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今から2年前、Netflixの上陸やApple Musicのローンチなど定額配信サービスが次々と世に送り出され、2015年は「定額ストリーミング元年」「サブスクリプション元年」と呼ばれた。
新たなコンテンツ消費のあり方がメディアを賑わせると同時に、サブクリプション型の動画配信サービス(SVOD)がテレビの衰退を加速させるといった語り口もよく目にした。
たしかにSVODの普及によってお茶の間でテレビを視聴する時間は減ったかもしれないが、人々がテレビのコンテンツを消費しなくなったわけではない。西田宗千佳氏は、著書『ネットフリックスの時代 配信とスマホがテレビを変える』のなかで、放送という形態が弱体化しても、相変わらずテレビ局は「最大のコンテンツ制作機構」であると述べている。
新旧のエンターテイメントは、共存できるのだろうか。
国内外で広がる、コンテンツホルダーの動画配信サービス
国内ではテレビ局が独自の動画配信サービスに積極的に取り組んでいる。
テレビ東京はニュースや報道番組を中心としたサブスクリプション型の配信サービス「テレビ東京ビジネスオンデマンド」を2013年から提供してきた。2015年には5つの民放キー局が共同で無料配信型の動画サービス「TVer」をローンチ。
海外でも、2015年に大手ケーブルテレビ会社HBOがサブスクリプション型の配信サービス「HBO NOW」を開始し、『ゲーム・オブ・スローンズ』や『シリコンバレー』、『セックス・アンド・ザ・シティー』といったHBO制作の人気作品を配信している。
先日、世界最大級の“コンテンツ制作機構”であるアメリカの「ザ・ウォルト・ディズニー・カンパニー(以下、米ディズニー)」が、2019年に独自の動画配信サービスを提供開始すると発表した。同社はビデオストリーミング企業「BAMTech」の株式の42%を取得し、サービスのシステム開発に取り組む。
同サービスでは、『アナと雪の女王』の続編や過去のディズニー作品の独占配信に加え、オリジナルコンテンツの制作も予定している。独自の動画配信サービスの展開に伴い、米ディズニーはNetflixとの配信契約を2019年で終了。以降は『スター・ウォーズ』シリーズやマーベル・シネマティック・ユニバース作品を含むディズニー関連作品はNetflix上で視聴できなくなる可能性が高い。
なぜ米ディズニーーは動画配信サービスに舵を切ったのか?
米ディズニーがコンテンツ配信における大きな変化を経験するのは2回目といえるかもしれない。1980年代から、映画に代わってテレビ放送が強力なプラットフォームとして地位を確立した時代に、同社は放送網の獲得に巨額の投資を行っていた。
1985年にディズニーチャンネルを開設し、1995年には米大手テレビ局のABCを買収。当時のThe New York Timesでは「1つのチャンネルから世界中に放送を届ける技術の発達」と同社の買収時期が重なったと書かれている。
時代の流れに合わせて、米ディズニーは自らのコンテンツを流通させる最適手段を選び取ってきた。彼らが今、ネット上で独自の配信網を構築しようとするのは当然の選択なのだろう。
同社の最高戦略責任者を務めるKevin A. Mayer氏は、The New York Timesのインタビューに対し、オンライン上で直接コンテンツを届けるハードルが下がっている今、「コンテンツがすべて」なのだと話す。
すべての消費者はコンテンツを買うのであって、配信する装置を買っているわけではない。Netflixはブランドとコンテンツの両方で成功を収めている。私たちはすでにその両方において優れているのです。(筆者訳)
コンテンツホルダーとプラットフォーマーが互いの領域を行き来する
米ディズニーがコンテンツの引き上げを発表した後、ABCの敏腕プロデューサーShonda Rhimes氏がNetflixへ移籍することが明らかになった。
Rhimes氏は、Netflixについて「クリエイティビティをめぐる自由と、世界中にコンテンツを瞬時に届ける仕組み」を実現していることを高く評価し、「新たなストーリーテリングが生まれる場」に携われる喜びを語った。
(米国の大人気トーク番組『TheEllenShow 』に出演したShonda Rhimes氏)
コンテンツを保有する側と配信プラットフォームの境界が曖昧になりつつある今、競合から抜きん出るためには、良質なコンテンツとプラットフォームの両方が求められる。
優秀な人材を確保するためにも、クリエイターにとって快適な制作環境を用意する必要があるだろう。『ハウス・オブ・カード 野望の階段』のDavid Fincher監督を始め、クリエイターを尊重する制作体制で知られるNetflixは、人材獲得において競合よりも有利な立場にあるといえるのかもしれない。
映像以外の世界でも、コンテンツホルダーがプラットフォーマーへの作品提供を拒否する事例は存在する。例えば、Taylor Swift(テイラー・スウィフト)はサブスクリプション型音楽配信サービス「Spotify」において、広告型の無料サービスで楽曲が配信される仕組みを批判。「音楽は無料であるべきではない」と主張し、今年6月までSpotifyでは一切の作品を配信してこなかった。
2015年に「Apple Music」がローンチした際も、Taylorはトライアル期間は楽曲使用料が支払われない同サービスのポリシーに非難を表明。当時の最新アルバム『1989』の配信を拒否している。最終的には彼女の要望に沿う形でポリシーが変更された。
今後プラットフォーム側には、クリエイターの思想を汲みとり、必要に応じてサービス内容の変更も厭わない柔軟な姿勢が求められるだろう。各々が独自のコンテンツとプラットフォームを強化していく流れが続けば、ユーザーにとっては楽しめるコンテンツ量が増えていくのは喜ばしい。一方で、コンテンツごとにサービスを使い分けるのは多少不便なようにも思える。
いずれはテレビのチャンネルを変えるように、複数のプラットフォームを行き来するコンテンツの楽しみ方がスタンダードになるのだろうか。