肝心のモノは作れない会社も多くあり、そういった会社との差別化をアピールして、今後の資金調達を進めていきたいです。
現在、ZEROの初号機の打上げは2023年を予定しています。成功すればすぐに商用化し、多くの人工衛星を日本で打上げることができる。その人工衛星が提供するサービスで、地球観測や通信分野など、身の回りの生活が便利になる未来が来ると思っています」
インターステラは、いちベンチャー企業の手で、ロケットを宇宙へ飛ばすという、壮大な計画をまさに進めているところなのだ。そんな企業の、縁の下の力持ち的な存在が、今回取材したCFOの小林氏であり、同氏の働きがインターステラの成否を決めると言っても過言ではないだろう。
MOMO 打ち上げに成功したことで今後さらなるスケールアップに挑むインターステラ からますます目が離せない。同社が日本の宇宙開発を担う企業になる日はそう遠くないだろう。
取材・文:河原塚英信
写真:西村克也