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地元にショッピングモールができたとき、そのあとしばらく、そこに通ずる一本道がひどく渋滞していた。
生活圏を乱された当時の筆者は、「だったら道を作るなり工夫してよ。想定できたことでしょ」と、ショッピングモールを睨んだ覚えがある。
企業が街を変える。かつて地元で経験した件よりも、ずっと大規模な変化が、米国シアトルで起こっていた。
「Amazon Go」がオープンした街を訪ねて
日本でも多くのメディアが取り上げていたが、2018年1月、シアトルにレジのないコンビニ「Amazon Go」がオープンした。「No Lines, No Checkout」というコピーの通り、レジに並ぶ必要がない自動精算が売りのAmazon実店舗だ。
カリフォルニア州を訪れる予定のあった筆者も、せっかくならAmazonが考える未来の小売店とやらを体験してみようと、足を延ばしシアトルにも赴いた。現地では、Amazon Goのテクニカル部門に勤める友人が案内してくれた。
彼によると、現在のAmazon Goは平日のみの限定営業だが、ゆくゆくは24時間365日オープン体制にしていく予定だという。レジに並んだり、財布を出したりする必要のないAmazon Goはとても便利で、キャッシャーがいらなくなる未来を覗き見た気がした。
ただ、それ以上に驚いたことがある。シアトルのランドマークタワー「スペースニードル」からダウンタウンを眺めていると、Amazonで働く友人がこう教えてくれた。
「大きなビルのほとんどが、Amazon関連の建物だよ」
アマゾナイズドされたシアトルの街
シアトルと言えば、日本人にとっては「イチローが活躍した街」というイメージが最も強いのではないだろうか。
シアトルについて知っていたとしても、自然豊かな場所で、Amazonやマイクロソフト、ボーイングの本社があるくらいの情報量かもしれない。Amazonがこれほどシアトル市内で存在感を高めていた、すなわち「アマゾナイズ(アマゾン化)」されていたとは。
Amazon Goに訪れた人は、すぐそばに植物園のようなものがあることに気付くだろう。この植物園は、Amazon従業員のためのワーキングスペース「Sphere(球体)」だ。
SphereはAmazon Goが一般公開された翌週にオープンした。Amazon従業員向けの施設のため、現在のところグリーンに囲まれた奇特な仕事場を見学することはできないが、1階の展示エリアのみ一般も立ち入ることができる。
Sphereは、世界中から集められた4万本以上の植物に囲まれており、会議スペースやベンチ型の作業スペースなどが設置されている。室温と湿度が一定になるよう保たれており、3,000枚近くで構成される特殊なガラスには、施設内の植物の光合成を促すため、光は通すが熱は遮断するという加工が施されている。
従業員のクリエイティビティを引き出すことがSphereの狙いだ。建築に携わったシアトルの建築事務所NBBJのデービッド・サディンスキー氏はこう話す。
「現代に生きる人々は、スマホ片手に急いでばかり。ときには立ち止まってゆっくり考え事をすることも必要だ。幼いころ、木登りをしている最中は、木と自分だけの世界だった。同じようにリラックスして、セロトニンを増やす環境を再現したかった」
Sphereの中には、Amazonia(Amazonの社屋があるサウス・レイク・ユニオン地区一体を指す)の見取り図があった。ざっと数えるだけでも、30を超える建物がAmazon関連ということが分かる。また、それぞれのビルにはSphereと同じように、「Day One」や「Doppler」といった呼び名がつけられている。
まだまだ新社屋の建設は続いている。ビルに大きくロゴが出ているわけではないので、観光で訪れただけでは、シアトルに広がるAmazonの存在感はなかなか感じられないかもしれない。しかしシアトルタイムズによると、中心街のオフィススペースの約19%をAmazonが占めているという。
一方住民に話を聞くと、街がアマゾナイズされていくにつれ、賃金の上昇や失業率の低下といった経済的なメリットよりも、実際の生活における困りごとの方が多くなってきているという。
Amazonの発展は、街を豊かにしたか?
現在、Amazon本社の従業員は約4万人。2000年以降、この地域では新たな雇用がのべ約10万件生まれた。Amazonの急速な成長に影響を受けようと、ほかのスタートアップもシアトルに集結してきた。
しかしハイスキル人材が次々に流入してきたことで、シアトルは深刻な住宅不足に陥っている。結果、賃料はどんどん高騰していった。
シアトルの街を歩くと、1ブロック歩くごとに路上生活者の人たちを見かける。その中には、若い人たちや女性も少なからずいた。アメリカ住宅都市開発省が発表したデータによると、路上生活者の増加数において、シアトルのあるワシントン州は2015年に全米ワースト4位だった。
家賃の価格が高騰し続ける中、翌年はワースト2位に下落。全米で37の州が路上生活者の減少を果たす中、ワシントン州は新たに約1,400人の路上生活者を生んでしまった。これを受け、エド・マレー市長は緊急事態宣言を発令した。
加えて、中心街で働く人たちが通勤時にUberやLyftを頻繁に利用することで、渋滞問題も見逃せなくなっているという。
コミュニティを守ろうと努力するAmazonの姿勢も
そのような声を受けてか、Amazonは建設中の新社屋にホームレス用シェルターを設置することを発表している。ホームレスの女性や子どもなどを支援するNPO「Mary’s Place」との共同事業で、65家族・約200人に住居を提供。工事はすでに始まっており、2020年には完成する見通しだ。ニューヨークタイムズによると、数十億円規模となるこのプロジェクトは、Amazon史上最大の慈善事業投資となるという。
すでにAmazonは、Mary’s Placeへの支援をはじめており、Amazonの従業員はボランティアとして食事を用意したり、路上生活者の子どものアート教育を手伝ったりもする。Mary’s Placeのエグゼクティブディレクターであるマーティ・ハートマン氏は、「AmazonとMary’s Placeとの関係性は、人々に生きる力を与えるものだ」と語っている。
ほかにも、2015年12月からは「バナナスタンド」を本社近くに設け、Amazon従業員だけでなく誰もがバナナを受け取れる取り組みを開始。1日につき、約5,000本のバナナを配布する。バナナスタンドのスタッフは「バニスタ」と呼ばれ、バナナを通してつながるコミュニティに、近隣の住民や労働者からは「無料でバナナを配り続ける企業なんて、聞いたことがない」と好評を得ているという。
思い返してみると、Amazonの飛躍的な成長に伴い勃発した社会問題は日本でも見られた。「物流危機」と呼ばれた、ヤマト運輸など物流サービスの長時間労働規制による運び手不足である。しかし見方によれば、Amazonの経営活動により新たな雇用ニーズを生み出したとも見ることができる。その反面、ECサイトの普及で廃業に追い込まれた昔ながらの小売店なども少なからずあるだろう。
ビジネスの発展は街を活性化させる。シアトルがアマゾナイズされたことで多くの雇用が生まれ、観光や出張といった訪問者が増えることで観光産業にも良い影響があるだろう。しかしそれには「副作用」がともなう。街を一変させた事業者には、副作用と向き合う責任もあるはずだ。
都市を変えるほどのインパクトがあるからこそ、街との関係性を主体的に考えることは企業にも求められる姿勢だ。Amazonは現在、第二本社をアメリカ国内のどこかに建設することを発表している。シアトルに残した、良くも悪くも大きなインパクトは、次の街でどのように生かされるのだろうか。
img: Amazon
Photographer: Marie Nishibu