リクルートライフスタイル・ネットビジネス本部に、入社3ヶ月でMVPを獲得し、今期からはマネージャーを務める若きエンジニアがいる。

大学在学中の19歳の頃に友人とともに飲食店の経営を始め、Googleでエンジニアインターンを経験。学部生時代から東大の技術補佐員として機械学習の研究に従事していた、甲斐駿介氏(25歳)だ。

入社からわずか2週間で自分主導のプロジェクト起案を行い、Airレジのアクティブ率向上に貢献。現在は、お店の経営アシスタント「Airメイト」のプロダクト責任者を務める。大企業の中でも、リクルートは起業家人材の輩出企業として知られる。そんなリクルートにあっても、甲斐氏の活躍のスピードは異例だ。

若くして将来を嘱望される存在だが、実は大学入学時は授業についていけなかった過去を持つ。名門東京工業大学で“パソコンさえ持っていなかった知識ゼロの劣等生”は、その挫折経験から死に物狂いの努力で這い上がってきた。

年次や役職にとらわれずに、ことをなすための思考とマインドセットとは。若くして突破するための仕事論、弱冠25歳の半生を追った。

甲斐駿介
東京工業大学在学中から飲食店経営に従事し、同時期にGoogleでのエンジニアインターンを経験。2016年にリクルートライフスタイルに新卒入社し、入社後間もなく当社が開発する会計業務システム「Airレジ」開発の中心人物として活躍する。入社1年目に社内MVPを獲得し、現在はビッグデータやAIを活用して飲食店経営をアシストする「Airメイト」のプロダクト責任者を務める。

「原始人が未来にタイムリープ」ITスキルゼロから、Googleでエンジニアインターンをするまで

学生時代から飲食店の経営に従事する傍ら、Googleのインターンに参加するなど、彼の経歴は同年代ならずとも目を見張るものだ。

しかし甲斐氏は、大学入学時を「授業についていけないほど、無知だった」と振り返る。

甲斐「東京工業大学に入学したのですが、僕の在籍していた学部は、ほとんどの学生が高校生の頃からプログラミングに触れているのが当たり前でした。一方、僕はコードに触れたことさえなければ、そもそもパソコンすら持っていない。授業初日に教授に怒られ、授業にはついていけず、学校にもいかなくなってしまったんです」

本来は学校へいくべき時間をアルバイトに費やし、ためたお金で世界中を旅していたそうだ。優秀な学生が集う名門校において劣等生だった彼の転機になったのは、海外の大学に進学していた旧友の帰国だという。

友人の父は飲食店を4店舗経営していが、体調を崩し経営が傾いてしまっていた。そこで帰国した旧友に「お店の経営を手伝ってくれ」と声をかけられたのだとか。

甲斐「友人に『駿介は東工大にいるんでしょ?それなら、経営を改善するためのシステムを開発してよ』と頼まれました。そこから独学でプログラミングを学び、給与確認からコスト管理、予約システムまですべてを一括管理するシステム開発に取り組みました。とはいえ、あまりにも効率が悪い。教えてくれる師匠の必要性を感じました」

甲斐氏は自分が考え得る最高の環境でプログラミングを学ぼうと決意。Googleでインターンすることを決め、東京工業大学の教授に「Googleに行きたいので、僕を鍛えてください」と頼み込み、マンツーマンで徹底的に指導を受けたそうだ。

猛勉強の末、ついにはGoogleのインターンを勝ち取る。それまで独学で非効率な勉強をしていた彼にとって、Googleのシステマティックな仕事は文字通り「目から鱗」だった。

甲斐「Googleの社員は、とにかく生産性が高い。仕事がシステマティックに行われていて、無駄が一切ないんです。初めてオフィスを訪れたときは、“原始人が未来にタイムリープした”ような感覚になりましたね。僕が経営に関与した飲食店を始め、オペレーションのほぼすべてを人で回す飲食業界は、“特に非効率な業界”です。

その現状を知った上で“世界トップレベルの生産性を誇る会社”であるGoogleを見たことで、テクノロジーには、世の中を変革する力があることを肌で感じました。飲食業界にテクノロジーを浸透させれば、劇的な変化が訪れると思ったんです」

Googleインターンを通じて“ビジョンの重要さ”を痛感

東大では共同研究員として機械学習の研究に従事。『The New York Times』30年分のデータを読み込ませ、国と国の関係を検知して紛争の予測を行う研究だったそう。

同時期にGoogleでインターンをしていた、カリフォルニア大学バークレー校から来ていた女学生の一人は、障害で腕が動かなくなってしまった弟のために義手を作ろうと、Googleの門を叩いたそうだ。

彼女は明確に「やりたいこと」があり、そのためのHowとしてGoogleを選択していた。一方で、甲斐氏にはビジョンがない。同年代に刺激を受け、「何のためにやるのか」というビジョンの必要性、そして目的達成のために努力することの意義を自らに問い直した。

甲斐「20歳前後の学生が“人生のビジョンを持っていない”ことって、普通だと思いません?(笑)少なくとも、僕はそうでした。ただ、Googleのインターンで出会った学生たちは、明確な課題感を持って生きていたんです。彼女に『君にはビジョンがない』と言われたことが、『自分は何をやりたいのか』を考えるきっかけになりました」

Googleでのインターンは、学校に通わずアルバイトに明け暮れていた甲斐氏のマインドセットを大きく変えた。

甲斐「同期と自分を比較し、過去の自分を省みているときに、メンターの方に『やりたいことがないなら、機械学習を学びなさい』とアドバイスをいただきました。明確な目標があったわけではありませんが、『ギアを入れ直さないといけない』という焦燥感に駆られ、東京大学で機械学習を研究していた教授に連絡。共同研究員として迎え入れてもらい、毎朝6時起きで深夜まで研究する生活を1年弱続けたんです」

研究に明け暮れるなかで、自分の向き、不向きが明確になってくる。徹底的に研究に向き合った上で、自分のストロングポイントがエンジニアリングにないことに気づいたのだ。

甲斐「インターンをしていた頃に『駿介は、人を巻き込む能力が優れている。だから、エンジニアになるより、プロダクトマネージャーになったほうがいい』と言われたことがあります。

研究を通して感じたことですが、たしかに、僕にとってテクノロジーはプロデュースする対象の一つでした。本物の研究者ほど研究には熱心になれなかったけど、機械学習そのものは面白い。『この技術をどう生かすか』を考えるプロデューサーになろうと思いました」

飲食とプログラミング。自分にしかできない事業を創るべく、リクルートへ

「これからの時代に必要なのは、プロデュース力」——。

甲斐氏が学生時代に導き出した結論だ。リクルートのAI研究所や上場企業の飲食法人の執行役員など、全く異なるプレイヤーを巻き込み、プロデュースしていく。

「いわゆる就職活動はほとんどしなかった」そうだが、大学卒業後の進路は、プロデュース力を磨ける企業に入社するか、もしくは起業するかに絞っていたという。

甲斐「変化し続けられる会社にいないと、プロデュース力を磨くことはできないと思ったんです。リクルートは、変化し続けることができる数少ない企業でした。もともと紙媒体で行っていた事業を、インターネット化できた企業は世界を見渡してもほとんどありません。僕自身はまだ起業するほどの能力もなかったので、ファーストキャリアをリクルートに決めました」

従来までは機能別に行っていた開発を一箇所に統合し、業務改善のPDCAを高速で回した。開発に加え、電話センターのオペレーション構築やメールのシェアルームを自動化することでカスタマーサービス体制を構築し、アクティブ率を向上させたことがMVPの評価につながった。

学生時代に得た飲食店経営とGoogleでのインターン経験から、入社間もなくして飲食店経営において最も重要とされる五つの情報(売上、利益、客数、客単価、FL比率)を簡単に確認でき、AIを用いて経営をサポートするツール「Airメイト」のアイデアを起案。事業プランを社長に直談判すると、「まずは、結果を出してほしい」と告げられた。

甲斐「入社後、最初に取り組んだのは既存事業『Airレジ』の業務改善です。登録ユーザーのアクティブ率を倍にすることを目標に掲げ、開発体制の効率化に従事すると同時に、カスタマーサポート体制の充足を図りました。結果として登録ユーザーがより高い頻度で『Airレジ』を利用してくださり、掲げた目標の達成に至りました。その功績が評価され、3ヶ月後に社内MVPを獲得することができたんです」

「Airレジ」の業務改善を起案する以前は、「お願いされた」社内業務をを中心に行っていたそうだ。しかし、自分主導のプロジェクト起案を通じ、「自分が手を挙げたプロジェクトでなければ、コミットできない」ことに気がついたという。要望どおり結果を出すことで、かねてから構想を練っていた「Airメイト」の開発に着手する。

