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あなたはこの1週間のうち一度でもラジオを聴いただろうか?
米国では国民の9割が、この質問に“YES”と答える。2018年4月にニールセンが発表した調査結果では、AM/FMラジオを毎週聴いていると回答した人は2億2,800万人、全人口のうち93%に上った。
1週間にテレビを視聴した人は2億1,600万人、インターネットを利用した人は2億300万人と、いずれもラジオを下回っている。音声メディアがいまだに強い影響力を維持していることが伺える。
続くポッドキャストネットワークの大型調達
そんな“音声メディア大国”アメリカでは、数年前よりポッドキャストの聴取者数が伸び続けている。
ポッドキャストとは、ラジオのように電波を介することなく、インターネットを通じて音声データを配信する仕組み。既存の放送事業者だけでなく、個人の配信者からポッドキャスト専門の放送局まで、さまざまなプレイヤーが番組を配信している。
アメリカでは、1ヶ月以内に1回以上ポッドキャストを聴いた人の数は、2014年の950万人から、2017年の2390万人に増加。
近年では、ポッドキャスト専門の放送局が大型の資金調達を果たす事例も生まれている。昨年の夏には『Gimlet Media』が2,000万ドルの調達に成功。今年に入ってからは『Wondery』が500万ドルを調達した。
米国のポッドキャストは「トーク」だけではない
アメリカでポッドキャストが躍進し続けるきっかけのひとつになったといえるのが、2014年に配信された番組『SERIAL』だ。本作品は過去の殺人事件の真相を、関係者への取材を通して解き明かすサスペンスドキュメンタリー。公開後の3ヶ月でおよそ4,000万ダウンロードを記録した。
米国では雑談やトーク中心の番組だけでなく、『SERIAL』のようなドキュメンタリーやフィクションドラマ、起業家のピッチ番組など、幅広いコンテンツが製作されている。
たとえば『Gimlet Media』の新番組『The Habitat』は、火星移住の模擬実験プロジェクトの参加者に密着したドキュメンタリー。同じく4月に配信が開始された『Sandra』は、映画『ゴーストバスターズ』に主演した女性コメディアンのクリスティン・ウィグが、AIアシスタントを演じるSFフィクション番組だ。
高まる広告価値にブランデッドコンテンツも
こうした骨太なコンテンツと並行して、ポッドキャスト放送局の多くは、ブランデッドコンテンツの製作にも注力している。
2017年に『Panoply』はゼネラル・エレクトリックと共同で、SFフィクション番組『The Message』と『Life After』を製作。2015年の配信開始以来、合わせて800万を超えるダウンロードを記録した。
同年に『Gimlet Media』は『eBay』のブランデッドコンテンツ『Open For Business』を配信。当初の両者で設定した目標の2倍のダウンロード数を達成したという。
いずれの番組もゼネラル・エレクトリックやeBayのCMが途中で挿入されることはなく、冒頭のナレーションで社名が読み上げられる程度に抑えられている。
『Gimlet Media』の共同設立者Matt Lieber氏は「誰も30分間ずっとeBayのコマーシャルを聴きたくない」ため、聴取者には「広告が番組の中の世界から自然と出てきたように」感じさせる必要があると述べた。
良質なブランデッドコンテンツの登場にともない、ポッドキャストの広告費も増加している。2017年のポッドキャストの広告収入はおよそ2億2,000万ドルと、2015年の6,900万ドルから3倍近くに達した。
さらに昨年にはAppleがポッドキャスト用のアナリティクスの提供を開始。これまで閲覧できなかった聴取者数や聴取時間などのデータが公開されると、平均再生率が高いことなど、ポッドキャスト聴取者のエンゲージメントの高さが明らかになった。
それを裏付けるものとして、ポッドキャスト広告ネットワーク『Midroll』の調査では、90%近くのリスナーが一つのエピソードを最初から最後まで再生し、64%のリスナーがポッドキャスト広告をきっかけに商品を購入した経験があると回答している。
聴取者の拡大に加えて、エンゲージメントの高さが証明されたことで、引き続きポッドキャストの広告価値は高まっていきそうだ。
日本の音声メディアはどう変わるのか?
日本において『Gimlet Media』や『Panoply』に匹敵する規模や影響力を持つプレイヤーは登場していない。iTunesにおける日本のポッドキャストランキングでは、大手ラジオ局や個人の運営する番組がほとんどだ。
2016年には、多数の人気ポッドキャストを配信していたTBSラジオが、ポッドキャストでのマネタイズが困難であることからポッドキャストから撤退、自社のストリーミング配信サービス『TBSラジオクラウド』に移行している。
日本においてポッドキャストのみで収益化を行うのは、老舗ラジオ局であっても現状は難しい様相だ。すでに放送中の番組のスペシャルコンテンツとしての位置づけか、あるいは低予算ながらパーソナリティの活動を増やすための現場として機能しているといったところだろう。
一方で、近年はAIスピーカーへの期待値も高まる流れを受け、音声メディアはポッドキャストよりもウェブサービスやアプリとしての模索も続いている。2017年には音声番組の配信プラットフォーム『Voicy』がローンチされると、インフルエンサーや著名人が次々に音声番組の配信を始めた。ポータルサイト事業などを手がけるエキサイトも、誰でもアプリでトークが配信できる『Radiotalk』をリリース。
プラットフォームとしては、中国で4億人の登録者数を誇るという『Himalaya(ヒマラヤ)』が日本法人を立ち上げ、サービスの提供を始めた。いずれのプレイヤーも業界に「ゲームチェンジ」を起こしたといえるまでではないが、音声メディアの可能性を探り続けている。
新規プレイヤーの登場が相次ぐ中、既存のサービスが音声コンテンツの拡充に注力する例もある。
昨年は音楽ストリーミングサービスSpotifyがオリジナルPodcast番組の制作を開始。音声コンテンツを充実させることで、ユーザーのサービスとの接触時間を増やし、広告収入の増加を狙うという。
動画メディアやテキストメディアがユーザーの「視覚」を奪い合う一方、音声メディアは「聴覚」に訴えかけられる。
車の運転や家事、勉強中など、ほかのメディアがユーザーと接触しづらい時間にもコンテンツを届けられる点が大きな強みだ。米国ではポッドキャストリスナーの22%が、運転中に番組を聴いているという。最近ではスマートスピーカーの普及により、自宅で音声コンテンツを消費する機会が増えた人も多いだろう。
追い風の吹く音声メディアの領域で、今後どのようなプレイヤーが現れるのか。その趨勢によって、「聴覚」を介したコンテンツ消費のあり方は大きな変化を遂げていくはずだ。
img:The Message, Gimlet Media