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FacebookやTwitter、Instagramなど、私たちは意識せずとも海外生まれのサービスに触れている。あっという間に浸透していったように思えるサービスの裏には、ビジネスモデルや法律、決済などを現地に合わせて調整する“ローカライズ”が不可欠だ。
とりわけ国によって状況が大きく異なる分野においては、いかに現地の事情を把握し、ユーザーとの距離を縮めるのかが鍵になる。例えば、日本や中国でローカライズに成功しているスウェーデンのIKEAは、進出している国の周辺にある一般の住宅を訪れ、現地の生活に関する知見を商品開発に活かしているという。
Uberの各都市に合わせたローカライズ
世界68ヶ国、600を超える都市に進出してきたライドシェアリングサービスのUberも例外ではない。Uberは世界の各都市で、ローカライズに取り組んできている。Uberのローカライズ戦略は、必要に応じて現地の主要プレイヤーを巻き込むという手法を採っている。
例えば、インドネシアに進出する際は、競争の激しいタクシー市場で運行台数を確保するべく、現地の主力タクシー会社と提携を結んでいる。バイクタクシーが普及している東南アジア諸国では、二輪車の配車サービス「UberMOTO」をローンチするなど、地域の交通状況に合わせたサービス展開も行っている。
2016年に京都府京丹後市では、クレジットカードやスマホ決済ではなく、現金払いが可能なシステムを導入している。クレジットカードやスマホを持っていない過疎地域のお年寄りでも、Uberを利用できるようにすることが狙いだ。
同社は、”Celebrating Citis”を掲げ、地域ごとに最適なビジネスを生み出そうと試行錯誤を重ねてきた。”Celebrating cities”とは、Uberが各都市の構造を深く理解した上で、現地のユーザーに合わせたサービス提供を目指す姿勢のことを指す。
Uberは、次の祝福先にロシアを選んだ。
“ロシアのGoogle”と提携したUber
先日、Uberはロシアのインターネットサービス大手「Yandex」とのジョイントベンチャー NewCoの設立を発表した。
ロシア、カザフスタン、アゼルバイジャン、アルメニア、ベラルーシ、ヨルダンの6カ国で、ライドシェアリングとフード配達サービスを提供する。Uberは2億2500万ドル、Yandexは1億ドルをそれぞれ出資する予定だという。
Yandexは2011年よりライドシェアリングサービス「Yandex.Taxi」をロシアや周辺国を中心に展開してきた。Uberも2014年からモスクワを皮切りに16か国に進出している。両サービスはこの度のジョイントベンチャー設立によって一つのサービスに統合されるという。
元々、ロシアでは未登録のタクシー、日本での白タクが市民の足となってきた。しかし、ここ数年でYandex.TaxiやUber、イスラエル発のGettが徐々に普及しつつある。ロシア国内のライドシェアで三本の指に入るYandexとUberの協業は、現地の競合にとって脅威となるはずだ。
Yandexはロシアの検索エンジン最大手。日本で暮らしていると、その名を耳にする機会は少ないかもしれないが、ロシアでは検索サービスでGoogleを抑えて圧倒的なシェアを誇る。1997年に設立された同社は、検索エンジンに広告プラットフォーム、メールや地図、翻訳など幅広いサービスを展開してきた。
今回の提携は、ロシアにおいてGoogleとUberが協業したのと同等のインパクトがある。
技術力とユーザー志向で成長を遂げた、ロシアのGoogle「Yandex」
Yandexはニュースリリースの中で協業について以下のように述べている。
「Yandexは、地域に特化した検索、地図、ナビゲーションシステムに強みをもちます。ライドシェアリングを牽引してきたUberは、利用者とドライバー、都市に最もフィットするビジネスを育ててきました。『NewCO』では、この二つの強みを掛け合わせるのです」
Yandexは、長らくロシアの地図データを蓄積してきた。このデータをうまく活用することができれば、大きな強みを発揮することになる。
加えて、Yandexのナビゲーション技術に注目したい。Yandex.Taxiのルート検索機能や自動運転技術の開発には、同社が開発するマシンラーニング技術が活用されているという。
Yandexは、マシンラーニングにおいて高い技術力を持つ。2009年より独自のマシンラーニング技術「MatrixNet」を開発し、各種サービスで利用してきた。最近では同技術の後継となる機械学習ライブラリ「CatBoost」をオープンソースで公開している。
蓄積したデータに、マシンラーニングの技術を組み合わせることで、Uberはより精度の高いシステムを現地のユーザーに提供できるだろう。
また、Yandex.TaxiとUberいずれかのアプリがあれば、ユーザーは場所に応じて両サービスを自由に選択可能になる。例えば、国外のUberユーザーがモスクワを訪れた場合、UberのアプリからでもYandex.Taxiを利用できる。携帯電話の国際ローミングのように、シームレスなサービスを実現する狙いだ。
その国で暮らす人々に真摯に向き合うことで、サービスは受け入れられる
現地の企業とジョイントベンチャーを設立する例はロシアが初めてだ。これまでもUberは進出先の交通や人々の暮らしに合わせて、提供するサービスをカスタマイズしてきた。
各都市における人々の暮らしに耳を傾け、ビジネスを拡張する方法を探す。Uberは現地で得たニーズに柔軟に対応することを重視してきた。Yandexのようなローカルで強い企業との協業も、Celebrating Citiesを追求する一つの手段だろう。
Uberは既存の業界からの反発や規制に縛られながらも海外展開を進めてきた。向かい風の中でも着実にサービスが普及できた背景には“Celebrating Cities”の姿勢が大いに影響しているはずだ。
自分たちのサービスによって恩恵を受けられる地域の人々を祝福する。「Uberというサービスにおける主人公はあくまで街に暮らす人々である」というメッセージのようにも受け取れるのではないだろうか。
誰もがスマートフォンを持つ時代には、ITやテクノロジーに興味のない人の日常にも、容易にイノベーションの波がやってくる。既存のビジネスを覆し、革新をもたらすアイデアを世界に広げていくには、地域に暮らす普通の人々に真摯に向き合おうとする態度がより一層求められている。