マッチングアプリや婚活アプリで恋人探しをする人も増えたように、恋愛の始まりをサポートするデジタルサービスはすでにポピュラーなものとなって久しい。

一方で、恋愛の「終わり」――破局後にSNSのカップルアカウントや共有していた動画ストリーミングサービスのアカウントをどう処理するかなど、恋愛とインターネットが切り離せなくなった現代ならではの問題に悩まされる人も増えているという。

本記事では、そうした背景から今利用者が急増しているという失恋の悲しみを克服するための新サービス市場の活況と、「恋愛の始まりも終わりもネットで」という新しいデジタル文化をお伝えする。

失恋後のメンタルをケアする大人気アプリ

2017年のサービス開始以降、195の国で200万人以上のユーザーを失恋によるショックから救ってきたのは、Google勤務歴を持つEllen Huerta氏が自身の失恋をきっかけに始めたサービス「Mend」だ。

Appleによる2018年度のベストアプリにも選ばれたMendは、失恋後の精神的なダメージをケアすることに重点を置き、メンタルヘルスとウェルネスのエキスパートによる音声トレーニングやガイド付きの日記機能を通じてユーザーの感情を整理し、健康的な精神状態に戻るまでサポートする。

また、同社の提供するコミュニティページでは、同じように失恋の痛手を負った他のユーザーによる悲しみを克服するためのアドバイスなどをシェアしており、それらも人気コンテンツの一つだという。


Mend(同社公式Webサイトより)

利用するにはまずアカウントを作成した後、失恋がユーザーの日常生活にどれほど影響しているかを0から10で評価する。そして外出したか、自分を労わったか、元恋人と連絡を取ってしまったか、新しく気になる人ができたか…といった具合に、毎日の行動を記録する。

元恋人との昔のメッセージのやり取りを読み返してしまったり、SNSをチェックしてしまった時でも「それは誰にでもあること、いつかこの気持ちとも折り合いがつけられるからね」といったアドバイスをくれ、Mendは親友のようにユーザーの気持ちに寄り添ってくれる。

失恋直後からの感情の起伏をグラフでチェックできる「My Mend」機能では、自分の今のメンタルヘルスの状況が一目でわかる。ユーザーが毎日、自身の心理状況の変化を記録することで、気持ちが整理されるのを促すねらいだ。


MendのWebサイトでは失恋克服グッズも購入できる(同社公式Webサイトより)

同社のターゲットユーザーは男女双方。オンラインショップで販売されているメンタル・フィジカル両方のケアにフォーカスしたグッズを見るかぎり、今話題のシュガーフィーナのキャンディーやバスボム、ランジェリーバッグを詰め合わせたギフトセットなど、どちらかというと女性を意識した作りになっている印象を受ける。

Mendは上述した無料サービスとは別に、ユーザーごとにパーソナライズされたアドバイスや音声トレーニングが受けられる有料のフルトレーニングプログラムも提供している。価格は年間契約で1カ月あたり4,99USドル(約550円)。

失恋から立ち直るための「30日間ブートキャンプ」

ロサンゼルスを拠点に活動するセラピストのJane Reardon氏、ニューヨーク発の化粧品ブランドでミレ二アル世代から大きな支持を得るStila Cosmetics出身のJeanine Lobell氏による失恋克服アプリ「Rx Breakup」は、30日間にわたる3つのステップを通して失恋の悲しみに打ち勝ち、以前の自分を取り戻す「ブートキャンプ」だ。


「Rx Breakup」アプリのスクリーンショット(AppleのApp Storeより)

30日間、「WHAT’S HAPPENING」「 WHAT TO WRITE 」「WHAT TO DO 」「WHAT ELSE」の4つに分類されたタスクが毎日与えられる。また、こちらも毎日出題される、失恋に関する質問「破局の兆候はあった?」「どうしても会いたい?」「執着してる?」にも回答し、自分の感情を整理していく。

