「世界最先端の電子国家」や「スカイプが誕生した国」として知られるようになったエストニア。ITテクノロジーの重要性にいち早く注目し、他国に先んじて人材育成やスタートアップ環境の整備を進めたことで、スタートアップの育成・誘致で優位性を獲得したといえる。

この人口130万人のエストニアに、人口13億人を超える「インド」が熱いまなざしを向けている。

インドは社会のデジタル化を推し進める上でボトルネックになっているセキュリティーの脆弱性問題を抱えるだけでなく、英国の欧州離脱で欧州市場へのアクセスを失ってしまうという問題を抱えている。インドはエストニアとの関係を強化することで、これらの深刻な問題を解決しようとしているのだ。

この一環でインドは国内スタートアップのエストニア進出を後押しし、エストニア側も受け入れを容易にするための施策を実施している。今回は両国間のスタートアップ関連の動向を中心に、知られざるインドとエストニアの関係について迫ってみたい。

スタートアップ誘致のためのエストニアの取り組み

まず、エストニアが実施しているスタートアップ誘致のための2つの施策を紹介したい。電子居住制度「e-residency」と「スタートアップビザ」だ。

2014年開始の電子居住制度「e-residency」とは、オンライン上でエストニアの電子住民となれる制度だ。電子住民になるだけではエストニアに住むことはできないが、海外に住みながらエストニアで会社を設立し、銀行口座を開設することが可能で、主に海外のスタートアップに重宝されている。


ウェブ上で申込みができる「e-residency」(e-residencyウェブサイトより)

現時点で約2万7000人の電子住民が登録されている。エストニアのメディアによると、日本の安倍首相もエストニア電子住民として登録されているという。

国別でみると最も多いのは、フィンランドで3400人だ。次いで、ロシア1900人、ウクライナ1640人、米国1600人、英国1540人、ドイツ1500人、イタリア1200人、インド1000人といった具合だ。ちなみに日本からは800人が電子住民として登録されている。

電子住民によってエストニアで新たに設立されたスタートアップの数は、2017年11月時点で約2700社に上る。新規に会社設立した電子住民の国籍を見てみると、ウクライナが314社でもっとも多い。次いで、フィンランド272社、ロシア240社、ドイツ200社、イタリア126社、英国119社、フランス114社、ラトビア97社、トルコ95社、米国87社、そしてインドが85社となる。

電子住民となった起業家はエストニアのスタートアップコミュニティーにアクセスし、そこで投資家やエンジニアなどとネットワークを構築することが可能だ。もちろん現地に住んで働く場合は、就労許可や滞在許可が必要になる。

しかし2017年、エストニア政府は起業家誘致をさらに進めるため「スタートアップビザ」の発行を開始した。このビザは欧州域外の起業家を対象にしたもので、エストニアで企業を新規設立するか、会社を海外からエストニアに移転させることを目的としている。また、スタートアップで働く欧州域外の従業員を通常より簡単な手続きでエストニアに呼び寄せることも可能となる。

このスタートアップビザ・プログラムを担当するエストニアのマリ・バブルスキ氏がZDNETの取材に答えたところでは、ビザ申請がもっとも多い国はインド、ロシア、パキスタン、トルコという。

ここまででインドが何回か登場しているが、次のセクションでインドとエストニア、両国の関係がどう発展しているのか見ていきたい。

急速に接近するインドとエストニア

インド発スタートアップのエストニア進出が多い理由の1つは、両国がインドのスタートアップによるエストニア進出を支援する姿勢を強めており、具体的な施策も議論され始めているからだ。

「インドーエストニア・スタートアップエクスチェンジ」は、インド・スタートアップをエストニアに誘致し、情報コミュニケーションやスマートシティーに関わるソリューションやプロダクト開発を促す取り組みだ。現在両国政府が最終化に向けて話を進めているという。

また、エストニアの支援を受け、インド発スタートアップがインドに電子政府を構築するプログラムも議論されているといわれている。

エストニアは電子政府システムとサイバーセキュリティーに強みを持っており、インドはエストニアの知識や経験から多大な恩恵を受けることができる。

電子政府システムを例にとると、13億人の人口を抱えるインドの行政システムがエストニア並に効率化すれば、時間・コスト削減で多大な効果が生まれるのは想像に難くない。

また、インドはサイバーセキュリティー環境が脆弱といわれており、フィンテックなどデジタルテクノロジーの社会普及を拒む要因になっている。エストニアがサイバーセキュリティー支援を行えば、インドのデジタル化が一気に拡大することも可能だ。


人口13億人以上のインド

また両国の連携強化は、エストニアにとってはスタートアップ誘致、インドにとっては欧州市場へのアクセスを獲得することにもつながることから、今後さらなる取り組みが期待できそうだ。

インドのスタートアップにとっても、エストニアは人材だけでなくコスト面から見ても非常に魅力的だ。これまでインド企業のデスティネーションの1つであったシンガポールと比べてもエストニアの優位性は明らか。

法人税はシンガポールは17%だが、エストニアでは配当がない企業への法人税はゼロ。オフィス賃料もシンガポールが1月あたり約20万円ほどである一方、エストニアでは5〜7万円ほどしかかからない。欧州市場を足掛かりとした世界展開を狙うスタートアップにはエストニアはもってこいの場所といえるだろう。

急速に接近するインドとエストニア。文化、人口、政治、多くの点で違いがある一方で、数学やデジタルテクノロジーに強いという共通点を持っており、今後どのような連携を見せてくれるのか非常に楽しみなところだ。

img: e-residency

【連載】電子国家エストニア