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20億円の赤字を抱えたベイスターズをDeNAが背負い、勝つか負けるか分からないマーケットに活路を見出したのは、2011年のことだった。
特段野球ファンでもなかった筆者には、このニュースがどれほどのインパクトなのかは分からなかった。しかしそれ以来、東急東横線の乗客に「ベイスターズファン」とわかる青いユニフォームを着た人たちが着実に増えていったのには驚いた。
筆者もここ数年、知人に誘われ何度か「横浜スタジアム(ハマスタ)」を訪れたことがある。とにかく、演出やグッズが“今っぽい”のだ。派手すぎないユニフォームに、オシャレなラベルのオリジナルビール。試合終了後には、暗転した球場にスマホのライトを灯らせて、満点の星空を作るという、音楽ライブ然とした観客一体型の演出に唸った。
筆者のイメージでは、球場は野球に命をかけたオジさんたちの怒号が飛び交う「昭和」な場所だった。ハマスタはそのイメージに反していた。DeNAは見事に、私のような「非野球ファン」のオフの過ごし方に「球場へ観戦に行く」という選択肢を追加してみせたのだ。
プロ野球でその手腕を発揮したDeNAが、今度はプロバスケットボール新リーグ「B.LEAGUE(Bリーグ)」に進出するという。プロ野球での成功体験を、今度はバスケットボールに応用するらしい。
野球の次はバスケットボールへ
2017年12月、DeNAと東芝が川崎市内のホテルで合同記者会見を開催。Bリーグに属する、プロバスケットボールクラブ「東芝川崎ブレイブサンダース」を、2018-19シーズンからDeNAが承継することが発表された。
横浜DeNAベイスターズは、横浜の街づくりや産業創出を推進する「横浜スポーツタウン構想」を掲げていた。それだけに、「承継するなら横浜を本拠地とする『横浜ビー・コルセアーズ』じゃないのか」というツッコミも飛び交っているが、枠を「神奈川県」に広げたということだろうか。
川崎ブレイブサンダースは、Bリーグの前身であるNBLの最後の優勝チームで、Bリーグ初年度も準優勝を果たした強豪だ。これまでのオーナーは、経営不振にあえぐ東芝だった。東芝は、オーナーからいちスポンサーに退く。東芝はプロ野球球団の運営実績を考慮し、DeNAが譲渡先として最善であると判断したという。
まもなく設立される運営会社「株式会社DeNAバスケットボール(仮称)」の社長には、現ベイスターズの事業本部長・元沢伸夫氏が就任予定。新生ブレイブサンダースについて、「川崎の皆さんから愛され、誇りに思えるチームにしていきたい。これまでの方針を尊重しつつ、変化の必要があるところには、果敢にチャレンジしていきたい」と述べている。
ベイスターズの運営を通じて新たな野球ファンを開拓したように、バスケットボールでもファンを開拓することができるのだろうか。DeNAがベイスターズの運営においてとった戦略を振り返れば、バスケットボールチーム運営への期待も高まる。
「東京の方を見ないで、横浜を見るヤツが初めて社長になった」
DeNAがベイスターズを運営する際に重視した点は、「地域密着」と「ビジネス視点」だと考えられる。
「地域性のリスペクト」は、横浜DeNAベイスターズが発足当初から徹底してきた方針だ。地理や「ハマっ子」の特性を汲んだエリアマーケティングは、DeNAイズムの要だ。球団買収後、5年間でベイスターズを激変させた前球団社長・池田純氏は、東京中日スポーツの取材において、地域社会との信頼関係の構築についてこのように振り返っている。
「だいたいの会社は、やりたいことをやったり、良いと思ったものを一方的に押し付けたりする。それをどれだけ顧客主義に転換できるか。本当に地域みんなを幸せにしたいと思えば、やり方は変わるはず。(自分は)よく飲んだし、おじいさんの長い話も聞いたし、冠婚葬祭へもたくさん行った。『東京の方を見ないで、横浜を見るヤツが初めて社長になった』と言われ、地域のことをどれだけ考えているかを、すごく見られていることを実感した」(2017年12月26日 東京中日スポーツより)