毎日届くアドバイスも心強い。例えば、Day1のアドバイスは、「元恋人の連絡先を消去し、SNSのフォロー関係を解消しよう。それが難しければ、電話番号の登録名は『この電話にでちゃダメ』に変えよう!」「間違っても、過去のテキストや写真を見返さないように。それは自ら傷口を開く行為、今までの努力が全部無駄になってしまう。今は苦しいけど頑張ろう。いつかきっと立ち直れる日が来るから!」・・・。

Reardon氏はユーザーのダメなところを次々と指摘するのではなく、自身のセラピストとしての知識を生かして、このアプリがユーザーをエンパワーし、30日間のプログラム終了後には以前よりポジティブになれるようなコンテンツ作りを意識しているという。

引っ越しから食事のアドバイスまで復活をサポート

今年2019年にローンチされた「Onward」は主に同棲を解消したカップルを対象とした、破局後の引っ越しやそれに伴う新生活の立ち上げサポートを提供するサービスだ。


Onward(同社公式Webサイトより)

共同創業者のLindsay Meck氏とMika Leonard氏は小学校時代からの幼馴染。二人ともほぼ同時期に当時のパートナーと破局し、その後急いで新居を探し、新しく生活を始めた経験が、その後Onwardを立ち上げるきっかけになった(Fast Company誌)。

「おそらくこうした経験をしたことがあるのは自分たちだけではない。破局後に襲ってくる喪失感から遠ざけてくれたり、それでも否応なく前進せざるを得ない状況をサポートしてくれるサービスを求めている人は多いと思った。ウェディングプランナーや葬儀プランナーがいるなら、失恋コンシェルジュビジネスがあってもいいはず、失恋はそれくらい人生においてセルフケアが必要なことだと思うから」(Meck氏)。

Onwardが提供するプランは3種類。10日間で99USドル(約11,000円)のプランでは短期・長期的な新居選びのアドバイスをもらえるほか、セルフケア・倉庫・引っ越し・荷造りプランの提案と同社主催のイベントのディスカウントが受けられる。

30日間で175USドル(約19,000円)のプランでは、引っ越しの手伝いに最低限の家電用品の提案や住所移転に伴う事務手続きのサポートまでしてくれる。

最も高額な3カ月で500USドル(約56,000円)のプランでは、前述の2つのプランに含まれるサービスをすべて利用できるほか、住居の清掃、家具の購入、配置、組み立て、引っ越しまでの週ごとの行動計画、レストランやバー、ジムなど新居周辺に関するユーザーごとにパーソナライズされたガイドが付いてくる。

同社は多くの熟練のセラピストとパートナーシップを結んでおり、24時間以内に専門家を紹介くれる。紹介してくれる物件には、短期入居OK、家具がすべて備え付き、煩雑な事務手続き不要で「Airbnbのようにからだ身体一つで入居できる」ものなど、さまざまな選択肢が用意されている。


Onwardのサービス一覧(同社公式Webサイトより)

同社の社名「Onward」には、失恋は新たな人生のフェーズに踏み出せるすばらしい機会でもあるという意味が込められている。Meck氏は、失恋後に自分で事業を始める人も多いといい、それほど失恋というのは公私ともに大きく環境を変える機会をくれるものなのだという。

「人間は常に出会いと別れを繰り返すものだから、ビジネスチャンスは至るところにある。われわれの存在を知る必要のない人生を送るに越したことはないけど、困ったときは頼ってほしい」(Meck氏)。

同社は今後、ロサンゼルスとサンフランシスコ、ワシントンDCのような同棲カップルの多いエリアにサービスを拡大予定だという。

アメリカでは、同棲カップルの割合はここ10年で倍増している。The National Center for Family and Marriage Researchの調査によると、66%のカップルは入籍前に同棲し、50%のカップルは最初の同棲で結婚を選ぶが、残りの50%は結婚に至るまでに数回別の相手との同棲を経験するという。そうした背景も失恋コンシェルジュ市場の人気を後押ししていると言えよう。

これらのアプリの主なユーザー層はミレ二アル世代。同世代は必要なリソースをアウトソーシングすることにも慣れている。破局後のメンタルケアや新生活の立ち上げもオンラインで外注するという選択肢は、今後さらに一般化していくのではないだろうか。

文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit