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かつて空港は飛行機に搭乗するまでの単なる通過点だったが、今やショッピングやグルメスポット以外にも美術館や映画館、マッサージサロンやプールなどを備えた総合エンターテイメント施設に進化している。
この空港の盛り上がりを支えるのは、ミレニアル世代を中心とした中国人旅行客。彼らが飛行機に搭乗するまでの待ち時間をいかに楽しませるか、有名ブランドや空港オペレーターがこぞってプロモーションに乗り出している。
空港は多くのエンターテイメントを楽しめる目的地になりつつある(写真:L’Oréal Travel Retail)
空港の広告はエンターテイメントに、ターゲットは中国人の若者層
世界で最もデジタル化が進んでいる空港の一つとされている中国の広州白雲空港――ここでは、壁と天井に大きなデジタル画面を施したトンネル型の広告スペースが話題を呼んでいる。
ピカピカに磨かれた白い床面にも天井の画面が反射され、そこには360度スクリーンに囲まれたデジタル回廊が生まれる。ここを通過する旅行客は、ちょっとした異次元空間を味わうことになるのだ。
2017年にはコニャックメーカー、レミーマルタンがこのスペースで新商品「VSOP限定版」のプロモーションを実施。カラフルで幾何学的なグラフィック作品で有名なマットW.ムーア氏をデザイナーに迎え、動きのあるフューチャリスティックな広告を展開した。
レミーマルタンはアジア市場で中国の若年層をターゲットとする戦略を打ち出しており、近年は中国で若者向けのキャンペーンに注力。「コニャックはおじさんの飲み物」というイメージを払拭しようとしている。
同空港ではレミーマルタンに引き続き、2018年夏にはジュエリー大手のティファニーも360度のデジタル回廊で広告キャンペーンを展開。トレードマークの「ティファニーブルー」の回廊が旅行客の目を惹きつけた。同様の3面大スクリーンは広州白雲空港以外に、重慶江北空港でも導入されている。
一方、上海虹橋国際空港では、著名ファッションブランドのルイ・ヴィトンが「タイムカプセル」と銘打った展覧会を実施。初代スーツケースから発展した歴代商品を展示し、同ブランドの歴史を紹介した。
同展覧会は、ロサンゼルスや大阪など世界6都市で開催されてきたが、中国では特別に空港が選ばれた。空港でのエンターテイメント的キャンペーンがウケる中国人市場を効果的に狙ったキャンペーンといえるだろう。
旧正月も空港で
中国国内の空港に限らず、中国人旅行客をターゲットとしたエンターテイメントは海外の空港でも重視されている。
ロサンゼルス国際空港では高級コスメブランドのイヴ・サンローラン・ボーテが2018年夏にポップアップストアをオープン。「YSLリップスティックDJステーション」を設置し、ステッカーや彫刻でリップスティックをカスタマイズするサービスを実施した。
このキャンペーンの一環として同社は、中国の若者に人気のインフルエンサー4人を招待。合計490万人のフォロアーを持つブロガーがイベントを盛り上げた。会場ではもちろん、「インスタ映え」する壁の前に立ち、スマホで自撮りできるコーナーも設けられた。
ドバイ国際空港では2018年の旧正月を祝うイベントも開催された(写真:ドバイ空港HPより)
ドバイ空港では中国の春節(旧正月)を祝うイベントも開催された。旧正月にはつきもののカラフルな獅子が宙を舞ったほか、京劇の役者やチャイナドレスに身を包んだ舞踏家がパフォーマンスや伝統舞踊を披露した。
アラブ首長国連邦(UAE)は中国人旅行者向けのビザ規制を緩和しており、この影響で2017年のドバイ国際空港の中国人利用客は前年比で16%増の330万人に達した。
同空港の免税店売り上げのうち中国人消費者によるものは2億ドル(225億円)と、全体の10%を占めており、旧正月時の大々的なキャンペーンは毎年恒例のイベントになりつつある。
ドバイ空港は美術館や映画、フィットネスなど様々なエンターテイメントを備えたモダンで美しい空港として知られるが、ほかにも歌手によるコンサート、元プロサッカー選手によるスキル・ショー、ミュージカル「CATS」のキャストによるライブ・パフォーマンスなど、近年はシアター的なイベントにも注力している。
中国人ミレニアル世代が高級品市場の担い手、空港では思わず衝動買い
世界の高級品市場の成長は中国のミレニアル世代が支えている(写真:L’Oréal Travel Retail)
中国人旅行客をターゲットとした空港キャンペーンの背景には、彼らの所得向上と高級品消費の増加がある。
米コンサルティング会社、ベイン・アンド・カンパニーの調査によると、世界の高級品消費に占める中国人の割合は2017年に全体の32%を占めた。
中でも1983年~1997年生まれ(20~34歳)のミレニアル世代が高級品市場の担い手。一人っ子世代の彼らは若い時期からラグジュアリー商品を購入し始め、その購入頻度も高いという。
ただ、デジタル世代の彼らでも、オンラインでの高級品購入はまだ少なく、高級品購入額に占めるオンラインショッピングの割合は2016年に8%、2017年も9%にとどまった。
米コンサルティング大手のマッキンゼー・アンド・カンパニーの調査でも高級品消費の3分の1が中国人消費者によるものとの結果が出ている。
所得の向上に加えて、海外旅行の増加や国際ブランドの中国進出などで、高級ブランド品へのアクセスがグッと容易になった点が中国人による高級品消費を促している。
彼らは国内外での価格差に敏感で、高級品ショッピングはもっぱら海外が主流。特に空港やダウンタウンの免税店での購入が過半数を占めているという。
同調査ではさらに、中国人消費者の消費傾向を分析。
高級品ショッピングの際、2回に1回は1日のうちに購入を決めていることが明らかになった。世界の空港協会ACIによれば、旅行客が空港で過ごす平均時間は3時間。
この待ち時間の中、ちょっと特別なセッティングで様々な有名ブランド品が免税で販売されているのに触れ、衝動的に高級品を買ってしまう若者の姿が浮き彫りになる。
広告代理店のBloommiamiは、「飛行機の旅は特別で、ポジティブな経験。旅の間は皆、自分を甘やかせる。このフィーリングはブランドが利用するべきものだ」としている。
デジタル化や設備の拡充により、空港でのエンターテイメントの可能性はどんどん広がっている。高級ブランド各社には、中国人のミレニアル層をターゲットに、空港でいかに旅の思い出の一コマを演出できるかが問われているといえるだろう。
空港での楽しみが増えるのは、中国人でなくともわれわれ消費者にとっては喜ばしい限り。今後は空港でしか味わえないサービスやパフォーマンスを目当てに、旅行客が旅の目的地や空港を選ぶ時代になるのかもしれない。
文:山本直子
編集:岡徳之(Livit)