近年、腸内細菌が健康に多大な影響を及ぼすという研究報告が増えている。腸は脳との強力な神経ネットワークを持つことから「第二の脳」としても知られるようになっているのだ。

そんな先端科学を活用したサービスを提供するアメリカ・ワシントン州のVIOME(バイオーム)という企業に注目が集まっている。

「ヒトマイクロバイオーム」とは?

「ヒトマイクロバイオーム(Human Microbiome)」という言葉を聞いたことはあるだろうか。これは「人体にすむ微生物相」といった概念のことを指す。

腸内細菌や腸内フローラ(腸内細菌相)といった言葉なら聞いたことがある人も多いだろう。腸内にヒトの細胞数に近い約40兆個の細菌が存在する。これを腸内だけでなく、皮膚、口腔、鼻腔、膣など人体すべてに拡張した概念が「ヒトマイクロバイオーム」となる。

体内にはたくさんの微生物が住んでいて、私たちの健康を保つために機能している。そんなヒトマイクロバイオームの中でも近年、注目度が高く研究が進んでいるのが「腸内細菌」である。

腸内細菌の研究の起源

もともと腸内細菌の研究は17世紀のオランダ人で「微生物学の父」とも呼ばれるAntonie van Leeuwenhoek(アントーニ・ファン・レーウェンフック)が歴史上初めて顕微鏡を使って微生物を観察したことが起源とされている。

レーウェンフックは専門的教育を受けてはいなかったが、生まれ故郷のデルフトでレンズの光学顕微鏡を自作し、原生動物や細菌、淡水性の藻類などの微生物、魚類の赤血球の核、横紋筋の微細構造など、多数の新発見を含む手紙を50年もの間、継続してロンドンのローヤル・ソサエティ(王立協会)などに書き送り続けた。

その中でも1677年のヒトの精子の発見は精原説に物的根拠を与え、水中を泳ぎまわるおびただしい数の微生物の存在は当時の人々に大きな衝撃を与えた。ピョートル大帝、ジェームズ2世などオランダ内外の著名人が顕微鏡をのぞきにデルフトに集まったという。

レーウェンフックの功績は、ただ微生物を観察しただけでなく、強い好奇心でさらにそれらを分析したことが大きく評価され、歴史にその名を残すこととなった。

マイクロバイオームは現在、バイオロジーと医学において、2008年ごろから特に注目され研究されるようになった。体の免疫システムと腸内環境の関係性が、特に研究が盛んなテーマである。

腸内細菌の構成(善玉菌と悪玉菌の割合など)は年齢・食事・体調によって変化するため、腸内細菌の状態を分析すれば、その人の体調や健康状態が分かる。

高齢の女性がかかりやすい骨粗しょう症予防や、がん予防、さまざまなアレルギー、気管支ぜんそく、自閉症、うつ病などについてもマイクロバイオームが注目されている。

細菌のバランスを保つのはとても難しくデリケートであり、毎日の暮らしの中で私たちはたくさんの微生物と共に生きているため、決して無視できない。

また病気のときに私たちが飲む抗生物質も悪い病原菌を先に倒すのだが、同時に人間の体の細胞まで倒してしまう問題もあり、それを防ぐための物質の研究も日々続けられている。

最先端サービス「VIOME」とは

VIOMEの紹介動画

そんな中、アメリカ・ワシントン州で始まったサービスが「VIOME」である。

持病と呼ばれるものの大半は、自分が食べたものによって引き起こされた炎症がもとになっていることをもとに、検査キットを使って腸内細菌の状態を調べ、個人の健康を改善するためのさまざまな食生活やエクササイズのアドバイスを行うサービスである。

2018年11月現在、VIOMEはオンラインで注文すると検査キットが299USドルで自宅に届く。

「Metatranscriptomics Technology(メタトランスクリプトミクス解析技術、環境微生物の群集の動態構造と機能を調べる解析方法)」という最先端技術で自分の腸に普段食べている食べ物(野菜、果物、肉、魚、穀類など)が自分の体に合っているか、自分の腸の状態、善玉菌、悪玉菌のバランスの状態などを分析してくれる。

