1兆5,000億ドル(約166兆円)といわれる米国の学生ローン未払い額。住宅ローンに次ぐ規模に膨れ上がっており、米各メディアでは「学生ローンバブル崩壊の可能性」や「学生ローン危機」などという言葉が飛び交っている状況だ。
ドイツメディアDWが伝えた米国のある女性の事例では、州立大学での学位取得に1万5,000ドル(約166万円)、ジョージ・ワシントン大学での修士号取得に8万5,000ドル(約約944万円)を要したという。
大学卒業後、無事就職できたものの、32歳となったいまでも8万ドル(890万円)ほどのローンが残っている。
米国の州立大学に4年間通った場合の学費は平均2万ドル(約220万円)、私立大学では平均5万ドル(約550万円)といわれている。私立大学での修士過程や博士過程を含めると10万ドル(約1,100万円)を超えることは珍しくない。
ニューヨーク大学の調査によると、現在米国には4,000万人の学生ローン債務者がおり、このうち10%が支払い開始後2年以内に債務不履行になっているという。
これまで学位取得が高待遇の仕事に就く必須条件と考えられており、多少無理をしてでも学位取得を目指すべきというのが一般的な考えであった。
しかし学費の高騰や給与上昇率の鈍化で、Z世代の間では大学をスキップし、オンライン教育など大学以外の手段で実践スキルを習得し、職を探そうという傾向が強くなっている。
また、ソフトウェアエンジニアや会計コンサルティングなどの職種で大学学位を求めない大手企業が増えていることもキャリア形成の新しいトレンドをつくる原動力となっている。米国を中心に起こる労働市場の変化、その最新動向をお伝えしたい。
スキル需要変化の加速と4年制大学のリスク
求められるスキルの高度化、また新スキルの登場頻度が高まっており、大学で4年間を費やすことは非常にリスキーになっている。
米国のフリーランサー・プラットフォームが四半期ごとに発表している「スキル指数ランキング」。企業がどのようなスキルを求めているのか、その最新需要を知ることができる。
2017年第3四半期のトップ10には以下のスキルがランクイン。1位ロボティクス、2位ブロックチェーン、3位ビットコイン、4位ペンテスト、5位React.js、6位AWS Lambda、7位AR(拡張現実)、8位ディープラーニング、9位インスタグラム・マーケティング、10位Final Cut Pro Xとなった。
最新版の2018年第4四半期にはこの状況がガラッと変わった。トップ10にランクインしたのは以下のスキル。
1位Hadoop、2位Dropbox API、3位遺伝的アルゴリズム、4位微生物学、5位計算言語学、6位CISSP、7位デジタル・シグナル処理、8位Intercom(顧客メッセージプラットフォーム)、9位インタラクティブ広告、10位InVision(デジタルデザイン・プラットフォーム)。
1位のHadoopは、ビッグデータの保存・処理・分析で使われるオープンソースソフトウェア。積極的にデータ活用を進めようという企業や政府組織が増えており、これにともないHadoopのスキル需要も高まっている。
Transparency Market Researchによると、Hadoopの世界市場は2023年まで年間平均29%で成長する見込みだ。情報通信分野だけでなく、政府、医療・生命科学分野での利用が増えるという。
IntercomやInvisionという見慣れない言葉が並んでいる。これらは顧客体験の向上を目的としたプラットフォーム。
Intercomはメールや記事などの配信・管理を効率化し、顧客エンゲージメント効果を高めるサービス。
InVisionは直感的なデジタルデザインを可能にするプラットフォーム。NetflixやLyftなどの企業で導入されており、デザイン改善サイクルを加速させ、顧客体験向上を支援している。
Upworkのスキル指数ランキングの推移から、1年という短い期間にスキル需要が大きく変わったことがうかがえる。
大学では4年間費やすことになるが、その4年間でスキル需要がどのようになっているのか、それを見通すのは非常に難しいといえるだろう。
このことからスキルは常にアップデートすべきものという認識が広がり始めており、大学ではなく、必要なときに必要なスキルを効率的に学ぶことができるオンライン学習や実践スキルの習得に重点を置く教育機関への関心が高まりを見せている。
オンライン学習で人気が高いのはCouseraやUdacityなど。altMBAや$100MBAなど、オンラインMBAコースにも注目が集まっている。
また、こうしたオンライン学習プラットフォームと連携し、オンラインで完結するコースを提供する大学も登場している。
ジョージア工科大学は、Udacityと米通信大手AT&Tと提携し、米国の大学では初となる完全オンラインのコンピュータサイエンス修士コースを開設。費用は7,000ドル(約77万円)ほど。
これらは主にハードスキルの習得を目指すものだが、ハードとソフト両方のスキル習得を目指すUnCollegeという教育ムーブメントにも関心が寄せられている。
UnCollegeは主に高校を卒業したばかりの若い世代向けに、外国での体験、フロリダでのネットワーキング、インターンでの実践スキル習得などを通じ、21世紀の労働市場に求められる総合的なスキルを養うコースを提供。
大学に代わる次世代教育として各メディアで紹介されている。
グーグル、PwCなど世界的な企業も乗り出す、大学学位不要の人材獲得
大学学位ではなく実践スキルを重視するという企業側の意識変化も、Z世代の考えと行動を変える要因になっているようだ。
就職情報サービスのGlassdoorは2018年8月に「就職で大学学位を必要としない企業15社」という記事を公開。
一部で大学学位条件を排除した企業とその職種を紹介している。そのほとんどがグーグル、IBM、アーンスト・アンド・ヤング(英国)など学位取得者でも就職が難しいとされる人気企業だ。
Glassdoorによると、グーグルではソフトウェアエンジニアやプロダクトマネジャー、IBMでは金融ブロックチェーンエンジニアなどのポジションで求人があるという。
さらにオーストラリア地元紙シドニー・モーニング・ヘラルドが2017年4月に伝えたところでは、会計コンサルティング大手のPwCも求人における大学卒業条件を取り払い、高校卒業生を会計士、リスク管理コンサルタントとして雇用する取り組みを試験的に実施するという。
このほかオーストラリアでは5社が同様の取り組みを行うとされている。
日本でも大学の存在意義や学生ローン問題が問われることが多くなっている。こうした世界的な企業による取り組みによって、日本の労働市場も変化を余儀なくされるかもしれない。今後の展開に期待が寄せられる。
文:細谷元(Livit)