一人暮らしか、家族あるいはカップルで住むのか、一軒家かアパートか・・・これまで限られた選択肢しかなかった「住まい方」が今、多様化している。
家賃の高騰や独身者割合の増加といった社会情勢の変化、またリモートワークの一般化やフリーランス人口の増加など、ワーキングスタイルの変化を背景に世界各地で新しい「住まい方」が次々と生まれ始めた。
そして、私たちの生活の基盤をなす「住まい」の進化は、家族や会社といった従来のコミュニティが解体されつつあるなかで、新しい人と人とのつながりを創出している。
アメリカやヨーロッパ、アジア、その大都市から緑豊かな森林のなかにまで、各所でこれまでにどのような新しい「住まい方」が生まれ、どんな新しいライフスタイルの選択肢を私たちに提供しているのだろうか。
働き方だけでなく「住まい方」も多様化し始めている(Pixabayより)
新世代のコミュニティを創り出すコリビング
新しい「住まい方」として急速にミレニアル世代に広まっているのが「コリビング」だ。
このシェアハウスとコワーキングスペースをあわせた住まい方は、テクノロジーの進歩により増加するリモートワーカーやデジタルノマドの仕事と暮らしをサポートする充実した設備やサービスを備えた、新しいスタイルとして注目を集めている。
新しい住まい方「コリビング」(Pixabayより)
旅するように移動し働くデジタルノマドに対し、世界に複数の拠点をもつライフスタイルにマッチした住まいを提供しているのが、多拠点コリビングサービスの「ROAM」だ。
利用者は、定額制でマイアミ、ロンドン、バリ島、サンフランシスコ、六本木のコリビングに滞在可能。「ROAM」の会員になるということは、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの大都市、そして緑豊かなバリ島のウブドに同時に「住まい」をもつことを意味する。
利用料金は、六本木で一カ月2600USD(2019年11月時点)と、一般的なシェアハウスと比べると決して安いわけではない。しかし、清掃などさまざまな付帯サービス、充実した共有部の設備、洗練されたスタイリッシュなデザインで、世界中のデジタルノマドを惹きつけている。
六本木にあるROAM(公式Webサイトより)
このようなコリビングの一番の魅力は、コワーキングスペースや随時開催されるイベントを通じて世界中から集まるあらゆる分野のプロフェッショナルと出会うことができる点だろう。
デジタルノマドの増加に加え、これまでにないコミュニティの創出というニーズがこの新しい「住まい方」の広がりの背景だといえる。
最先端のテクノロジーに支えられたデジタルノマドのコミュニティと、自然に密着した農村の暮らしを同時に、そして気軽に楽しめる環境を提供しているのは、フランスのコリビング「Mutinerie Village」だ。
Mutinerie Village(公式Webサイトより)
フランス語で「反逆者」を意味する「Mutinerie」という名を冠したこのコリビングでは、関わる人と場所を自由に選ぶ新しいライフスタイルと、田舎暮らしの豊かさの融合がはかられている。
コワーキングスペースに加え、レーザーカッターや3Dプリンターを備えた作業場が併設された居住スペースは、パリから1時間半というアクセスの良さながら、42ヘクタールの豊かな緑に囲まれており、トレッキングやヨガを通じてフランスの美しい郊外の自然を満喫できる。
野菜畑も有する敷地内には馬・牛が暮らし、自己維持型の農業システムを学ぶこともできるそうだ。
運営会社はこのほかにもフリーランサーのための学校や情報誌などを提供しており、関わる人、住む・働く場所を自分で自由に選ぶデジタルノマドの増加を背景に、農村の暮らしの豊かさとフリーランスの生き方の自由度を同時に享受する、新しい世代のコミュニティを創り上げている。
Mutinerie Village周辺の自然(公式Webサイトより)
社会の課題を解決する新しい住まい方
デジタルノマドに向けたサービスのイメージが強いコリビングだが、一方で、新しいスタイルの社員寮ともいうべきタイプも出現している。そのひとつが、MUJI上海が提案する会社の同僚と住めるコリビングスペースだ。
建築家の長谷川豪氏によってデザインされたこの住宅は、キッチンとラウンジを共有スペースとして、寝室がロフト式に積み上げたように配置されており、1.5階建てに会社の同僚4人が居住可能な大都市の限られた住空間を最大限に生かしたつくりだ。
明朝の天蓋つきベッドにインスパイアされたというデザイン性に富んだ室内は狭さを感じさせない。
上海だけでなく、大企業が拠点を置く世界各地の大都市では、不動産価格の高騰により社員が快適な家を確保できない、あるいは通勤に時間がかかりすぎるといった問題が生じている。
会社のすぐ近くで快適な暮らしができるコリビングスペースの提供は、今後、企業の従業員へのアピールポイントのひとつになっていくのかもしれない。
MUJI上海が提案するコリビングスペース(Designboomより)
同様に、生活コストの高さが課題となっているフィンランドの首都ヘルシンキでは、高齢者施設の空き部屋を若者に格安で貸し出し、借り手となった若者が入居者の生活のサポートをする取り組み「Oman muotoinen koti」が人気だ。
もとは、住居費の負担感が高まりがちな若者の暮らしを助けるために考案されたものだが、一日数時間行われる高齢者の生活サポートが、ヨーロッパでは比較的希薄な若年層と高齢者の交流を生み出しており、このサービスの人気をさらに高めているそうだ。もちろん、入居にあたっては高齢者介護に適格な人物かの審査が行われている。
若者にも手が届く住宅の不足だけでなく、高齢者施設の人手不足という、二つの世界各国に共通する課題に対応して考案されたこの新しい「住まい方」は、これまでになかった人と人との交流をもたらしている。
Oman muotoinen koti利用者の様子(Saastopankkiより)
最後に、ホテルの空き部屋をリーズナブルに賃貸するという、さまざまな都市や国を数週間~数年といった短いスパンで移動することが珍しくなくなった近年のライフスタイルにマッチした「住まい方」も登場。
家探しから賃貸契約の締結、電気・ガス・水道・インターネットの手配、家具の搬入や処分、そんな私たちが当然に受け入れてしまっていた引っ越しの手間に対してのソリューションとして考案されたのが、日本人起業家の内野聡氏が立ち上げたアメリカ発のホテルの空き部屋を活用した賃貸サービス「ANY PLACE」だ。
サンフランシスコ、ロサンゼルス、ニューヨークに展開し、1か月1320USD~と通常の半額以下でのホテルステイを叶えるこのサービスは、賃貸契約に通常最低1年が求められるアメリカにおいて、よりフレキシブルな住まいの選択肢を提示した。
内野氏の新しい土地で新しい暮らしを始める際のストレスを軽減したいという思いを背景に生み出されたこの「住まい方」は、引っ越しの負担を軽減するだけでなく、ホテルの側にも客室の稼働率を高められるというメリットをもたらしている。
Anyplace(公式Webサイトより)
クリエイティブなアイデアによって世界各国に生みだされる新しい「住まい方」は、私たちのライフスタイルに新しい選択肢を与えるだけでなく、社会課題に対するソリューションとしての側面もみせながら進化を続けている。
人のつながりが希薄化し、世代を超えて孤立が拡大し問題となっているなかで、「住まい」を中心に構築されるネットワークの重要性もますます高まっていくだろう。
これまでにないライフスタイル、そしてコミュニティ。新しい「住まい方」から私たちが得られるのは単なる住居以上のものになるのかもしれない。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)