これは1年の契約プランであり、1年の間なら何度でも専用アプリのチャットなどでアドバイスをもらったり、再検査をお願いすることもできる。

例えば、「プロテインを摂りすぎていないか」「本当に今ホウレンソウを自分は食べるべきなのか」「いつもあなたが摂っている抗酸化物質をたくさん含む食品は本当にあなたの体に合っているのか」など具体的な指示をもらうことができる。

遺伝子やタンパク質の相互作用を経路図として表したPathway(パスウェイ)の動きと機能などを調べ、それらが自分のメタボリズムにどのように作用しているかについても知ることができる。

体は人それぞれ。あなたが健康的だと思っているものが本当に体に合っているとは限らない。それを教えてくれるのが、VIOMEの人工知能を使った分析サービスというわけである。

VIOMEにおける検査・分析はニューメキシコ州のLos Alamos(ロスアラモス)にある国立研究所で行われる。世界でこの分析の許可が下りているサービスは、現在では世界でもVIOMEだけである。

VIOMEアプリの使用感

VIOMEプレスページより

VIOMEのアプリを実際に立ち上げ、検査結果を見ると、まず「Wellness index」で自分の腸内の調子がどれくらい良いか分かるようになっている。

緑なら、健康的な腸内環境を保っており、そのままキープしてくださいというメッセージが出る。もし赤のほうに針が振っていたら、あなたの腸内環境は危ない。食生活に気をつけて状態をよくするように努力しようというメッセージと、こういう生活習慣を組み込んだほうがよいといったパーソナライズされたアイデアをくれる。

2つめの「Gut score(腸スコア)」では、自分のマイクロバイオームの状態が赤から緑(状態がよい)まで、どれくらいのレベルにあるかが分かり、炎症マーカー(炎症の程度を測るもの)なども見ることができる。

また、3つめ「Metabolic Score(メタボリック・スコア)」は自分のメタボリズムの指標が明らかになる。炭水化物をどれだけ消費できているか、フィットネスのレベル(どれくらい効果が出ているか)、必要とされている量の栄養をきちんと摂取できているか、などが分かる。

メタボリックの数値が高い場合には、自分のマイクロバイオームと細胞のタイプに基づいて、摂るべき食材・食品を勧められる。

最後に4つめの「Body Socre(ボディ・スコア)」では、今の体型やライフスタイルが自分にきちんとあっているかどうか、が分かる。

2017年8月時点では、米国食品医薬品局の認可を得られていないため、アドバイスは食事とエクササイズに限定されているが、今後もし認可を得た場合、医療関連のアドバイスもできるようになる。

VIOMEを立ち上げた起業家、Naveen Jainとは

VIOMEのCEOであり創立者のNavenn Jain氏

Naveen Jain(ナヴィーン・ジェイン)氏は、ニューデリー出身のインド人起業家である。1979年にインド工科大学ルールキー校で経営工学を修了したあと、インド北東部、ビハール州南部の都市ジャムシェドプルでMBAを取得。その後、アメリカのニュージャージーに最初は留学プログラムで渡った。

そして、よりよい気候の地を求め、スタートアップのメッカであるシリコンバレーに移り、MSN事業を始めたころのマイクロソフトでマネジャー職につき、その後サーチエンジンの「Infospace」を創業。

そして、2002年にはインターネット・バブルが終焉が迎えると、自らが興した会社を去らざるをえなくなり、また別のIT企業「Interius」を興した。

その後も紆余曲折あり、2010年からForbes誌でコラムリストを続け、すでに5冊の本を出版し、4つの特許をとる実績を持ち、2016年1月にVIOMEの創立へ至った。

また、現在では「Moon Express」というコンピューター操作できる宇宙船を作る企業の共同経営者になるなど、意欲的に事業開発を続け、億万長者となっている。

なお、VIOMEについては、これまでに累計2100万USドルの資金を調達しており、45人の従業員がいて、そのうちの4人は内科医だという。ベータ版では何千人にもおよぶ顧客のサンプルテストが行われ、SNS上にはその結果を自分で投稿する人も現れている。

サンフランシスコのスタートアップ企業「uBiome」など、ライバル会社もすでに存在するが、VIOMEは、2018年10月に発表された米CNBCの有望スタートアップリストにも選定されている。今後の展開が注目される。

文:中森有紀
編集:岡徳之(Livit

img: VIOME