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「低糖質」に「置き換え」、「ファスティング」に「ヨーグルト」……世の中に星の数ほどもあるダイエット法だが、「プラネタリー・ヘルス・ダイエット」は聞いたことがあるだろうか。
これは痩身のための規定食ではない。地球と人類、そしてその双方の未来のための規定食のこと。世界16カ国37人のさまざまな科学分野を専門とする学者が、環境状態を向上させるのはもちろん健康促進を図るには、人はどのような食事をとるのが良いかをまとめた結果がこれだ。
科学的根拠に基づき、食事と食糧システムのあるべき形とゴールを、地球上に住む全人類に向けて提示した、世界で初めてのガイドライン。気候変動に不安を抱き、不健康を嘆く私たちにとって「バイブル」になる可能性がありそうだ。
私たちも地球も病んでいる
世界保健機関(WHO)によれば2016年時点で、世界の18歳以上の大人21憶人が太りすぎか肥満だそうだ。
太りすぎの人の割合は、男性、女性各々の約40%、肥満は男性の11%、女性の15%を占める。5~19歳の子どもの場合は肥満は18%で、21世紀が抱える最も深刻な健康問題の1つと見なされている。太りすぎや肥満が糖尿病や心臓血管病といった病気を招くことは言うまでもない。
その一方で、8憶2,000万人以上が栄養不良、20憶人以上が微量栄養素欠乏(ビタミンやミネラルなどの栄養素の微量な欠乏)に悩んでいる。子どもに関しては、1億5,100万人が発育不良、5,100万人が衰弱した状態にあるという。
肥満も栄養不良も原因は食事の質の低下だ。あまり深刻に聞こえないが、これはアルコール摂取、違法薬物の使用、タバコ喫煙、安全ではないセックスを合わせた危険性より高く、病気の罹患率と死亡率増加に大きな影響を及ぼしている。
病んでいるのは人間だけでなく、自然環境も同様だ。環境に最も負荷をかける人間活動といわれるのが、食糧生産。
世界の土地の40%が農地として使用されている。畑や牧草地として開墾が行われた結果、生態系は破壊され、生息する動植物は絶滅の危機に追いやられている。水についてもその70%が食糧を作り出すために費やされている。
養殖などの規模拡大が進み、海洋環境にも負担がかかる。温室効果ガスの全排出量の30%は食糧生産を行う過程上で出る。
野菜類を2倍、赤身肉は半分に
プラネタリー・ヘルス・ダイエットが紹介されたのは、1月中旬発表の報告書、『フード・イン・アントロポセン:EAT-ランセット・コミッション・オン・ヘルシー・ダイエッツ・フロム・サステナブル・フードシステムズ』中においてのこと。
「アントロポセン」というのは「新人世」のことで、コトバンクによれば、「完新世後の人類の大発展に伴い、人類が農業や産業革命を通じて地球規模の環境変化をもたらした時代」を指す。「新人世時代の食糧システム」の解説書というわけだ。
プラネタリー・ヘルス・ダイエットの狙いは、世界人口が2050年までに100億人にまで伸びることが予想される中、環境に配慮した食糧システムを築き、その範囲内で入手できる素材を用いた健康的な食事を広めようとというものだ。
報告書では、プラネタリー・ヘルス・ダイエットの食事は1日平均2,500キロカロリーと設定されている。しかし摂取カロリーは年齢や性別、仕事などにより上下して構わない。
魚、野菜、果物、豆類、全粒穀物、ナッツ類を食べ、赤身肉とでんぷん質の野菜を控えるよう勧められている。任意食品とされているのは卵、鶏肉、乳製品だ。
プラネタリー・ヘルス・ダイエットを1つの皿上で説明してみよう。
皿の半分が野菜を占めるプラネタリー・ヘルス・ダイエット
© EAT-Lancet Commission
まず皿の半分には野菜、果物、ナッツ類を盛る。残り半分には全粒穀物、植物性タンパク質(豆類)、不飽和植物油を主にし、少量の肉と乳製品、添加糖分、でんぷん質の多い野菜を若干添える。
先進国に住む私たちがプラネタリー・ヘルス・ダイエットに近づくには、一般的に現在の2倍の果物、野菜、豆類、ナッツ類をとり、反対に添加糖分と赤身肉を50%以上減らす必要があるといわれている。
