夜八時。「スリー、トゥー、ワン、ゼロ!」、掛け声と同時に施設の灯りが消え、オランダ特有の広い夜空が目の前の人口湖を包んだ。すると、雲もなくすっきりとした夜空に緑の光線が放たれた。緑の直線は2本ずつペアとなって、夜空で一点に交わる。夜空を貫くように輝く数組の直線ペアは、意思をもっているかのように左に右に、上下に動いていく。
その場に集まった人々も動きを目線で追うが、何か特別なことが起こっているわけではなく、空は変わらず澄んだ空気に星を見せるばかりである。2本の線はなおも動きながら、夜空を見上げる私たちに人々に訴えかける。今、あなたたちが見上げている夜空の向こうに広がる宇宙空間に思いをはせてくれ。そこには、無数の宇宙ゴミが漂っているのだ――。
ハイパワーLEDで宇宙ゴミをトラックする
10月5日の夜、アムステルダムから東に30キロほどのアルメレ市(Almere)にある文化施設KAF(Kunstlinie Almere Flevoland)で、プレゼンテーションが行われた。大ホールでは、これから発表されるプロジェクトへの期待で華やかなざわめきに満ちていた。
今夜発表されるのは「Space Waste Lab」。発表するのは、「ランドスケープの魔術師」の異名をとるオランダ人アーティストのダーン・ローズガールデ氏(Daan Roosegaarde)である。
プレゼンテーションするDaan Roosegaarde氏
未来のランドスケープを創る若きデザイナー
ローズガールデ氏は、ArtEZ University of the Artsを卒業後、Berlage Instituteで建築を学び、2007年にStudio Roosegaardeを設立。人々、テクノロジー、そして空間をつなぎ、よりよい世界が広がる未来のランドスケープを創出することをミッションに、デザインチームと共に数々のプロジェクトを発表。今や世界で最も注目される若きイノベーターでもある。
ローズガールデ氏が世界的に注目されるきっかけとなったのは、2014年末に発表された「Van Gogh-Roosegaarde cycle path」という発光する自転車道である。2015年のファンゴッホ没後125周年にあわせヴァンゴッホ財団から「ファンゴッホが生き返るような場所を作ってくれないか」と依頼を受け、オランダの建設会社Heijmans社と共に、ファンゴッホと所縁の深いニューネン(ノードブラバント州)から5キロほど西にいった場所に600メートルの自転車道を作った。
ファンゴッホの代表作『星月夜』をモチーフに、ソーラーパワーで日中に充電し夜間8時間発光する塗料を使った石50,000個を埋め、夜になると渦巻く星が瞬くような道にした。ヴァンゴッホがニューネンに住んでいた過去とエネルギーを使わない未来のテクノロジーを幻想的でロマンチックなランドスケープに融合させたローズガールデ氏のアイデアは国内外で高い評価を得た。
ファンゴッホの光る自転車道(出典:Studio Roosegaarde)
ローズガールデ氏はその他にも、LEDとレンズを使って海面上昇をビジュアル化する「WATERLICHT」(2016-2018年)、大気汚染を中のスモッグを吸収して空気を浄化する世界最大の空気清浄機を作り、装置に取り込まれた物質で美しいリングを作る「SMOG FREE PROJECT」(2016年)、車のヘッドランプのリフレクションを利用して高速道路の光を作り出す「GATES OF LICHT」(2017年)などを精力的に発表している。
WATERLICHT(出典:Studio Roosegaarde)
SMOG FREE TOWER(出典:Studio Roosegaarde)
GATE OF LIGHT(出典:Studio Roosegaarde)
宇宙空間を漂うゴミを照らす
そして、今。ローズカールデ氏の目線は宇宙に向けられている。
現在宇宙空間には、古い人工衛星、ロケット機体、破片などのゴミが漂っている。10センチ以上の大きさのゴミだけでも約29,000個もあるという。それらの破片は現在稼働中の人工衛星を破損させる危険性もあり、大きなゴミ同士の衝突によりさらにゴミが発生することも考えられる。小さなゴミでも時速2万5000キロのスピードなので衝突の衝撃は計り知れない。しかし、その回収方法や活用法はまだ確立されていない。
「今までのペースで人工衛星やロケットの打ち上げを繰り返して宇宙ゴミを増やし続けると、この先15年ほどで宇宙に打ち上げる物体が大きな破損を受けずにすむ事態はなくなると言われています。GPSなど宇宙にある人工衛星から受け取る情報は私たちの生活に欠かせないものになっており、増え続ける宇宙ゴミは他人事ではないのです」と、ローズガールデ氏は語る。
KAFでは宇宙ゴミの同時展示も行っている。右手の物体はチタン製の宇宙ゴミ
この壮大なプロジェクトはStudio Roosegaardeのチームをはじめとして、欧州宇宙技術研究センターなどの専門家、学生などを巻き込んで2フェーズで進行する。何よりも大事なのは「気づき」(Awareness)だとローズカールデ氏は語る。
第1フェーズでは、ローズガールデ氏の真骨頂である、テクノロジーを使った「気づきの視覚化」にフォーカスする。厳しい航空規則に準拠しながら、高度200から20,000kmにある宇宙ゴミをトラックできるシステムを1年半かけて作りあげ、LEDの光を夜空に照射し、宇宙ゴミの位置をリアルタイムで追っていく。第2フェーズは宇宙ゴミの回収方法、再利用の仕方について専門家や一般公募で集められたアイデアの実践に着手していく。
現代を生きる私たちが抱える環境問題は確かに大きく、深刻だ。しかし、しかめ面をして議論しあうだけが術ではない。むしろ心に訴えることがきっかけになるのではないか。その日訪れた約8,000人は夜空に照らされる一条の光が織りなす幻想的な美しさを、ため息とともにいつまでも見上げていた。ローズガールデ氏が目指す、人と自然とテクノロジーがつながる未来の情景がそこにはあった。
同じ場所で11月9・10日、12月7・8日、2019年1月18・19日に光のショーが行われる(出典:Studio Roosegaarde)
文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit)