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2015年、欧州を難民危機が襲った。
中でもドイツは、難民を積極的に受け入れ、2015年だけでも100万人を超える難民を受け入れた。その年は私が住むベルリンにも大量の難民が押し寄せ、約8万人の難民が新たにやってきた。
突然、人口の2パーセント近くに及ぶ数の難民が自分の住む街にやってくる事態を想像できるだろうか?
「難民支援の成功」とは
ドイツ国内では難民危機に対する関心が急速に高まり、難民を支援するプロジェクトが続々と立ち上がっていった。私の周囲でも「何かしたい」「現状はどうなっているのか」という声はよく聞こえた。ドイツ社会が直面する大きな問題に、自分がどのように関わるべきか、真剣に考えている人々はとても多かったように思う。
様々なプロジェクトが立ち上がる中で、支援とは何かを考えさせられることが度々あった。「難民支援の成功」とはなにか。支援したい人と支援される側を、どう結びつけることが正解なのか。そうした問いが自分の中で膨らんでいった。
そんな疑問に対して、一つの印象的なケースを提示してくれた取り組みがある。難民に対してプログラミングなどのITスキルを教える「ReDIスクール」だ。
2016年の2月にベルリンでスタートしてから、これまで実に500名を超える難民にプログラミングやデザインスキルを教えてきた。特筆すべきは、難民危機に対するメディアの関心がピークを過ぎた今も、数多くのボランティアが熱心に参加しており、活動がますます広がっている点だ。
ReDIスクールはいかに立ち上がり、その支援の輪はどのように広がっていったのか。そして、企業やボランティアをどのように巻き込んでいったのか。活動の様子を、現地で取材した。
物資であふれる難民キャンプ –「支援者と難民をうまくつなぐ方法」とはなにか?
ReDIスクールのファウンダーでありCEOを務めるのは、デンマーク出身のアン・ケア・リシャット氏だ。同氏は北欧デンマークのビジネスデザインスクール「カオスパイロット」を卒業後、ReDIスクールを立ち上げる数年前から、ベルリンを拠点に「ソーシャルインパクト」をテーマに活動を続けてきた。
リシャット氏と同じく、カオスパイロットを卒業した株式会社レア 大本綾氏へのインタビューをAMPでは行っている。
スタンフォード大学発祥の「平和」をテーマに社会実験をするピースイノベーションラボの活動をベルリンでスタートさせたのも、リシャット氏だ。デジタルとデザインシンキングを活用して、社会にどのようなインパクトを起こせるかを考えるミートアップを月に一度開催。2015年に、そのコミュニティは参加人数が1800名という規模に拡大した。
難民危機が訪れた時に「何かしよう」とリシャットさんが声をかけたのも、そのコミュニティだった。仲間とともに「どのような支援が可能か」を考え、アイデアを出し合った。そして、難民キャンプを訪れて何十人もの難民にインタビューを実施。彼らのニーズや現場の課題をつかむことに努めた。
難民受け入れ拠点に改装されていた古い市民プール施設を訪れた時、リシャット氏はあることに気づいたという。
「難民が一時滞在している施設には、人々が寄付した物資や洋服が山積みになっていました。支援したい、何かを与えたい人がたくさんいるにも関わらず、それを難民とうまくつなぐシステムがありませんでした。支援をしたい人と難民の両者の間に入って、お互いのニーズを理解し、インパクトを生み出すことが必要だと感じました」
支援者と難民をうまくつなぐ方法を考えていたとき、ある難民の男性との出会いが転機となった。イラク出身のモハメド氏だ。彼はバグダッド大学でプログラミングを学んでいたものの、中退していた。それでもプログラミングを学び続けたいため、ベルリンの公共図書館で自習をしているという。
「彼のような人を支援することが必要だと思いました」–意欲のある難民に無料で学べる機会を提供して、就職のチャンスを増やす。人材を必要とする企業のニーズも満たし、学ぶ・働く意欲のある難民も支援できる。関係者と社会のすべてがwin-winになるアイデアだと感じたという。
リシャット氏と仲間たちは、プログラミング教育と社会へのインテグレーションをミッションに掲げてReDIスクールを立ち上げた。一度旗を掲げれば、ボランティアスタッフの参加や機材の提供など、彼らに対する支援は急速に集まっていった。
こうして、ReDIスクールは2016年2月に開講した。
「難民キャンプ発のeコマースプラットフォームをデザイン」リアルなケースが教材
実際に、ReDIスクールにはどのようなクラスが開講しているのだろうか?