「Airメイト」は甲斐氏を含む四人のメンバーでサービス開発を開始。それぞれ別部署に所属するメンバーを甲斐氏が巻き込み、現在に至る。

甲斐「これから3年後、少なくとも5年後には『人間が経営していないお店』が当たり前のようにあると思います。役員のうちの一人がAIであるケースも少なくないでしょう。むしろ、日本は生産年齢人口が減少しているので、AIで労働人口を担保しなければいけません。

リクルートには、日本中の飲食店のデータが無数にあります。データを一箇所に集積し、解析をすれば、AIが経営戦略から店舗のオペレーションまで最適に導いてくれる。そこでGoogle Cloud Platform(GCP)さんと協業し、『Airメイト』を開発したんです。」

「Airメイト」をLINEとスマホゲームの次に、開いてもらうアプリにしたい

「Google Cloud Platform Japan Blog」でも取り上げられた動画。甲斐氏も登場し、Googleと協業することになった経緯を説明する。「データとサービスに強いGoogle App Engine。高速に大量のデータをさばけるデータフローやビッグクエリーがオールインワンで揃っている、Google Cloud Platformはベストな選択だった」。

甲斐氏が目指すのは、業界全体の底上げだ。「Airメイト」が日本全国に広がれば、個人営業の店舗からチェーン店まで効率的な経営を行うことができるようになる。そうして飲食業界が活気づけば、「ホットペッパーグルメ」など飲食業界でメディアを運営するリクルートに利益が還元される。事業単体で売上をつくるのではなく、業界全体にフォーカスすることでビッグビジネスを創出しようと考えたのだ。

甲斐「僕は『Airメイト』を、店舗経営に欠かせない存在にしたいんです。非効率な業界に新しい仕組みを導入するのは容易ではありません。なので、日々手に取ってもらえて、誰でも使える簡単な設計にしています。LINEとスマホゲームの次に開いてもらえるアプリにすることが大切なんです」

甲斐氏が業界全体、ひいては日本全体を見据えてビックビジネスを創出しようと試みるのには、理由がある。ひとつは、Googleのインターン時代に「ビジョンがない」と痛烈な一言を浴びたこと。

そしてもうひとつは、「日本が好き」という純粋な思い。Googleに勤める外国人社員たちは、日本のいいところを日本人以上に語る姿を見て、「この国を、これからも永劫素敵な場所にしていきたい」と感じたそうだ。

甲斐「今でこそ日本は、世界的に見ても経済的に豊かな国です。しかしこのままでは、中国以外の新興国にも追い抜かれていく。人口減少が止まらない日本が経済的に豊かであり続けるためには、世界を真似るのではなく、日本独自の強みを生かしたプロダクトで勝負していかなければなりません。

かつて高度経済成長を遂げたときとはまた違ったアプローチで、再び経済成長を遂げることができれば、この先も日本は豊かであり続ける。『Airメイト』はそうした未来を作るための社会基盤の一つになりうると思っています」

“結果がでなくても、半年は粘り続ける”が自分ルール

「24歳の若さで、なぜ突破し続けられるのか?」と私が問いかけると、「他人からどう思われるかに、興味がないから」とあっけらかんと答える。

甲斐「僕は早い時期に、世界のトップレベルを肌で感じました。なので、小さな失敗を恐れて右往左往することに意味を感じないのです。ビジョンと算盤があれば、失敗への恐怖に打ち勝つことができます。もちろん結果が出ない可能性もありますが、将来あるべき姿から逆算すれば、今この瞬間にやっていることが間違いではないと分かる。『絶対的にこうあるべきだ』というビジョンがあれば、今やるべきことが明確になる。他人に何を言われようが、折れることなく続けられるんです」

プロダクト責任者として「Airメイト」を牽引する甲斐氏だが、プレッシャーから眠れない日もあるという。それでも挑戦し続けるのは、明確な戦略とゴール設定があった上で、粘り強く続ければ光明が見えることを自身の経験から知っているから。

甲斐氏の“自分ルール”は、「上手くいかなくても、半年は粘ること」だそう。自分なりのゴールを設定し、今すべきことを洗い出したら、とにかく続ける。得意ではなかったプログラミングも、めげずに続けたことが現在につながっているそうだ。

インタビューの最後に、甲斐氏から学生に向けてメッセージをいただいた。

甲斐「目的意識のないインターンには意味はありません。まずは世界のトップを知ること。自分でありたい未来を想像し、そこにいきつくための行動を1年〜2年続けることをオススメします。誰かに弟子入りすることも一つでしょう。僕がプログラミングを教えた15歳の子は、今度世界コンペに出場します。自分で決めたことに粘り強く打ち込み、とことん属人的に生きることで道は拓けるのではないでしょうか」