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「教育を受ける土壌が整っていない」「大学に挑戦する機会や情報を知る機会すら、自分が育った環境では与えられなかった」など、日本における教育格差・機会格差が深刻な問題になって久しい。家庭・生まれた場所による先天的な要素が影響してくると、子どもたちだけの力でその環境に立ち向かうことはかなり難しく、厳しい状況だろう。
そういった格差問題に対して、中卒や高卒といった非大学卒の若者が、生まれ育った地域以外に出るきっかけを与えることで就職や学びの環境を提供し、就労の楽しみや可能性を伝えようとする企業がある。それが株式会社ハッシャダイ(以下、ハッシャダイ)だ。「ヤンキーインターン」「リゾートインターン」などの事業を行なっており、創業メンバーの原体験がその事業やビジネスモデルの形成に影響している。
そんなハッシャダイがNPO法人Bizjapanと共催し、2018年11月24日に東京大学駒場祭でハッシャダイ創業メンバーの勝山恵一氏、少年院法務教官の安部顕氏、ラッパーの晋平太氏、ハッシャダイメンバーであり今回の司会を務める東大生である成田航平氏の4人にて「主役は、もう大卒だけじゃない」というテーマのもと、パネルディスカッションを開催した。
ラップ、リゾートバイト…若者たちに受け入れられやすい形で選択・機会格差支援を提供
ここからは、当日のパネルパネルディスカッションをもとに「ハッシャダイの事業内容やその取り組み」についてご紹介していく。
ハッシャダイは中卒・高卒といった非大卒人材に対して選択・機会格差をなくすことを目的とし、無料で衣食住を提供しながら新しい環境で就労のための研修や学びに挑戦してもらう「ヤンキーインターン」、行ってみたいリゾート地で働く機会を提供する「リゾートインターン」などの就業支援サービスを提供している。
他にも全国の高校や児童養護施設や少年院などにおけるキャリア講演、晋平太氏に講師として参加してもらっている「ラップ講座」など、若者たちに受け入れられやすい形や方法での支援を実践しているのが特徴だ。
ハッシャダイ創業メンバーの勝山氏は自身の思春期に触れながら、ハッシャダイを通して若者たちに感じてほしいメッセージを次のように語る。
ハッシャダイ 創業メンバー 勝山恵一氏
勝山(以下、敬称省略):僕自身が中卒であり、警察沙汰まで発展するような非行を繰り返していました。こうした原体験がヤンキーインターンのロールモデルにもなっています。ハッシャダイの活動を通して、生まれた場所やその時点での環境という先天的要因による格差をなくしたい、そして若者たちに「Choose your Life(自分の人生を自分で選択する)大切さ」を知ってほしいです。
学習支援や企業向けのワークショップでラップ講座を行う晋平太氏は、ラップが持つ若者たちに与える力について、ハッシャダイ研究所の測定結果も交えて以下のように述べる。
晋平太(以下、敬称省略):ラップワークショップの目的は、参加してくれる人の自己肯定感を上げることです。ハッシャダイ研究所が「ラップを通して自己肯定感が高まるかどうか」の効果測定を実施したのですが、結果として自己肯定感が高まっていることがわかりました。みんなラップをする中で自分を内省するんですよね。それが肯定感を高めているのだと思います。
ラップによって鍛えられる力について晋平太氏は次のように続けた。
晋平太:ラップを通して「自分で考える力」と「発信する力」2つの力がどちらも鍛えられるのではないのかなと考えています。自己肯定感をあげたら国自体が面白くなるし、ラップ好きな人が一人でも増えてくれたら僕らなんかはすごく楽しいんで、そんな想いでやっています。
格差解消の第一歩はコミュニティ依存から抜け出せない若者たちの「移動」
学歴格差や機会格差に対する取り組みについてもパネルディスカッションが行われた。ここでは「コミュニティ依存の弊害と移動によって環境を変えることの重要性」に焦点を当てた内容をご紹介していく。ここで述べる「移動」というのは、コミュニティに依存する若者たちを今いる地域や関わる仲間たちとは全く違う地域や団体へと動かす、つまりは身を置く環境を変化させることで自身を向上させるきっかけ創りを指している。
成田(以下、敬称省略):ヤンキーインターンやリゾートインターンにはどのような可能性があるのでしょうか?
勝山:比較的簡単に若者たちを移動させることができるというのが一番のポイントだと思います。安部さん、少年院の仮出所の再犯率って何%くらいでしたっけ?
