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スタートアップを成功に導くためには、資金調達や他企業との提携、サービス展開の拡大、プロモーション活動など様々な施策を経て、自社のプロダクトやサービスをスケールアップさせることが不可欠である。特に、限られたリソースの中、短期間で急成長を目指すスタートアップにとっては、どのような戦略を立てるかがカギとなる。
AMPでは、アメリカン・エキスプレスと共に、国内のスタートアップの成長を支援する取組み、「AMERICAN EXPRESS INSIGHT for STARTUPS」を展開中だ。
第4回となるイベント『プロダクトをスケールさせるためのマーケティング戦略』が3月27日(火)に開かれた。初めての大阪での開催となる今回は、実際に短期間でスケールアップを果たした注目のスタートアップ2社に登壇を願った。
全国にシェアリングサービスを展開している急成長中のスタートアップ
今回登壇したのは、荷物預かりサービスを提供するecboの工藤慎一CEO、駐車場予約サービスを運営するakippaの広田康博CMOの2名。どちらも設立数年ながら、大手企業との提携や、全国各地へのサービス展開に成功し、注目を集めるスタートアップだ。
東京に本社を置くecboが提供するサービス「ecbo cloak」は、コインロッカー不足で荷物を預けられない利用者と、店舗や公共施設の空きスペースを提供したい事業者をマッチングするサービスだ。
ecboはスタートアップの登竜門とも呼ばれるピッチコンテスト「IVS LaunchPad」で優勝を果たしたのち、JR東日本・JR西日本、日本郵便、渋谷区といった企業・自治体との提携を実現するなど、着々とスケールアップを続けている。
大阪に本社を置くakippaは、契約されていない月極駐車場や個人宅の駐車場を、15分単位で予約・駐車できるサービス「akippa」を提供している。コインパーキングとしての拠点数はサービス開始3年で1万箇所を超え、最大手の『タイムズ』に次ぐ業界2位にまで増加。住友商事、JR九州、三菱地所といった名だたる企業を始め、トヨタ自動車や各種カーナビサービスとも提携。まさに急成長中だ。
両社の共通点は、荷物や車を預けたい人と、場所を貸せる人や事業者をマッチングするという点にあり、両社とも数々の大企業との提携を経て、スケールアップを遂げている。また、両サービスともにオンラインとリアルの場を融合させたサービスのため、東京、大阪に拠点を置きつつも、ecboの場合は荷物の預け先となるスポット、akippaの場合は駐車場となるスペースを全国各地で提供するために、サービスを全国展開しなければならない点でも共通している。
京都を中心に起業支援拠点の運営やスタートアップのコミュニティー支援などを行うツナグムの取締役であるタナカユウヤ氏をファシリテーターに迎え、両社がプロダクトやサービスを成長させる上で直面した課題や大手企業との提携を進める上での注意点、そして、全国展開を進めるための戦略、共通する課題やそれに対する打ち手について、経験談や苦労話を交えて紹介してもらった。
「オペレーション」、「人材採用」、そして「認知向上」。限られたリソースの中で何ができるか
スタートアップが自社のプロダクトやサービスをスケールアップさせるためには、限られたリソースの中で、いくつもの壁を乗り越えなければいけない。ecboとakippaは、「オペレーション」と「人材採用」、そして「認知向上」という点で共通して抱えていた課題を乗り越え、現在の規模まで成長した。
タナカ:プロダクトやサービスをスケールアップさせる際に直面した課題や苦労はありましたか。
工藤:「オペレーション」が大切です。ecbo cloakでは、荷物を預かる店舗の負荷にならないように、顧客が撮った写真を預かり証にするという「誰もが使える」システムを考案しました。規模の拡大に耐えられるシステムを構築することに苦労しましたね。
広田:弊社の場合は、「サービスをスケールアップできる人を採用すること」ですね。akippaは私が入社するまでマーケティング担当が不在で、開発も業務委託だったんです。私が入社を決めたのは、経営陣に「分からないことを一緒にやってくれる人が欲しい」という素直な姿勢があり、社内に風通しがよく意見を言いやすい土壌があると感じたからです。
タナカ:なるほど。ecboもakippaも、今では多くの人に知られつつあるサービスですが、現在に至るまで、限られたリソースの中で認知度をあげるために、どのような施策を実施されましたか?
