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昨年、ポートランドとサンフランシスコを訪れた。その際、僕が大学生だった10年ほど前と今では、旅のスタイルが大きく変わっていることに驚いた。
現地の移動はUber、宿探しはAirbnb。泊まった部屋は有名なライブハウスの2F。夜になると下に降りて、ビールと音楽を楽しんだ。お風呂の排水が少し詰まっていて、スマートフォンからメッセージで相談するとオーナーが「これを使ってみてよ」と、詰まり防止剤を片手に訪ねてきた。
移動の際には、相乗りサービス「uberPOOL」を使ってみた。乗り込むと同い年くらいの青年が助手席に。彼は途中で降りて、今度は初老の男性が乗ってきた。
ここ数年で様々なシェアリングサービスが生まれた。勢いよく成長するサービスたちには、旅を快適にするだけでなく、新たな出会いを生むという点で、10年前にはなかった楽しさがあった。
いまや「民泊」の代表格と言えば、世界191ヶ国65,000以上の都市で宿泊場所を提供するAirbnbだが、民泊を提供するサービスはいくつか存在する。
競合としては「Homeaway」がある。先日Airbnbが買収した「Luxury Retreats」は、富裕層向けに高級な物件を紹介するサービスだ。「Booking.com」でも民泊を紹介している。
様々なサービスが登場しており、「民泊」市場が盛り上がっていることに異論はないだろう。こうしたトレンドには、源流となるサービスがいくつか存在している。源流を辿りながら、Airbnbの登場で「民泊」はどのように変わったのか、そして、変わらず残り続けているものは何かを考えてみよう。
無料で部屋に泊まるグローバルネットワーク「カウチサーフィン」
Airbnbが流行する前から、同じように民泊を提供するサービスとして、「カウチサーフィン」があった。
グローバルなカウチサーフィンのネットワークを使い、ボランタリーで家や部屋を貸してくれる人のカウチ(ソファーを意味する言葉)をサーフィンしながら旅をしていくことができる。文字通り、ソファーで寝てくれという部屋もあるし、空いている部屋を貸してくれて、そこにはベッドがある場合もある。
カウチサーフィンとAirbnbとの大きな違いは、宿泊費を取らないこと。インターネット上のカウチサーフィンのネットワークには、身分確認と評価制度があり、貸す側(ホスト)と借りる側(サーファーと呼ぶ)と、双方の信頼と信用に基づき宿泊が決まる。
ホストもサーファーも、人との交流を目的としており、ホストが現地をガイドしてくれたりもする。泊まる場所を提供する・借りるというよりも、旅人を助け合うコミュニティという意味合いが強い。
旅において宿泊費というのは大きなウェイトを占める。旅の費用を極力下げたい長期のバックパッカーにとっては、宿泊費が無料というのは大きなメリットだ。語学を学ぶために海外に行くような人にとっては、カウチサーフィンのホストやローカルな人々と話せることも魅力的だろう。
旅を好む人たち同士の結びつきは強く、カウチサーフィンはそれを前提として成り立っていた。つながりを重視する点は、Airbnbも同様だ。ただ、カウチサーフィンは無料であるがゆえに、宿泊時にトラブルが起こりやすい傾向もあった。
有機農業を手伝い、宿泊と食事を提供してもらう「WWOOF」
さらに歴史を遡ると、Airbnbやカウチサーフィンが生まれる前、インターネットもまだ無い1971年に「WWOOF」が民泊をスタートしている。World Wide Opportunities on Organic Farms の頭文字をとったもので、有機農家であるホストのもとで農業のお手伝いをする代わりに、食事と宿泊場所を提供してもらえる。
WWOOFもカウチサーフィンと同じく、貸す側(ホスト)と借りる側(ウーファーと呼ばれる)の双方に費用はかからないが、ホスト、ウーファーともに1年ごとに更新される登録制であり、登録には登録料がかかる。国によって登録料は異なり、日本ではホストは8,500円、ウーファーは5,500円だ。
元々はWorking Weekends On Organic Farms (有機農場での週末作業)の略で、週末だけ農家に行って手伝うことから始まったこの取組は、単純に労働力と宿泊と食事の交換というよりも、有機農業のことを知ってもらう啓蒙活動や、有機農業の方法を学ぶ教育的な意味合いが強く、今でも世界中にネットワークが広がっている。
今年の始めにハワイの有機農業の視察に行ってきたが、そこではWWOOFを活用し、平日は有機農業を学び、休日はノースショアの波に乗るサーファーがたくさんいた。様々な人種の人々がテントやバンガローに泊まり、楽しそうに農作業をしていた。
WWOOFは農作業の従事も必須なことから、自由な旅というよりも、長期でその国に滞在できる人や、有機農業を学びたい人に需要があるだろう。平日は農業を学び、土日でその国を学ぶ。また、農業を一緒に学んだ仲間とのリレーションは普通の旅では得られないものだ。
現地で「体験」するというのは、旅が記憶に残りやすく、人とのつながりも生まれやすい。このエッセンスは、Airbnbにも「トリップ」という現地ならではの体験を紹介するサービスに現れている。
「ビジネス」になったことで広がった自由な旅
このように、現地の人との交流を楽しむことができる旅はサブカルチャーとして存在していた。その根底にあるのは人と人との信頼関係に基づく有機的な繋がりだ。カタログには載っていない、現地のリアルや空気を感じる旅とも言える。クリック一つで予約できるほど手軽ではないが、自分で旅をつくっていくこと自体の楽しさを教えてくれる。
Airbnbの登場によって、信頼でつながるコミュニティだけではなく、ビジネスとしてのプレイヤーも参加し、より多くの人に現地のリアルに触れる旅のあり方が広がった。ビジネスだから無料でサービスを提供するわけにはいかないが、代わりに世界中の人に宿泊を提供できるようになった。
自由な旅への憧れはあれど、一歩踏み出すには勇気がいる。言語の違いや、事件に巻き込まれる可能性もあるため、その楽しみは一部の限られた人たちのものだった。だからこそ、自由な旅のハードルを下げつつも、自分の可能性を広げることができるAirbnbは今人気なのではないか。
Airbnbは、ホストに会わなくても部屋を借りられるし、事前の簡単なメッセージのやりとりなら、言語の違いもどうにかなる。Airbnbの登場は、バックパッカー的な旅へ憧れながらも実際には一歩踏み出せなかった人に対して、パックツアーよりも自由で、ホテル泊よりも現地の暮らしに近い旅をする機会を与えてくれた。
信頼や信用でつながり、ボランタリー精神に基づいたWWOOFやカウチサーフィンが提供していた自由な旅は、Airbnbによって「ビジネス」になった。多少の費用はかかるようになったが、その分、安全度が増し、それでも現地の人の暮らしに近い、自由な旅を体験できる。
より多くの人が利用できるようになったことで、旅の選択肢が増えた。逆に、Airbnbに物足りなさを感じたなら、その源流であるWWOOFやカウチサーフィンを体験してみてはどうだろうか?
img:Kari Shea / Jimmy Bay / Levi Morsy