安部(以下、敬称省略):データの取り方も色々あるのであまり信ぴょう性のある数字ではありませんが、再犯率はおおよそ20%弱、5人に1人の割合です。
勝山:僕の周りにいる複数人の少年院出身者からの印象ですが、少年院出身者って、出所して2〜3日はとても真面目なんです。めちゃくちゃ真面目。でも1〜2週間経つと、また同じ地元の仲間と共通の価値観や言語を使いはじめてしまう。そしてその友達がいるからこそ、また罪を犯してしまうというケースが結構あると思います。これがコミュニティ依存なんです。
つまり元のコミュニティに戻ったことで、そのなかの空気や環境に逆らえず、せっかく変わることができたとしてもまたすぐに更生前の状態に戻ってしまうのだ。さらに勝山氏は次のように続ける。
勝山:コミュニティの中で正しいとされれば、それはすべて正しいと思ってしまう風潮もあります。大げさな例ですが、覚醒剤を正当化しているグループであれば、そのグループの中で覚醒剤を使用することは正義になってしまいます。だからこそ、コミュニティに依存している若者たちにはその環境から「移動」してもらうことが重要と言えます。
ラッパー 晋平太氏
晋平太:コミュニティ依存や移動の重要性はすごく実感しています。全国を旅するなかで、その街のしきたり、風習、ルールがあることを感じました。そこを飛び出る勇気の大変さも。仲間から後ろ指をさされたり、裏切り者になったりする可能性があるから怖いんです。しかし、自分たちが知っている常識と違う常識や環境があることは外に飛び出ないとわかりません。飛び出て色々な人間と触れ合うだけでも、若者からすれば大きな「移動」になります。
若者たちを変えるには、彼らが環境を変えるハードルを下げる必要がある。とはいえ、コミュニティ依存をしてしまっている若者にとって、そのハードルは思っている以上に高いのが現状だ。当事者としての原体験を持つハッシャダイメンバーだからこそ、彼らの気持ちを理解し、背中を押すための行動を提供・実践できているのだろう。
求められるのは「若者たちが自発的に移動したいと思える環境」
今回のイベントでは、会場の観衆からオンラインでリアルタイムに質問を収集する形態をとっており、会場から集まった質問のなかから成田氏が代弁するかたちでパネリストたちへの質疑応答を行った。そのなかには「非行少年がキャリアを考えるために必要なこと」「少年院の制度にハッシャダイのような活動を組み入れられるのか?」などの声が会場から上がった。
成田:非行少年が自分自身のキャリアを真剣に考えるためには、どのようなきっかけが必要ですか?
勝山:「移動」です!移動を通して、世の中の人々がどのような志を持って、働いているかがわかります。これは地元にいるだけではわかりません。だからこそ、移動を経験するなかで色々な人と出会い、価値観が異なる国に行くことで自分というものが知れるとも思います。あわせて自分というものを他人と相対することによって「自分はもっと変わらなきゃいけないな」「もっとこういったことをやりたいな」ということに気がつけるのかなと。そして地元を一度離れたからこそ、改めて地元の良さがわかるとも思います。
成田:少年院の中にヤンキーインターンを取り入られる可能性はどれくらいありますか?また実際に取り入れることを想定した場合の課題は何ですか?
少年院法務教官 安部顕氏
安部:鋭い質問ですね。まず、一番の壁はハッシャダイが民間企業ということです。民間企業と国の施設が連携しようということは、政府としては本当はどんどん推進したいところだと思っています。その一方で、国の施設が一企業の利益を応援するようなことがあってはいけないというのも実情です。例えば高校から大学への指定校推薦みたいに「お前ハッシャダイ行って来い!」というようなことが言えるかいうと難しい。ただ、講演活動やワークショップを通して「自分たちで行きたい!」と子どもたちが自主的にハッシャダイという環境を望む形になるのが一番いいのかなと思います。
「環境を変えても大丈夫」とメッセージを発信し続けるのがおとなの役割
今後、非大卒の若者たちへの就労支援は彼らに受け入れやすい形で今まで以上に広まっていくことが予想される。それは、企業側も才能があるにも関わらずコミュニティに埋もれてしまっている若者たちのサポートに未来を感じているし、若年層の人口減少から人材の獲得がさらに困難になっていくからだ。さらにはフリーランスや副業といった働き方が市民権を得てきていることなども追い風となり、こうした情報は彼らの情報源であるTwitterやInstagramといったSNSサービス、YouTubeなどのコミュニケーションツールによってますます発信されていく。
そんな若者たちに社会の一員である私たちおとなができることは、ハッシャダイのメンバーのように「同じ環境にい続ける必要はない、一歩踏み出せばあなたの選択肢は増えて、可能性は広がる」というメッセージを発信し続け、少しでもそのきっかけを創っていくことだろう。