MBA取得を目指す人々が大学院選択のベンチマークの1つとして活用するファイナンシャル・タイムズ紙の世界MBAランキング。
すでに2019年版が公開されており、どの大学院が高く評価されているのかその最新情報を知ることができる。
2019年のトップ10には以下の大学院がランクイン。1位スタンフォード大学、2位ハーバード・ビジネス・スクール、3位INSEAD、4位ペンシルベニア大学ウォートン校、5位CEIBS、6位ロンドン・ビジネス・スクール、7位シカゴ大学ブース、8位MITスローン、9位コロンビア大学経営大学院、10位UCバークレー・ハース。
米国や英国の名の知れた経営大学院が名を連ねる中、見慣れない名前があることに気付いた人は多いはずだ。
5位のCEIBS。英語名称「China Europe International Business School」の略で、漢字では「中欧国際工商学院」と記載される中国・上海を拠点にする経営大学院だ。
1994年、フルタイムMBAコースとエグゼクティブMBAコースを提供する中国本土初の本格的なビジネススクールとして登場。欧州のビジネススクールをモデルにしつつ、独自の進化を遂げ、約20年という短期間に欧米のトップ経営大学院に肩を並べるほどに成長。その躍進ぶりは世界中で話題となっている。
CEIBSとはいったいどのような経営大学院なのか。その実態に迫ってみたい。
アジアトップのMBA「中欧国際工商学院」とは
CEIBSは、その名が示す通り中国だけでなく欧州が深く関わっている経営大学院だ。
1978〜1990年代、中国では改革開放による外資参入が急増。外資企業において、経営管理能力を持つ人材の需要が急速に高まっていた時期だ。
こうした中、中国政府は欧州委員会の支援を受け1994年にCEIBSを創設。欧州の経営大学院から多くの客員教授を招き、中国国内でも世界水準の学習環境を提供できる体制を整えることに注力した。CEIBSのMBAコースは欧州モデルを踏襲しているといわれている。
欧州と米国のMBAの違いの1つはコースの期間。欧州が10〜18カ月という短い期間であるのに対し、米国では2年が採用されている。CEIBSのMBAコースは18カ月。オプションで12カ月コースを選択することもできる。
メインキャンパスは上海浦東区。このほか、北京、深セン、スイス・チューリッヒ、ガーナ・アクラにキャンパスを構えている。
開校当初は学生のほとんどが中国人だったが、年々国際性を高めており、CEIBSウェブサイトによると、2020年度入学者(175人)の海外比率は36.6%だ。その内訳は、アジア太平洋地域が最大で15.4%、次いで北米9.7%、欧州5.1%、香港・台湾5.1%などとなっている。また女性比率が40%という点も特筆に値する。欧州の経営大学院は米国に比べ海外留学生の割合が高いといわれており、この点でも欧州モデルを踏襲しているといえるだろう。授業はすべて英語で行われている。
MBA18カ月コース(2021年度)の学費は、42万8000元(約700万円)。一般的な大学院に比べると高いが、欧米のMBAと比較すると半額ほどに抑えられる。一方、卒業後の給与増加率は他のMBAに比べ突出して高く、費用対効果が高いことがうかがえる。冒頭で紹介したファイナンシャル・タイムズMBAランキングによると、2019年CEIBS卒業生の給与増加率は183%。その他大学院では100〜130%の範囲になっている。
欧米流と中国流を融合、中欧国際工商学院の強み
世界のMBA市場でCEIBSが短期間にトップクラスに躍り出ることができた理由はどこにあるのか。
さまざまな理由が考えられるが、現在のファカルティの姿からその理由の1つが見えてくる。欧米のMBAトップ校のエッセンスを中国の文脈に適応できる教授・講師陣が充実しているのだ。
CEIBSの現学部長で会計学教授のユアン・ディン氏の経歴がその一端を示しているといえるだろう。
CEIBS学部長ユアン・ディン教授(CEIBSウェブサイトより)
ディン教授は、中国杭州の大学で会計学を学んだ後、フランス・ボルドー大学で会計学博士号を取得。その後1998年、世界トップ経営大学院の1つであるHECパリで会計コースを教えることになる。2002年、HECが中国校での講師を募集していることを知ったディン氏はそれに応募。HEC中国校で教えつつ、CEIBSでも教鞭をとっていた。ディン氏は、HECでテニュア(終身在職権)を与えられていたものの、2006年にHECを辞めCEIBSで教えることになった。
この頃までCEIBSは、欧米のトップ経営大学院とのネットワークづくりに注力し、そこから著名な欧米国籍の教授を客員教授として迎えるというスタイルだった。しかし、ディン氏を迎えたあたりから、欧米のトップ大学で活躍する中国人をフルタイムの教授や講師として採用する方向にシフト。欧米トップ大学の学術的エッセンスを中国文脈に当てはめていく独自のスタイルを確立していくことになる。
実際現在のファカルティを見てみると、スタンフォード大学、コーネル大学、イエール大学、フロリダ大学、ケンブリッジ大学、HECパリなど欧米トップ大学で博士号を取得した中国人の教授や講師が多いことが見て取れる。
CEIBSファカルティ(CEIBSウェブサイトより)
「MBA」はこれまで欧米の文脈で発展してきた領域。しかし、経済の中心が欧米からアジアにシフトする中で、MBA自体の変革が求められる時代になっているといえる。CEIBSの教授や講師陣らは、中国文脈でMBAの新しい形を模索しているといえるのではないだろうか。このような教授陣から欧米流の考え方と中国流の考え方の違い、さらにそのマネジメントの方法を学んだ学生への需要が高いことは想像に難くない。
CEIBSの躍進は、今後他のアジアの経営大学院を鼓舞するものとなるかもしれない。ファイナンシャル・タイムズのMBAランキングでは中国国内だけでも復旦大学と上海交通大学がそれぞれ34位と51位に、またインディアン・スクール・オブ・ビジネス(24位)やインド経営大学院バンガロール(33位)、シンガポール国立大学(17位)や南洋工科大学(30位)など健闘するアジアの経営大学院は少なくない。経済のアジアシフトからMBAのアジアシフトへ、今後の動向に期待が集まる。
文:細谷元(Livit)