ReDIスクールが提供するのは、Java、Python、Java Script、HTML/CSSなど、需要が比較的多いプログラミング言語を学ぶコースだ。パソコンに触れたことがない女性向けに「基本コンピュータスキル」を開設するなど、学ぶ意欲さえあれば多くの人が受講できるように多様なコースが提供されている。
あるクラスを見学させてもらった。プログラミングの各種コースが開設された後にスタートしたデザインのコースだ。1学期13回にわたるコースで、生徒はデザインの手法であるユーザーリサーチ、UIのプロトタイプづくりなどを学んでいく。
授業はベルリンのFacebookオフィスの一部にあるデジタル学習センターの一室で行われた。FacebookもReDIスクールを支援している企業の一つ。昨年はマーク・ザッカーバーグ氏がReDIスクールを訪れ、10万ユーロの寄付をしたことで注目を集めた。
この日の授業に出席していたのは、イラン人2名、シリア人4名の6名だ。
講座では、生徒たちはリアルな課題に取り組む。今回は、レバノンのある難民キャンプ内で難民がつくる物を販売するオンラインプラットフォームをデザインするというのが課題だった。
この日は、前半では難民キャンプの運営にあたるノルウェー難民カウンシルの担当者が現場の状況について報告を行った。後半は、普段ベルリンのスタートアップでデザイナーを務める女性が、デザインにおけるユーザーリサーチ、インタビューの方法について講義をした。
翌週には、Skypeで難民キャンプにいる人々にユーザーインタビューを行うそうだ。その後はインタビューした結果を元に、オンラインプラットフォームをどのような形にするかを考え、ワイヤーフレームを作成するというステップに進んでいく。
リアルな課題を扱い、実際にものをつくることを重視しているのが印象的だった。
それぞれの動機–ボランティアやパートナー企業が参加することで得るものとは?
こうしたコースは、数多くのボランティアや企業パートナーによって支えられている。授業は全て無料であるため、わずかな有給スタッフ以外のボランティアやパートナーの力が頼りだ。財源は寄付金や助成金によって賄われている。
これまでに200名近くのボランティアが参加しており、企業パートナーにもCiscoやSAPなど、有名なIT企業が参加する。こうしたサポート体制がうまく成り立っている理由はどこにあるのだろうか。
今回見学をさせてもらったデザインコースのコーディネーターを務めているのは、日本人の男性の古川拓也氏で、普段は3pcというベルリンのデザインエージェンシーにフルタイムのデザイナーとして勤務している。その傍らボランティアとしてReDIスクールの講師・コースコーディネータをしている。
「自分が住んでいる地域が直面している問題に、自らのスキルを使って貢献したいと思ったんです」
彼が普段勤めている会社の隣の公園には、アフリカから来た難民が一時的な拠点としていた難民キャンプがあった。そのキャンプで起こるハンガーストライキなどの現場を日々オフィスから目にしながら、自分にできる支援の形を考えていたという。
2015年の難民危機の際に、古川氏はベルリンで開催されたTEDxを通じてReDIスクールの取り組みを知り、すぐに協力をしたいと思ったそうだ。
スキルを生かして地元社会に貢献できるという点だけではなく、ボランティアを通じて異業種の人と知り合えたり、他の会社のデザイナーとも知り合える機会が多く、自分にとっても学びの機会が広がるのが魅力なのだという。
生徒の半数が受講後に職を得る–就職力を重視し、企業パートナーを惹きつける
CiscoやSAPなど10以上の企業がコースを一緒につくるプロジェクトパートナーとして参加しており、寄付や授業の場所を提供するといった形で支援をする企業も数十社いる。
これだけの企業の支援を得られたのはなぜだろうか。CSR(企業の社会的責任)を意識している会社が多いからなのかとリシャット氏に問うと「企業も、ReDI Schoolに参加することで、どういった価値が得られるのかを現実的に考えていますよ」という答えが返ってきた。
たとえば、デジタル化への対応のためにベルリンに拠点を構えたばかりの大手鉄鋼メーカーKloeckner社は、地元のテックコミュニティとのつながりを求めて参加しているという。
こうしたパートナー企業を惹きつけるためにも、ReDIスクールは生徒の就職率を上げることを大切にしている。これまで受講した生徒の約半数がインターンシップも含めて、有給でパートナー企業に雇われている。その他、1割の生徒は自ら事業を起こし、そして2割は大学に復学しているという。
成功の指標は、就職率の向上と現地社会へのインテグレーション
最後に気になっていた質問である「難民支援の成功をどのように定義するか」を聞いてみた。リシャット氏は次のように教えてくれた。
「2つあります。1つは、生徒の就職率を高めること。もう1つは、インテグレーション。これは数字で測ることが難しくもありますが、生徒にコミュニティに属している、コミュニティの責任を担っているという感覚をもってもらうことです」
難民に対する社会の不安、そして当然ながら難民自身の将来に対する不安は存在する。筆者も日本に戻るとドイツ国内の難民の状況について聞かれることが度々ある。その多くがニュアンスの違いはあれど「彼らをどう受け入れるのか。共に社会で暮らせるのか」という不安混じりのものだ。
もちろんポジティブなニュースばかりではない。先日も、ベルリンの難民収容施設の警備員らが難民申請者に売春を斡旋しているというニュースが報じられたばかりだ。
それでも、難民と共に社会で暮らし、できるだけ多くの関係者に価値を与える方法を見出していくことはできるはずだ。
ReDIスクールが難民、ボランティア、企業パートナーなどの様々な関係者を、同じプラットフォームに積極的に参加させることに成功している理由の一つは、難民の就職力を高めるという目標を一貫して重視していること。関係者それぞれの動機と求めるものを理解した上で、それらがバランスよく実現するように戦略的にコミュニティづくりを行っているからだろう。
こうしたReDIスクールの取り組みは、マイノリティのインテグレーションを模索する他の社会にとっても、大いに参考になるのではないだろうか。
img : Yuki Sato