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「最近は安くて可愛い服が沢山あっていいね」と50代の母は買い物に行くたびにつぶやく。数十年前ならダウンコートに数万円を払うのも珍しくなかったらしい。
たしかに筆者が中高生だった2000年代後半ごろから、「プチプラ」や「安カワ」といった言葉は常にファッション誌を賑わせている。とくにお金がなくても着飾りたい若者にとって「安くて可愛い」は正義だ。
しかし、モデルたちが着こなしていた安カワな服は、劣悪な労働環境で働く人々の犠牲の上に成り立っていたかもしれないと、私たちは徐々に気づき始めている。
とくに2012年に新興国の繊維工場における事故が繰り返し発生すると、そこで働く人々の過酷な労働環境が広く世間に知られるようになった。
その影響もあってか、労働問題や環境問題に配慮した上で生産・販売を行う「エシカルファッション」を選びたい人々は国内外で着実に増えつつあるようだ。
徹底的な透明性とユーザーに寄り添う姿勢
このニーズに対し、サンフランシスコ発のアパレルブランド『Everlane』は、“Radical Transparency(徹底した透明性)”によって応えてきた。
『Everlane』は取り扱う商品の素材から人件費、運送費、工場の様子に至るまでをユーザーに公開している。徹底して透明性にこだわって製品開発を行うのは、消費者に「商品にかかるコストを知った上で選択をする権利」を与えるためだという。
ウェブサイトで商品を探すと、素材や人件費、関税、輸送費を確認できる。さらに同社の提示する価格とともに、通常のファッション業界が提示するであろう価格まで表示される。
透明性が担保されるのは値段だけではない。彼らはウェブサイトに工場を紹介するページを設置し、そこでどのような人が働き、何を製造しているのかを紹介している。また、「How We Found It(私たちがどのように出会ったか)」という項目では、なぜ『Everlane』がその工場と取引を行なっているのか事細かに記されている。
また、製品開発においても既存のアパレルブランドとは異なるアプローチを採用している。通常のブランドは季節ごとに新しいアイテムを用意し、その季節のラインナップを発表する。
しかし『Everlane』は一年を通して限られた新アイテムしかリリースしない。代わりにユーザーからのフィードバックを常に収集し、一度発表したアイテムを繰り返しアップデートするのだ。
過去には一度販売したウールのパンツをより着心地の良い素材に変更したり、丈の長さを短くしたりといった調整を行ったこともあるという。
徹底した透明性とユーザーに寄り添う姿勢には、コンピューターサイエンスを学んだ後、アパレル業界に転身したCEOのMichael Preysman氏の課題意識が反映されている。
Preysman氏「これまでアパレル業界では、製品がどこからきたのか、どれだけコストがかかっているのか、どちらの製品の方が高品質なのかといった情報が隠されてきました。これは他の業界には見られない大きな問題です(中略)情報をすべて開示することで、『ベストな条件を選んでいるか』について常に顧客から見られているというプレッシャーを自らに課しているんです」
彼が目指すのは「セリーヌのルックとパタゴニアの倫理性」を備えたブランドだという。
(インタビューにて「アパレル業界の不透明性」を指摘するPreysman氏)
『Everlane』が実店舗に乗り出した理由
『Everlane』は2010年に設立され、2016年の収益は2015年から2倍の1億ドルに達している。設立当初、Preysman氏は、「実店舗を持たないのか」という質問に対し、徹底して「ノー」と回答していた。2012年のインタビューでは「実店舗を持つなら会社を畳む」とさえ述べている。
しかし2016年以降、彼らは実店舗の展開に向けて舵を切り始めた。ニューヨークの『Nordstrom』の店内に『Shoe Park』と銘打ったポップアップストアを設置。入り口で靴を脱ぎ、店内の靴を自由に試着できるユニークな仕組みで顧客を迎えた。同年冬にはニューヨークにカシミアセーターやコートを展示したポップアップストアも出店している。
そして昨年12月、『Everlane』はニューヨークに初の実店舗『Everlane Prince』をオープンした。2月にはサンフランシスコに2号店の出店も控えている。実店舗の経営に踏み切った理由について、Preysman氏は兼ねてから顧客から受け取っていた要望を挙げている。
Preysman氏「購入前に実際の商品に触れたいという要望が常にありました。これから国内外にビジネスを拡大していくうえで実店舗の出店は避けられないと考えたんです」
『Everlane Prince』では、オンライン上のプロフィールを実店舗でも参照できるユニークなシステムが用意されている。ユーザーはオンラインでクレジットカードを登録すれば、実店舗での買い物を登録済みのカードで決済できる。また、オンラインストアで購入した商品の返却も実店舗で受けつけるという。
アパレルブランドに求められる倫理的配慮
彼らが実店舗を構えるほどの影響力を持ち得た背景には、アパレル業界の裏にある非人道的とも捉えられる取引のあり方が、広く知られるようになったことが挙げられる。
冒頭に述べた通り、2012年にはパキスタンの衣料品工場で火災や建物の倒壊が相次いで発生し、ファッション業界を支える労働者たちが置かれてきた環境が明るみに出た。
2015年にはドキュメンタリー『ザ・トゥルー・コスト ~ファストファッション 真の代償』が公開され、繊維工場で働く労働者の悲痛な叫びや、ブランドから厳しい要求を突きつけられる工場経営者のジレンマが映し出された。本作は日本においても注目を浴びた。
『ザ・トゥルー・コスト ~ファストファッション 真の代償』の予告編、「私たちの血で作ったものを誰にも着て欲しくありません」と女性が訴える
また近年では業界を問わず、道徳や倫理に配慮したビジネスを行う企業を支持する機運も高まっている。
ニールセンが2015年に60ヶ国を対象に実施した調査によると、66%の人が「社会や環境にポジティブな影響を与えている会社のサービスやプロダクトに多くのお金を払ってもいい」と回答したという。この割合は2013年の50%に比べて16%も増加している。
また、その割合は15歳から20歳の間では72%に上ったという。若い世代ほど倫理的に正しい企業を選びたいという意識が高いことが伺える。
さらにアジアの国々を対象とした調査では、中国やタイのような成長市場の方が、環境的にも倫理的にも責任を果たしている企業の製品を選ぶ消費者が多いという調査結果もある。
これから成長市場でも通用するプロダクトを生み出すには、倫理的かつ社会的に正しくあることが、欠かせない要素になっていくだろう。そしてそのトレンドの先端を走る『Everlane』の今後の展開は、次代の消費のあり方を考えるうえでも重要な指針になるはずだ。
img:Everlane