近年、デジタライゼーションが急速に進展し、あらゆるサービスやデータに世界中どこからでもアクセス可能な世界が実現されている。このため、安全で確実な本人認証を手間なく実現することの重要性がますます高まってきている。

例えばスマートフォンを用いて、電子商取引やネットバンキングが手軽に使えるようになる一方、なりすましなどによる被害が拡大している。このため、安全・確実・便利なオンライン認証手段として生体認証技術の開発が進められている。

しかし、生体認証が利用できるのは指紋センサーなどの専用装置を持つスマホなどに限られ、取得した生体情報や秘密鍵を保護するセキュリティチップなどの専用装置も必要となるため、一部のユーザーや端末だけに利用が限定されていた。

今回、日立製作所とKDDI総合研究所は、スマートフォンやタブレットに付属の汎用カメラで撮影した掌紋(手のひらの皮膚紋理)から公開鍵認証(利用者の電子署名生成と署名検証)を行なう掌紋向けPBI技術を開発したと発表した。これにより、専用端末なしでの生体認証が可能になったという。

店頭での手ぶら決済が可能に

この技術では、汎用カメラで取得した生体情報を用いて、電子署名に必要な秘密鍵を一時的に生成して利用することができるため、秘密鍵の管理を不要とし、機微情報の漏えいやなりすましの防止効果を高めるという。

また、生体認証用の専用装置も不要となるため、家庭や外出先など場所を選ばず、電子商取引やネットバンキングなど、さまざまなオンライン取引において本人認証が可能となる。

さらに、すでに確立した顔認証と掌紋向けPBIを1台のタブレットに組み込むことによりマルチモーダル認証を実現し、店頭での手ぶら決済も可能となるという。

PBIとは、日立製作所が開発した生体情報を鍵として認証を行う新技術「テンプレート公開型生体認証基盤」のことである。

掌紋からの公開鍵認証を実現した4つの技術

今回の技術を具体的に説明しよう。

まず、掌紋向けPBI技術では掌紋画像をどこにも保存しないため、掌紋画像を使わずに位置ずれを補正する必要がある。そこで、手のひらの輪郭情報を補助情報として使用し、輝度の揺らぎに影響されにくい位相限定相関法による補正を行い、掌紋画像が不要となる位置合わせを実現した。

また、PBI技術はある程度の揺らぎを吸収して本人認証を可能としているが、カメラに手のひらをかざして撮影する場合、手の開きや照明環境の違いなどによる揺らぎが大きく、本人認証を安定して行うことができない。

このため本人認証時に手の開きや照明環境の違いを反映した複数種の掌紋画像を生成することで、本人であることを正しく判定する確率を高め、認証の高精度化を実現した。

これらに加えて、1台のカメラにより、顔や掌紋の情報を同時に取得して高精度な公開鍵認証を実現するマルチモーダル認証技術を開発した。これにより、顔による対象者の絞り込みと掌紋向けPBI技術を組み合わせた手ぶら認証を実現する。

そして、従来の汎用カメラを用いた生体認証では、本人の写真や動画によるなりすましのリスクがあった。このため、ディープラーニングなどの機械学習を活用し、撮影画像が本物か偽物かを見分ける生体検知技術も合わせて開発した。

手のひら静脈と顔情報で認証する生体認証融合技術も

今回のような新しい生体認証技術は他にもある。たとえば、富士通研究所は、富士通研究開発中心有限公司と共同で、手のひら静脈と顔情報のみで本人を特定し、非接触で認証できる生体認証融合技術を開発している。

この技術は、一般的なカメラで取得できる顔情報を活用して、利便性の高い手ぶらでの認証を実現したもの。

精度を落とさずに複雑な仕組みを簡易的に模擬するアルゴリズムを開発し、処理サイズを約10分の1へ軽量化することに成功した。これにより、高度な顔認証を瞬時に処理することが可能になった。

この顔認証は、情報決済端末利用中の自然な動作のなかでカメラから取得できるため、登録されている100万人規模のデータベースのなかから類似するグループに絞り込みが行える。そして、決済時など実際に認証が必要な時に、利用者が手のひらをかざすことで、絞り込んだグループから1人を迅速に特定するという。

また、手のひらをかざす操作で静脈のデータが一部取得できなかった場合、顔情報で認証に必要な情報が補てんできるため、2つの生体情報を利用することによる認証の安定性も向上した。

さらに、手のひら静脈と顔情報の処理を分離することで認証サーバへの負荷を軽減でき、顔情報の比較演算の高速性と相まって、計算リソースの増大を抑制できるという。

手ぶらでの認証が可能というユーザー視点に立った技術

個人情報利用におけるセキュリティの重要性が増大している今、生体認証技術自体が必須の技術である。

このため、さまざま認証技術の開発が進められているが、ユーザーにとっての一番のデメリットは、専用の端末の保持が必要という面倒くささではないだろうか。それに対し、今回の新技術は、手ぶらでの認証が可能というユーザー視点に立った技術といえる。

日立製作所は、今回開発した汎用カメラの掌紋向けPBI技術に加え、汎用カメラ指静脈技術の開発に取り組んでいるという。これらの技術により、生体認証のラインナップを拡充するという。その成果に期待したい。

img:NIKKEI