2017年末頃から国内外のYouTubeゲームチャンネルで「壺男」や「壺おじさん」といったワードが頻繁に登場するようになり、ちょっとした「壺おじ」トレンドが生まれている。
正式名称は『Getting Over It with Bennett Foddy』。壺に入ったおじさんを操作して山を登っていくだけの非常にシンプルなPCゲーム。壺に入ったおじさんというシュールなキャラが特徴的だが、それ以上にこのゲームは「難度の高さ」が注目される理由となっている。
製作者は、プリンストン大学やオックスフォード大学で研究経験を持つ「哲学者」。意図的にこのゲームを難しく作ったという。その難しさからこのゲームを「苦行」と呼ぶYouTuberもいるほどだ。
今回は「壺おじさん」ゲームの詳細を紹介するとともに、ゲーム開発者の狙いを探ってみたい。
壺おじさんが山を登るだけのゲーム、YouTubeでは数百万ビューに
『Getting Over It』のルールは至ってシンプル。壺に入ったおじさんが手に持つハンマーを岩などにひっかけて山頂を目指すだけ。ハンマーの操作はマウスで行う。iPhoneやiPadの場合は、タッチパッドで操作する。
『Getting Over It』
ルールはシンプルだが、ハンマーの微妙な操作加減に慣れるまで時間がかかり、おそらく初めてプレーする人のクリア率はゼロに近いはずだ。
このゲームを難しくしている主な理由は、セーブができないことだろう。通常、ゲームではセーブをして、失敗すればセーブした地点からやり直すことができるが、『Getting Over It』ではセーブができない。また、コースもあえて落ちやすいように設計されており、ちょっとしたミスでスタート地点まで戻ってしまうことも頻繁にある。「ゲームオーバー」がないこともこのゲームの特徴だ。
なかには10時間以上プレーしゴール直前だったにもかかわらず、崖から落ち、スタート地点まで戻ってしまうシーンをライブ中継していたプレーヤーもいる。
YouTubeでは数多くのゲーマーが挑んでいるが、練習した後でもかなり苦戦している様子がうかがえる。ライブストリーミングでゴールを目指すも、途中で諦めてしまうケースも多い。
一方で、このゲームをかなりやりこんだプレーヤーたちもおり、ほんの2分弱でクリアする強者も出てきている。
speedrun.comでは、現時点のクリアタイム順位を確認することができる。2018年2月7日時点では、Lumonenというプレーヤーが1分53秒で1位となっている。一度このゲームをプレーしたことがある人は1分台のすごさを痛感できるだろう。このゲームの開発者本人でも、クリアするのに30分ほどかかるという。
YouTubeにアップロードされている『Getting Over It』関連動画はさまざまあるが、多くが実況プレーの録画動画だ。ライブストリーミング配信したものを編集し、アップしている。視聴回数は多いものであれば数百万回に達するものもある。
中毒研究のプロがつくった?「壺おじさん」にはまる理由
なぜこのようなシュールな壺おじさんゲームが、ここまで人気なのか。その理由の1つは「中毒性」であろう。非常に難しいゲームであるため何度も何度も同じステージに挑戦することになる。最初は攻略できなかった場所でも、時間をかけて練習すればできるようになってくる。
これまでできなかったことができるようになる瞬間というのは、脳内でさまざまな幸福物質が放出されるといわれている。挑戦することが難しければ難しいほど、幸福感・達成感は大きいといえるだろう。その瞬間をまた味わいたいと思い、ついついゲームに手が伸びてしまうのではないだろうか。
この中毒性が高いことは開発者の狙い通りなのかもしれない。『Getting Over It』の開発者は、ニューヨーク大学ゲームデザイン学部教授のベネット・フォディー氏。現職に就く以前はミュージシャンや哲学研究者であった。
2003年、オーストラリア・メルボルン大学の哲学博士課程に進学。研究テーマは、認知科学や薬物、そして人間の中毒についてだった。フォディー氏がゲーム開発に関わるプログラミングを学び始めたのは2006年頃と、博士課程在籍中のことであった。博士課程に在籍しながらゲーム開発を進め、2008年に『QWOP』というブラウザゲームを発表した。
『QWOP』
『QWOP』はキーボード上の「Q」「W」「O」「P」だけで、キャラにオリンピックの100メートル走を走らせるというもの。『Getting Over It』に負けず劣らずシュールで難度が高く、当時のゲーム界隈で非常に話題になったようだ。いまでもフォディー氏のサイトで無料でプレーすることができるので、挑戦してみてほしい。
『QWOP』と『Getting Over It』、どちらも非常に難しいゲームで、うまくいかないことにフラストレーションを感じてしまう。しかし、これが開発者フォディー氏の狙いだ。
YouTubeで多くのゲーマーが『Getting Over It』をプレーしているが、ほとんどがフラストレーションで叫んだり、呆然としたり、ゲームによって精神状態が激しく移り変わる様子をうかがうことができる。このように人間の感情をここまであらわにさせるゲームは意外と少ないのかもしれない。
『Getting Over It』のプレーをライブストリーミングするYouTuberがいるので、タイミングが合えば視聴してみるのもよいだろう。プレーヤーが山から落ちて出発地点まで戻ってきたらチャット欄に「おかえり」とメッセージを送るのが慣行になっているようだ。
img; Getting Over It , QWOP