日本で最初に学ぶ外国語といえば「英語」が多い。大学では第二外国語を履修する場合が多く、そこではフランス語やドイツ語の人気が高いようだ。
一方、アフリカの多くの国では、第一外国語として「中国語」を選ぶ若者が増えているといわれている。中国のアフリカ投資が加速していることは広く知られた事実であるが、それがアフリカ各国の若者の価値観・意思決定に大きく影響しているようだ。
いまアフリカで何が起きているのか、中国のアフリカ投資拡大にともなう文化変容を追ってみたい。
アフリカ全土に54カ所、孔子学院で中国語を学ぶ学生が急増
アフリカでの中国語学習人気が高まっている様子は、ソマリア出身・ロンドン在住のジャーナリスト、イスマイル・エナシェ氏のサウス・チャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)紙への寄稿で詳しく説明されている。
エナシェ氏が訪れたのはセネガルのシェイク・アンタ・ジョップ大学。ここでは中国政府の支援を受けて2016年に「孔子学院」が新設されたという。新設コストは250万ドル(約2億7,000万円)かかったが、すべて中国政府が負担した。
同大学の孔子学院には7つの講義室に加え、マルチメディア室、会議室、図書館が備えられており、500人以上を収容できる能力を持っている。新設コストだけでなく、運営コストと12人のスタッフへの給与も中国政府が負担するという大盤振る舞いだ。
孔子学院は中国語や中国文化の教育を行う中国の公的教育機関だ。中国国内で2004年に開設され、同年11月に韓国・ソウルに海外第1号が開設された。日本では2005年立命館大学に日本国内初となる孔子学院が開設されたのを皮切りに、札幌大学や早稲田大学などでも開設され、現在14カ所で運営されている。
孔子学院のウェブサイトによると、現時点で世界525カ所に開設。最大は欧州で173カ所、次いで米州161カ所、アジア118カ所などとなっている。2015年、孔子学院に充てられた予算は3億1,000万ドル(約340億円)、2006〜2015年では計18億5,000万ドル(約2,000億円)に上る。
英グラスゴー大学に開設された孔子学院
米国や欧州などで孔子学院は中国政府のプロパガンダ機関だと批判されることも多く、すべての国で快く出迎えられているわけではないようだ。しかし、中国政府は強気で2020年までに世界1,000カ所に開設する目標を掲げているといわれている。
アフリカでも孔子学院の数は増え続けており、シェイク・アンタ・ジョップ大学を含め現在54カ所に開設されている。
ナミビアの孔子学院の様子(Youtube CGTN Africa チャンネルより)
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エナシェ氏によると、アフリカでの孔子学院に対する見方は米国や欧州とは少し違うようである。
1つは中国のアフリカ投資が増大し、インフラ整備が進み、現地に多くの雇用を生み出すなど、現地の人々が多大な経済的恩恵を受けているためと考えられる。
アフリカの多くの国々は、英国、フランス、ドイツ、イタリア、スペインなど欧州諸国の植民地にされた歴史がある。植民地時代の名残から、アフリカの多くの国では旧宗主国の言語を公用語にしている場合が多い。
アフリカ諸国が独立後、旧宗主国は経済援助や投資を行うなどして、経済復興を支援する姿勢を見せてきたが、中国の経済援助・投資の増大により、欧州諸国の存在感が薄れてきているというのだ。
実際、エナシェ氏が取材した孔子学院で学ぶセネガル人学生は、中国語を学ぶ理由として、中国がセネガルでインフラ整備を行うなど多大な投資をしてきたからだと答えている。この学生は中国語を習得し、中国企業に就職することを希望しているという。
また欧米諸国がビザ規制を強化したこともアフリカでの中国語人気を高める要因になっているという。現在、欧米ではビザ規制を強化しており、留学であってもアフリカから米国や欧州に渡航することが難しくなっている。
一方、中国政府はビザ規制を緩和しただけでなく、アフリカ人学生の中国留学を支援する奨学金制度まで開設。セネガルからは毎年、孔子学院の成績優秀者50人に対して奨学金を給付しており、奨学生は中国の大学で学ぶことができるという。
このような取り組みはセネガルだけでなくアフリカ全土に広がっており、アフリカにおける中国語人気は旧宗主国の言語を脅かすほどに高まっているという。
孔子学院がプロパガンダ機関と批判され、さらに中国からの借款などを含めた経済援助や投資は新しい形の植民地につながるという批判もあるが、米国や欧州諸国の支援と関心が薄れるなかで、経済的な恩恵をもたらしてくれる中国はアフリカ諸国にとって必要不可欠なパートナーになっているのだ。
猛烈な勢いでアフリカに流れ込む中国マネー
中国がアフリカにもたらしている経済的恩恵はどれほどの規模なのだろうか。
前回(アリババ・ビジネススクール)でもお伝えした通り、アフリカへの投資額では、中国が圧倒的な差で世界一となっている。アーンスト・アンド・ヤングの調べでは、2016年アフリカへの海外直接投資額は、中国が361億ドル(約3兆8,000億円)と2位のアラブ首長国連邦(110億ドル)に3倍以上の差をつけトップとなっている。
また、米国や英国などのアフリカ投資が前年比減になっている一方、中国は前年比106%増となっているのだ。アフリカへの関心度合いの差が如実に反映されているといえるだろう。
このほか中国の習近平国家主席が600億ドル(約6兆4,000億円)の借款・支援金をアフリカに提供したとの報道があったり、アジアインフラ銀行(AIIB)を通じた投資が見込まれるなど、中国マネーが猛烈な勢いでアフリカに流れ込んでいるのだ。
マッキンゼーが2017年6月に発表したレポートでは、アフリカ進出した中国企業の数は1万社に上ると推計している。このうち製造業が約35%ともっとも多く、次いでサービス業25%、貿易20%、建設・不動産20%となっている。
同レポートによると、アフリカ進出した中国の製造企業はすでにアフリカ全土の製造産出量の12%(5,000億ドルに相当)を占めるようになっているという。さらにはインフラで海外受発注が関わる建設分野では中国企業が50%を占めるにまで至っているというのだ。
またこれらの中国企業で働く従業員の89%が現地人材であることが明らかになっている。アフリカ進出した中国企業の数を考慮すると、200万〜300万人の雇用が生まれている計算になるという。
現在アフリカ進出した中国企業の総売上高は1,800億ドル(約20兆円)と推計されているが、2025年までに4,400億(約49兆円)と2倍以上増加する可能性が指摘されており、アフリカでの影響力はさらに増すことになるようだ。
長期で見ると中国への過度の依存はアフリカ諸国に悪影響をもたらす可能性も指摘されているが、この投資熱はしばらく収まりそうにない。5〜10年後、もしかするとアフリカでは英語ではなく中国語がリンガ・フランカ(共通語)になっているのかもしれない。
文:細谷元(Livit)