工藤:僕らのようなスタートアップは資金も人材も足りない状態ですから、メディア露出を獲得するために、PRには力を入れました。メディアに取り上げられやすいように、akippaさんやAirbnb、僕の古巣であるUberといったシェアリングエコノミーの事例を活用しながらサービスを紹介してきました。現在も広告費のかかるプロモーションなしで、口コミを中心に導入数を伸ばすことができています。「リソースが限られているからできない」、ではなく、「限られたリソースの中で何ができるか」を常に意識しています。
広田:メディア露出に関して言うと、大阪ではとても有名な情報テレビ番組『ちちんぷいぷい』にサービス立ち上げから半年で登場できたのは大きかったですね。経済番組の『ガイアの夜明け』や『ワールドビジネスサテライト』に取り上げられたことも、一般ユーザーだけでなく法人ユーザーを獲得していく上で大きな転機になったと思います。
工藤:メディアが取材しやすいような「画」をいかに作るかが大事ですね。他社のプレスリリースを数千枚は見て研究しました。
そこで見えたのは、いかに「掛け算をつくるか」というポイントです。たとえば、レンタルスペース予約サービスを提供している「スペースマーケット」ならば「野球場で株主総会」や「映画館で会議」といった面白さのある画作りでアピールをしています。ecboでもそれを応用し、「店舗の特性×シーン」を訴求するようにして、ecboならではのメディア映えする画を作りました。ニュースバリューとは、「サービスを提供することで、みんながいかにハッピーになるか」の具体的なシーンを見せることだと考えています。
提携パートナーは「トップから押さえる」
akippaもecboも大手企業と提携を行い、プロダクトやサービスを成長させてきた。設立数年のスタートアップでありながら、どのようにして提携を成功させたのか。そこには「トップから押さえる」という共通の戦略が存在した。
タナカ:両社とも複数の企業と提携し、プロダクトやサービスをスケールアップさせていますが、提携を組む際に意識したことなどはありますか。
広田:akippaは「目指している世界観」を共有できる相手かどうかを重視しています。これは法人も個人も問いません。後発サービスも増えてきたなかで、価格における競争優位を提示する企業もありますが、利用する理由が価格の安さである場合、同様のサービスが出るほどに契約の維持が難しくなる。しかし、akippaは「なくてはならぬをつくる」というビジョンに共感してくれた企業とつながっていることもあり、乗り換えの影響も少なく、追随されることはありませんでした。大企業による参入を想定しなければならないスタートアップとしては必要な考え方です。
工藤:提携するパートナー選びには力を入れていますが、とにかく「スピード感」と「勝ちパターンの構築」を意識しました。業界トップを押さえれば後はついてくる、という考えです。シェア上位の会社が導入すれば、下位とも交渉しやすくなります。トップから攻めるのはなかなか難しいですが、後々の工数を考えるとトップから押さえにいったほうがいいと考えています。
広田:akippaも同じく業界のトップから押さえる方針でした。その点、トヨタ自動車さんと提携できたことはサービスに対して安心感を与えられた転換点でしたね。
工藤:僕らも渋谷で有名なカフェが導入してくれたことで、他の渋谷のカフェが次々に参入してくれた経験があります。JR東日本・JR西日本や日本郵便との提携で、幅広い年齢層に安心感をもってもらえるようにもなりました。
広田:工藤さんの「スピード感」の話で思い出しましたが、私が広告営業の担当をしていた際に、とある業界のシェア1位から3位までの全ての企業に提案する機会がありました。シェア1位の会社は役員や責任者が必ず同席しており、ほぼその場で実施を決め、翌日までには提案内容を実行していました。その会社では、実施しない場合は明確な理由をつけてフィードバックをいただけたので、再提案も具体的になった。実は他の会社への提案内容も同じでしたが、シェア1位の会社は施策のトライアンドエラーが圧倒的に早かったです。やはり成長している企業はスピード感が大事だと思わされましたね。
特定地域を攻める「ドミナント戦略」で勝ちパターンを見いだす。ゆくゆくは海外への事業展開も
大阪に本社を置くakippaと、東京に本社を置くecboは、どちらも地方展開を積極的に行っている。カギとなるのは、特定地域を攻める「ドミナント戦略」だ。それぞれが本社を置く地域で、集中的にサービス展開を進め、その過程でエリア攻略の勝ちパターンを見いだしていった。そんな両社は、全国展開を実現した今、将来的には海外への事業展開も考えているという。
