オンラインショッピングで何でも揃う時代になっても、デイリーユースのコンビニやスーパーは、あまり影響を受けにくい業態とされてきた。しかし、最新のリテールテクノロジーによって大きな変化が訪れようとしている。キャッシュやレジが世の中から消えていくかもしれないのだ。
リテール革命はモバイル決済がカギを握る
買い物は楽しい。たとえコンビニなどの日常的な体験であっても、新商品を試してみようと思ったり、お気に入りの定番商品を手にしたり、ささやかな喜びと刺激のようなものを感じているはず。
Amazon GOやファミリーマートなどのプロモーションビデオで描かれる近未来型店舗のコンセプトは、そんな見落とされがちな感覚を喚起させる。なぜなら、レジの行列に並び、商品のバーコード読み取りを待たされ、1円単位まで現金で支払いをするという、一連のレジ会計がないからだ。そう、ショッピングで最も興ざめしてしまう、最も煩わしい作業がないのだ。
たとえばAmazon GOの場合、スマホのアプリを起動させて入店し、欲しいものをピックアップしたら、ゲートを通ってスマホで清算するだけ。カメラによる画像の認識、センサー技術、AI(人工知能)を駆使し、店舗側で仮想カートに商品を登録していってくれる。
そこで、もうひとつの重要となる技術が、消費者側に求められるモバイル決済への対応だ。2015年ごろから日本でもバズワード化している“FinTech”のなかでも、最も幅広い層で身近に感じられる技術だろう。
「“買い物=ポチる”という認識の時代、実店舗は接客と体験の場にしたほうが気持ちいいですよね。レジ業務はないほうがいいのでは。小売店における決済の時間というのはまどろっこしいですから。WeCahtPayやAliPayなどスマホでの決済に慣れた中国人は、日本へ来ると支払いが面倒くさいといいます。ある中国からの留学生は、半年も銀行で現金をおろしていないとか」
このように話すのは、オイシックスドット大地のChief Omni-Channel Officer、奥谷孝司氏。去る9月8日に都内で開催された、株式会社オムニバス主催の“リテール×テクノロジーによる顧客体験の変化 〜流通・小売企業は今、何に取り組むべきか?〜”というパネルディスカッション形式のセミナーでのひと幕だ。
ただ、現金至上主義の傾向がまだ強い日本ではハードルが高いと、同セミナー参加者のひとり、クレディセゾン ネット事業部部長の磯部泰之氏はこう指摘する。
「ちょっと古いデータですけど、日本市場における個人消費300兆円のうち、半分くらいをキャッシュによる決済が占めています。クレジットカード決済は16%と、アメリカと比べると正反対です。隣の韓国はクレジットカード決済比率がもっと高くて70~80%。実は、経産省も20%に満たないクレジットカード決済比率を、デジタル決済やプリペイドカード決済も含めて、10年後に40%にしようと言っています。その背景には、インバウンドにおける外国人からの不便だという声、ビッグデータの活用による経済の活性化、そしてレジ周りのストレス解消といったユーザーの利便性も含まれています」
では、日本市場においてクレジットカード決済比率を上げるためには、どのような施策が必要になるのだろう。磯部氏は続ける。
「まずは紙幣の禁止くらい思い切ったことが必要ですね。インドで実証されているんですが、高額紙幣を禁止したら、一気にクレジットカードの決済比率が爆発的に上がったんですよ。あと、韓国のように、クレジットカードを使用すると税制で優遇されるとか。国の後押しも必要なところはありますね」
日本の現金至上主義の背景には治安の良さもある。現金を持ち歩いていても安全で、支払い時に偽造紙幣の疑惑を受けることもまずない。それは美徳なのかもしれないが、だからこそ、行政主導のカンフル剤が必要というのもむべなるかな。
日本にも“無人コンビニ”ができる!?
元来、経済は物々交換から始まった。やがて貨幣が発明され、財産や価値が数値と記号に置き換えられていく。さらに金融が発達し、消費者レベルでいえば、クレジットカードを財布代わりにできるようにまでなった。物々交換の時代からすれば考えられないほど、経済活動はスムーズかつダイナミックになっている。価値の交換という経済活動において、フィジカルな現金は扱いにくくなりつつあるのが現状だ。そして、今やFinTechの時代。モバイル決済に関していえば、コンビニやスーパーなどでの少額支払いだけでなく、いわゆる“割り勘アプリ”のような個人間の金銭授受まで可能になっている。現金のやり取りをする場面が少なくなっていくのは自然の理ともいえよう。
「現在、コンビニでは人材不足や労働時間の問題に頭を悩ませています。それを解決するには、もっと効率化していかなければならない。セブンイレブンさん、ファミリーマートさん、ローソンさんなど、大手コンビニチェーンが経産省と連携して、2025年にすべての取り扱い商品をRFID(電子タグ)によるユニークIDにすることで、決済を楽にしようという動きがあるんです」
こう話すのは、先述のセミナーにおけるもうひとりのパネリスト、大日本印刷の矢野孝氏。クリエイティブビジネス開発部の部長としてRFIDに取り組んできた人物だ。
RFIDというのはICタグにより商品情報などを管理する技術で、アパレル販売などでは在庫管理にも採用されている。そして、レジ業務の時間短縮化を図る技術としても注目。すでにGUでは実践されている。カートに入れた商品をセルフレジにもっていくと、商品に取り付けられたICタグを一気に読み込み、一瞬にして合計金額をはじき出すのだ。
セルフレジにて一瞬で金額を計算しスマホで決済。Amazon GOとは異なるアプローチの技術ではあるが、飲み物を1本買うのに混雑したレジで待たされることはほとんどなくなるだろう。コンビニやスーパーのレジだけでなく、幅広いジャンルでスマートなモバイル決済は採用されていくだろう。先述の奥谷さんは、次のようなエピソードを紹介する。
「アメリカでのことですが、オープンテーブルで予約してイタリア料理を食べに行ったんです。会計はオープンテーブルのアプリで決済。本当に決済できてるのか心配になって確認したら、ちゃんと会計できてるんです。で、しっかりDMPが機能していて、ウーバーのCMまで流れて。デートするのには最高だな、なんて思いましたね(笑)」
日本でも、居酒屋や回転寿司店といった飲食店では、デジタル化したオーダーシステムが根付き始めている。食事中にさらりと会計をチェックなんてことも。しかし、支払いは従来型が圧倒的多数。他の客がレジにいるためタイミングをズラす、といったことは誰もが経験しているだろう。それも、モバイル決済が普及すれば、あっという間にストレスが解消されるはず。先の割り勘アプリも活躍しそうだ。
何をするにもお金はかかる。ならば、せめて会計だけでもスマートに済ませたいところ。ストレスの少ないオンライン決済が当たり前となった現在、その流儀がリアルな店舗のリテールテクノロジーに進出しようとしている。それは、ビジネス側にとっても、消費者側にとっても、メリットのあることだから。FinTechだけでなく、AdTechやDMPなど、リテール周辺の技術からは今後も目が離せない。
img:Amazon GO