国や地域により食習慣が違うため、より多く食べるべき食品や、控えるべき食品は異なってくる。
例えば北米・ヨーロッパでは赤身肉のとり過ぎが目立つため、まず第一にそれを減らす必要がある。特に米国に関しては84%減を目指さなくてはならない。増やすべきとされる食品は、北米では豆類、ヨーロッパではナッツ類だ。
一方、南アジアやサハラ砂漠以南のアフリカではでんぷん質の野菜をとり過ぎる傾向がある。
サハラ砂漠以南のアフリカでは特にそれが顕著だ。同エリアでは依然として栄養失調が問題になっているため、子どもを中心に量と質を考慮しつつ赤身肉をとる方向に移行していかなくてはならない。
プラネタリー・ヘルス・ダイエットに変換すれば、人々の健康状態は劇的に改善されるという。1年に約1,100万人の死を未然に防ぐことができると予想されているのだ。これは大人の死亡者の19~24%に当たる。
循環する食糧システム
私たちの食べ方だけでなく、地球規模で自然環境に大きな変化をもたらしている食糧生産にも変革が必要とされる。
特に影響が大きい、温室効果ガス排出、土地の開墾、水の使用、窒素肥料の使用、リン施用、生物多様性の6点に特に配慮した生産方法を取り入れることを迫られている。
これらに配慮した生産方法でできた食べ物とは何か。それはイコール、プラネタリー・ヘルス・ダイエットなのだ。食べ物と食糧生産はループ状につながっている。食糧システムは循環しているのだ。
生産方法の留意だけではない。昨今注目される食品廃棄・ロスの問題にも取り組まなくてはならない。どちらも劇的な削減を要する。
私たちが進むべきとされる方向は今とは真逆ともいえ、実行には困難を極めそうだ。しかしプラネタリー・ヘルス・ダイエットがもたらす効果は歴然としている。
例を挙げると、私たちがそれに移行することで、温室効果ガスの排出量はほぼ半減させることができるのだ。こうしたことが明示されると、自分の食生活を変えてみようかという気になりはしないだろうか。
プラネタリー・ヘルス・ダイエットの例。野菜中心でも、十分満足できそうだ
© Mollie Katzen
食をめぐる大革命、「グレート・フード・トランスフォーメーション」
プラネタリー・ヘルス・ダイエットへの移行には、食生活や食糧生産において私たちが今まで経験したことのない大きな方向転換が必要ということがわかった。同報告書はこれを「グレート・フード・トランスフォーメーション」と呼び、実践方法を5つ挙げている。
1つは移行を目指す各国がコミットメントを表明すること、2つ目は食糧生産において、量ではなく質を最優先にすること、3つ目はサステナビリティに重きを置いた上で、健康的な食糧を増産すること、4つ目は厳重で組織的な土地と海洋の管理を行うこと、5つ目は国連の持続可能な開発目標(SDGs)に沿い、食品廃棄を最低でも半減させることだ。
問題解決に特効薬はなく、方向転換にかける時間もない。時間が経てば経つほど、深刻かつ破滅的な結果を招くことになる。科学に裏付けられた目標に向かい、複数のセクターやレベルにまたがって行われなければ、グレート・フード・トランスフォーメーションは成功しない。
スウェーデンでは毎年、「グレート・フード・トランスフォーメーション」を啓蒙するイベント、「EAT・ストックホルム・フード・フォーラム」が行われる
© EAT Foundation
今回の調査に携わっていない研究者たちの多くも同報告書を高く買っている。
英国のサウサンプトン大学のガイ・ポピー環境学教授は、人類と地球両方に良い食事を具体的に示している点を、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院のアラン・ダンゴール博士は、人間の健康と地球の健康の、切っても切れないつながりが明白になった点を評価する。
私たち一般人も、人間は地球と運命共同体であることを日々意識すべきだろう。さて、今日の夕食のメニュー、あなたは何を選ぶだろうか。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)
eye catch img:© Stian Broch