タナカ:ビジネスの拡大においては、都心部だけでなく地方への展開も課題に挙がるかと思います。akippaは大阪、ecboは東京が本社ですが、どのような戦略を取っていますか。
広田:私たちは「大阪ドミナント戦略」として、まずは大阪で勝ちパターンを作り、それを全国へ広げていく方法をとりました。akippaはウェブサービスですが、現地で体験するタイプのものなので、サービスを提供する私たち自身が今でもakippaの駐車場を回るようにして、その体験をサービスへ反映させるように意識しています。勝ちパターンを作った後は、どの地域に展開してもやるべきことはあまり変わりません。
工藤:僕らも同じく「ドミナント戦略」ですね。ecboとしては、1月の東京での展開から始まり、4月には京都、5月には大阪、6月に福岡、とスピード感を持って、毎月のように地方展開をしていきました。その狙いのひとつは、「ものすごいスピードで規模拡大をしているスタートアップ」というPR文脈で、大手企業に対してプレゼンスを発揮することでした。もう一つの狙いとしては、地域ごとの「生きたデータ」を取ることで、入手したデータを元に、どこを「ドミナント」とすべきかを見定めました。結果的には「東京ドミナント戦略」でしたが。
イベント後半では、本イベントに協賛したアメリカン・エキスプレスの法人事業部門 ジェネラル・マネージャー副社長の須藤氏もステージに登壇。質疑応答では、須藤氏から全国展開を実現した両社に、今後の海外展開の考えについて登壇者の2名に質問を投げかけた。
須藤:非常に興味深いお話しをありがとうございました。スケールアップを目指して事業を全国に展開してきた両社に伺いたいのですが、さらなるスケールアップのために海外への展開は検討していますか?
工藤:私たちは2025年に世界の500都市でサービス展開することを目指しています。世界のどこに行っても、ボタンひとつで自分の荷物を簡単に預けられる。そんな世界を作りたい。実は、今年中に海外展開を始める予定なんです。場所はまだ明かせないのですが(笑)。
広田:私たちも海外展開に強く関心を持っています。日本ではまだ展開できていないエリアもあるので、日本での拠点拡大を優先しつつ、代表の金谷は既に何度か海外視察に行っていますね。
リーダーシップはリーダーだけでのものではない
質疑応答では参加者からの挙がった質問に対し、須藤氏も交えて、登壇者が回答した。常にハードな目標を課される急成長する企業ならではの社員のモチベーションの高め方について語った。
会場からの質問:急成長するなかで、従業員に対するモチベーションの上げ方、あるいは待遇や給与で気をつけていることはありますか?
広田:提携パートナーだけでなく、社内向けにも「ビジョン」を共有することが大事ですね。「何のために仕事をしているのか」を各メンバーが理解できていることで、発揮できる力が違います。
また、従業員に対するモチベーションに関して、私がGoogle時代から心がけているのは、社員との1on1ミーティングを定期的に開催することです。コミュニケーション量を減らさず、仕事以外のことも含めてやり取りしていることが地味に効いてくるのです。
工藤:アメリカン・エキスプレスさんではどのように従業員のモチベーションを上げているのか、伺ってみたいです。
須藤:アメリカン・エキスプレスは世界130カ国で従業員6万人、会社としても168年目ですが、その根底には「リーダーシップ」の重視があります。弊社では、社員の業績評価の際にも、数字や売り上げだけでなく、リーダーシップを評価しています。
リーダーシップは管理職などのリーダーが持たないといけないものと考えがちですが、アメリカン・エキスプレスでは、リーダーシップは社員一人ひとりが持つべきもので、それぞれにゴールがあるものだと考えています。これはスタートアップであっても活用できる考え方ではないでしょうか。
急成長を遂げるecbo、akippaにはスケールアップの戦略に共通点が見られた。提携パートナーを選定する際は「トップから押さえる」こと。さらに地方への展開では特定地域を攻める「ドミナント戦略」で勝ちパターンを見いだすといった点がその代表例だろう。これらの実践例は、限られたリソースの中、短期間で、かつ効率よくプロダクトやサービスのスケールアップを目指すスタートアップが戦略を立てる上で、大きなヒントになるに違いない。
これまでにもイベントでは「スタートアップを成功に導く『会計エコシステム』100社支えてきた会計士に学ぶ、スタートアップの会計戦略」や「HRスタートアップ3社から学ぶ、急成長スタートアップを支える人材戦略」、「『カスタマーサクセス』がスタートアップ成長のカギを握る!」を開催した。その模様はそれぞれレポートしているので、併せてチェックしてほしい。
Photographer: Takeshi Cielo Shimamoto