中国で2016年に1.5兆元(約25兆円)だった市場規模が2025年までに5兆元(約85兆円)に達すると予想されている市場がある。
それはスポーツ市場だ。
中国では中間層が拡大するなか、余暇時間や可処分所得が増加していることに加え、ミレニアル世代など若い世代における健康意識の高まりから、スポーツ人口が急速に増えているのだ。
また、中国政府の積極的なスポーツ産業促進、さらにアリババやテンセントなどの豊富な資金を持つ中国IT大手のスポーツ市場参入により、中国のスポーツ市場はこれまでにないほどの盛り上げりを見せている。
中国のスポーツといえば卓球や体操を思い浮かべるかもしれないが、一般消費者の間で人気が高いのはサッカーやバスケットボールだ。また最近では、アイスホッケーの人気も高まっているという。
サッカー人気が高いのは日本と同じだが、中国ではサッカー以上にバスケットボール人気が高いといわれている。米国NBA選手を招いたイベントやバスケットボール関連のメディア報道が多く、ファンが拡大しやすい環境がつくられているためだ。
中国のスポーツ市場ではいま何が起こっているのか、 テンセントやアリババ、政府の取り組みを紹介しながら、その最新動向を探ってみたい。
需要増、政府主導、IT大手参入で活況する中国スポーツ市場
冒頭で述べた中国のスポーツ市場拡大予測は、中国政府が目指す目標値でもある。2016年に中国政府が発表した第13次5カ年計画には、スポーツ施設の普及を通じたスポーツ市場拡大戦略が盛り込まれている。
それによると1人あたりのスポーツ施設面積を現在の1.4平方メートルから、2020年までに1.8平方メートル、2025年までに2平方メートルに拡大する計画のようだ。また、スポーツ市場のGDP比を現在の0.75%から2020年までに1%まで引き上げたい考えだ。
中国銀行のアナリストによると、現在中国におけるスポーツ施設数は米国の27分の1しかなく、伸びしろが非常に大きく中国政府が掲げる目標の実現可能性は高いという。
スポーツ分野を管轄する政府機関、中国体育総局は2017年8月に企業のスポーツ施設建設を支援するためのファンドを設立。この時期を前後して、大手建設会社が各省とスポーツ施設建設に関する合意を締結している。
英国プレミアリーグのチーム「サウサンプトン」の買収を計画したものの、白紙撤回となった中国の建設会社Lander Sports Developmentは四川省・彭州市と共同で総工費40億元(約700億円)のスポーツ施設建設を計画している。
また、英国プレミアリーグのチーム「ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFC」の主要スポンサーである中国企業Palm Eco-Town Development Companyは、中国南西部の貴州省で同サッカーチームをコンセプトとしたスポーツタウンを5〜6カ所建設することを明らかにしている。
中国政府はこのような「スポーツタウン」を国内100カ所に建設する目標を掲げており、今後さらなる建設計画が明らかになっていくだろう。
建設会社だけでなく、IT企業もスポーツ市場参入に積極的だ。
Eコマース大手アリババは2015年にスポーツ分野を専門とする「Alisports」を創設。Alisportsの事業はスポーツコミュニティ運営、Eスポーツリーグ主催、スポーツ番組放映など多岐に渡るが、基本はアリババのデータを活用し、ユーザーにスポーツ観戦やスポーツ体験を促すことにあるという。
これまでに中国におけるNFLの放映権獲得やFIFAワールドカップのスポンサー、Eスポーツリーグ「World Electronic Sports Games」創設などを手がけている。アリババのジャック・マー会長は、Alisportsを1兆元の収益を得るスポーツプラットフォームに拡大させたい考えだ。
テンセントもスポーツ市場に大きな期待を寄せている。これまでに米国のプロスポーツリーグ「NBA」「NFL」「NHL」のデジタルコンテンツ放映権を取得し、同社のアプリ「テンセント・スポーツ」などで配信している。2018年4月には、これらにメジャーリーグ(MLB)が加わることになった。
テンセントのNBA放映権は2015年に5年契約で合意された。その契約額は5億ドル(約540億円)と国外企業との契約ではNBA史上最大といわれている。テンセントは10億人近いオンラインユーザーを抱えているが、このユーザーへの露出が増えたことでNBAの平均視聴率は2倍になったという。
ソーシャルメディアが変えた中国の人気スポーツランキング
アリババやテンセントなど独自のプラットフォームを持ち、そこに億単位のユーザーを抱える企業がスポーツ市場に参入したことは、中国のスポーツ人気に興味深い影響を与えているようだ。
特にテンセントのNBA放映によって、中国でのNBA人気が爆発的に高まっていることは特筆すべきだろう。
NBAは2010年にテンセントが運営するミニブログサイト「Weibo」に中国のファン向けにオフィシャルアカウントを開設した。2015年にテンセントが放映権を取得して以来フォロワー数は右肩上がりで伸び、現在は3,400万人に到達。これはツイッターのNBAオフィシャルアカウント(英語)のフォロワー数2,700万人を超える数字だ。
また2017年6月に行われたNBAプレイオフのWeibo上の再生回数は29億回ととてつもない数字を叩き出しており、中国でのNBA人気の高さうかがえる。
デジタルスポーツマーケティング企業Mailmanによると、中国国内のオンラインユーザーの間でもっともフォローされているプロスポーツリーグはNBAであり、これは欧州の主要サッカーリーグトップ3の合計フォロワー数の5倍に相当するというのだ。つまり、オンラインユーザーのフォロワー数で見ると、中国でもっとも人気のあるスポーツはNBAということになる。
テンセントのSNS「WeChat」でもNBAはアカウントを開設しているが、スポーツ系アカウントでは最大のフォロワー数を有しているといわれている。このことからもNBAが中国でもっとも人気の高いスポーツであることが分かる。
中国での人気を維持し、さらに高めるべくNBAやそのプレーヤーたちが中国での取り組みを加速させている点も興味深い。
世界各地で優秀なプロバスケットプレーヤーを育成・輩出すべくNBAは、セネガル、インド、オーストラリアなどに「NBAアカデミー」を開設している。基本は地域ごとに1拠点(NBAアカデミー・アフリカなど)、または国ごとに1拠点(インド、オーストラリアなど)だが、中国には3拠点(山東省、新疆ウイグル自治区、浙江省)も開設したのだ。
また、2019年には海南省・海口市に「NBAバスケットボール学校・ミッションヒルズ海口」がオープンすることが明らかになっている。このバスケットボール学校プロジェクトには、NBAで大活躍したスーパースター、コービー・ブライアント氏が深く関わっており、中国国内外から非常に高い注目を集めている。
さらに、現在もNBAで活躍するドウェイン・ウェイド氏やC・J・マッカラム氏などの有名選手が、バスケットシューズに関してナイキではなく中国のスポーツブランド「Li-Ning(李寧)」と契約を結ぶ事例が増えている。これもいまの中国とNBAの関係を示す好例といえるだろう。
拡大スピードを上げる中国のスポーツ市場。もしかすると今後NBAと同じようにSNSをきかっけとして人気が爆発するスポーツが出てくるかもしれない。今後の動向にもぜひ注目していきたい。
文:細谷元(Livit)