スポーツ観戦には、ちょっとした「スキマ時間」がつきものだ。

たとえばサッカーやバスケットボールのハーフタイム、野球のグランド整備などほとんどのスポーツでは開始から終了までずっとプレイが続くことはない。

この時間は戦略を練り直したり、気持ちをリセットしたりチームにとっては重要な時間である一方、ファンにとっては少し退屈な時間でもある。自宅で観戦していればその時間を有効活用できるかもしれないが、試合会場となるとそうもいかない。

大きな試合では主催者が豪華なアーティストを呼び、少しでも会場を盛り上げる工夫もみられるが、このスキマ時間にはまだまだ大きな可能性がありそうだ。

会場に集まったファン限定の、60秒間ライブオークション

そんなスポーツ観戦中の「スキマ時間」を、ファンが熱狂するような時間に変えることはできないか? そんな粋なチャレンジをしているのが「DROPIT」というニュージーランド生まれのスタートアップだ。

同社が考えたのは「スタジアムにあるディスプレイ」と「ファンが持っているスマートフォン」を活用し、60秒間のライブオークションを開催するというアイデア。

試合会場にいてアプリに登録している人なら誰でもオークションに参加できる。ただし最終的に商品を購入できるのは、会場にいるたったひとりの勝者だけだ。一般的なオークションは設定価格から徐々に値段があがっていくが、DROPITのアプリでは時間の経過に伴って値段が下がる仕組みになっている。

待てば待つほど安くなるが、待ち過ぎれば誰かに先をこされてしまう。試合中のスキマ時間を一瞬でスリルと興奮を味わえるエンターテイメントに変えるという試みは興味深い。勝者のプロフィール画像は参加者のスマホとスタジアムのディスプレイに表示されるので、試合中に一足早く勝利の喜びとちょっとした優越感も味わえる。

三菱自動車やホンダなど日本企業もスポンサーとして参加

DROPITは地元ニュージーランドで388回のオークションを実施し、現在はアメリカでの展開を本格化している。

たとえばかつてイチローも所属していたシアトルマリナーズのオープン戦は、三菱自動車がスポンサーを務めた。対象商品は同社が製造するアウトランダー。22,280ドル(約250万円)というメーカー希望小売価格に対して、落札額は11,850ドル(約135万円)と約半額だった。

ホンダがアリゾナ州で行われたNBAの試合をスポンサードした際は、なんとメーカー希望小売価格の5分の1以下で同社のバイクが落札されたという。

ライブオークションに参加でき、勝ち取ったファンにとってはメリットが大きい。だが、商品を提供する側のスポンサーにとってはどのようなメリットがあるのだろうか?

スポンサー企業が集まる背景にある、ファンの行動の変化

DROPITにスポンサーも関わるようになった背景にあるのは、スマートフォンの普及による会場内のファンの行動の変化だ。

従来、スポンサーは会場のスクリーンや看板に広告を出すことでプロモーションを行ってきた。試合の合間に、広告を目にしてくれていたわけだ。ところが、ファンがスマートフォンを持つようになってからは、そういった広告に目もくれず、試合中以外はもっぱら自分の手元だけに集中するようになったのだ。

ハーフタイムなどのスキマ時間はもちろんのこと、時には試合中ですらそのような行動をするファンもいる。

スポンサーにとって最も重要なことは、一人でも多くのファンに自社の広告を見てもらい、ブランドを覚えてもらうこと。その手段として広告を「ファンが参加できるインタラクティブなゲーム」に変えるDROPITのアイデアは革新的だった。

このアプリで製品を購入できるのはひとりだけだが、実は全ユーザーに割引クーポンなどの参加賞が与えられる。スポンサーはこのクーポンがどのようなユーザーにどれくらい使われたかという購買データを取得できるため、スポンサードの効果を測定できる側面もある。

単にゲーム性がある広告というだけでなく、効果分析ツールとしても活用できるように設計されているのだ。

NBA所属チームも期待する、ライブオークションの可能性

スポンサー企業と同様に、スポーツチームもまたDROPITのアイデアに可能性を感じているようだ。その象徴的なできごとがNBAに所属するフェニックス・サンズとDROPITとの3カ年にわたるパートナーシップ契約だ。

提携後はじめて行われたオークションでは、2枚のゲームチケットに選手ロッカールームの特別ツアー、飲食サービスを加えた3,000ドル(約35万円)相当のVIP待遇プランが商品となり、会場のファンを沸かせた。

サンズのCEOであるジェイソン・ローリー氏は提携にあたって「DROPITのユニークなアイデアがファンを楽しませ、試合をよりエキサイティングな体験にする」という趣旨のコメントを残している。

これは既存のファンにより楽しんでもらうことはもちろん、DROPITをきっかけに新たなファンを獲得できる可能性にも期待しているのかもしれない。興味深いことにDROPIT創業者の過去のインタビューを読むと、DROPITの噂を聞きつけ、オークションに参加する目的で試合会場に訪れるファンも増えているという。

これまで試合外にファン同士がコミュニケーションや情報収集をできるサービスや、VRなどの技術を活用してスポーツの視聴体験を変えるサービスはいくつかあった。ただスポーツ観戦中の「スキマ時間」に着目したサービスはあまりなかったのではないだろうか。

この意外と目を向けられてこなかった「スキマ時間」を活用して、ファンの満足度をより良いものにする。加えてスポーツチームやスポンサーにも新たな価値を提供するというDROPITの取り組みは、大きなインパクトがありそうだ。

img: DROPIT