本業ではインターネット事業を主に手がけるDeNAだが、リアルなコミュニケーションの場も重視し、時間をかけて信頼を育んでいったことが分かる。地域性へのリスペクトは、競技が変わろうと同じだ。
これまでのブレイブサンダースも、地域性を大切にしてきた。「KAWASAKI HEART」という地域密着のステートメントコピーを掲げ、バスケを通じて川崎市を活性化させるというビジョンを持ち、川崎市民と一体となったチームを目指してきた。
2017年の「川崎フロンターレ」のJ1初優勝も相まって、川崎市は今、スポーツ熱が高まっている。また、武蔵小杉駅の大規模開発により、川崎市の人口増加率は神奈川県内でトップ。今後もさらなる流入が予想される。スポーツを通して新規住民と既存住民が関わるきっかけ作りをできるのは、行政にとってもメリットとなるはずだ。
地域の一体感を高めようとするブレイブサンダースにとって、エリアマーケティングの成功事例を持つDeNAのクラブ承継は追い風となるだろう。
スポーツを興行として捉え、チーム・スタジアム・仕組みを強化
ベイスターズはビジネスとしての数字も伸びた。池田氏が球団社長に在任した5年間の、横浜DeNAベイスターズの数字的な功績は次の通りだ。観客動員数は110万人から194万人へ、満員試合数は5試合から54試合へ。球団単体の売り上げは52億円から100億円以上になり、24億円の赤字から黒字へと転じた。
このように具体的な数値として成果を残せたのはDeNAの持つ「ビジネス視点」のお陰だろう。
DeNAはスポーツを興業として捉え、チームの勝ち負けに左右されず観客をたのしませるビジネスとして機能させることを目指してきた。メインコンテンツであるチームがファンに愛されることはもちろん、ボールパーク構想をはじめ、場としてのスタジアムが「野球を見る場所」ではなく「楽しみに行く場所」になること。そして、それらをビジネスに変えていく仕組み作り(チケット・グッズ・放映権・スポンサー・飲食など)、この3点を強化することで、チームの価値を高めてきた。
歴史ある組織は慣習や風土にとらわれやすい。オーナーが変われども旧態依然としていることが往々にしてある。これらを打ち破っていくリーダーシップとイノベーション力も、DeNAの社風がもたらした新たな風だろう。
ブレイブサンダースの承継で、競技が野球からバスケに変わり、環境や条件が多少変わるにしても、取り組むべき大枠は変わらない。
さらにDeNAは、地域社会や社内体制のみならず、産業を共創するパートナーとなる、企業間の結びつきを強めようとしている。
2017年12月、横浜DeNAベイスターズは、スポーツ分野で事業を展開するベンチャー企業を発掘・協業する新事業「BAYSTARS Sports Accelerator(ベイスターズ スポーツアクセラレータ)」を開始した。
ベイスターズ、ひいてはDeNAが保有するさまざまなデータや外部とのネットワーク、さらには資金をベンチャー企業に提供し、新たなスポーツ事業の創出を目指すというもの。
他社と協業することで、それぞれのスポーツに潜在的なファン層を取り込み、マーケットを拡大させていく狙いだろうか。このように積極的にナレッジをシェアをしていく姿勢も、長い目で見てDeNAへと利益をもたらすことになるだろう。
DeNAのBリーグ参入は、デジタルマーケティングの加速装置となるか
またBリーグは、観客のメインターゲットがスマホ世代であることから、発足当初からデジタルマーケティングに重きを置いた施策を行っている。それぞれのチームが持つ来場者情報やチケット販売、ECなどにおいて、チームとファンのあらゆるタッチポイントでのデータを蓄積している。
各種配信サービスでの動画配信やソーシャルメディアの活用といったコミュニケーション機会の獲得、オリジナルグッズの拡充や限定商品の開発等によるECサイトの売り上げ拡大。EC・チケット・ファンクラブID共通などによるデータ収集と分析のノウハウなど。横浜DeNAベイスターズはデジタルマーケティングにおいて多様な実績を持つ。さらに、母体であるDeNAが持つデジタルの知見も、Bリーグとの相性が良さそうだ。
来季のBリーグは2018年9月に始まる。DeNAが、川崎ブレイブサンダースやBリーグにどのような変化をもたらすか、今から楽しみだ。