これまでの人生で、何度「働き方」について考えただろう。

はじめて働き方を考えたのは、就職活動の頃に読んだ『ノマドワーク』に関する本がきっかけだった。オフィスに缶詰にされるのではなく、好きな場所で働けばいい。紆余曲折たどり着いたのがいまのライターという仕事だった。

人間は、その人生の多くを働くことに費やす。しかも、人生100年と言われれば、ますます働かざるを得ない。言うなれば、働くことは、生きることとほぼ同義だ。だからこそ我々は、より良く生きるために、改めて働き方と向き合わなければならない。

国が推進する働き方改革をはじめ、労働環境や労働時間の問題なども重なり、日本全体が働き方と向き合わざるをえない状況へと突入している。一億総活躍社会のために「副業推進」や「リモートワーク」から「プレミアムフライデー」など、行政も必死に頭をひねっている。

働き方を考える上で、話を聞いてみたい人がいた。彼は6年前から世界中の働き方を追い続けている。コクヨ株式会社が発行する“働くしくみと空間をつくるマガジン”『WORKSIGHT』 編集長の山下正太郎氏だ。

いまでこそ、日本では働き方というテーマは注目を集めているが、世界は先を行っている。世界のトレンドはどう変化し、いまどのフェーズにあるのだろうか。世界のトレンドを追い続ける山下氏に、これまでの変化の流れ、そしてこれから見据えるべき働き方の姿を伺った。

山下正太郎
WORKSIGHT編集長/WORKSIGHT LAB.主幹研究員。コクヨ株式会社入社後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンサルティング業務に従事し、手がけた複数の企業が「日経ニューオフィス賞」を受賞。2011年にグローバル企業の働き方とオフィス環境をテーマとしたメディア『WORKSIGHT』を創刊、また研究機関「WORKSIGHT LAB.」を立ち上げ、ワークプレイスのあり方を模索。2016年よりロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA:英国王立芸術学院) ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインにて客員研究員を兼任している。

WORKSIGHTは経営ツールとしてのオフィス・働き方を見据える

WORKSIGHT編集長・山下正太郎氏

WORKSIGHTの歴史は、コクヨが1988年に創刊したオフィス事例を中心にした研究情報誌「ECIFFO(エシーフォ)」に遡る。ECIFFOの創刊は、当時の通商産業省(現・経済産業省)が推進する「ニューオフィス運動」の動きがきっかけだった。

山下「当時、日本のオフィスは世界から『ウサギ小屋』と揶揄されていました。日本のオフィスのレベルを上げようと『ニューオフィス運動』という活動が推進され、コクヨはベンチマークを求め、海外に目を向けました。経営ツールとしてオフィスを活用する新しい考え方を伝えるため、ECIFFOは創刊されました」

創刊から21年後の2009年、ECIFFOは休刊する。時が経ち、日本でも経営ツールの1つとしてオフィスを捉えることは当たり前となり、オフィスデザインも多様化した。ECIFFOは一定の役割を果たしたのだ。

確かに、ITバブルで成功を収めた企業を中心に、オフィスが注目を集めるなど、オフィス環境の水準や注目はぐっと上がったように思われる。廃刊から2年後の2011年、山下氏は“ECIFFOの次の役割”を担うものとしてWORKSIGHTを立ち上げる。オフィスの次は、何に着目したのだろうか。

山下「目指したのは、ハードとしてのオフィスだけではなく、そのなかで行われるアクティビティやイノベーションが生まれるプロセス、働き方にもフォーカスを当てること。極端な話オフィスのない働き方さえもトピックとして扱う。この役割のもとWORKSIGHTは立ち上がりました」

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WORKSIGHTの誌面は、毎号多様な海外の事例が並ぶ。一つひとつの事例をつぶさに見ていくと、ある共通点に気づく。オフィスや働き方といった仕組み・制度がユニークな企業は、手がけるビジネスもユニークであることにだ。これは逆もしかり。「ユニークなビジネスを手がける企業のオフィスや制度は、特徴的なことが多い」と山下氏は語る。

山下「働き方と事業は、インプットとアウトプットの関係。事業を成功させるためのアプローチとして、企業はユニークな働き方やオフィスを提供している。WORKSIGHTの事例を見る際には、この会社はどんな課題に対しこのアプローチを選択したかをそれぞれ切り分けて考えてほしいと思っています」

土壌の質は、出来上がる作物に影響を与える。オフィスや制度という土壌は、ビジネスという作物に多大な影響を与えるのだ。

「都市」と「ワークスペース」が密接につながりつつある

WORKSIGHTが創刊されたのは、2011年。日本では、震災という大きな変化のタイミングを迎えていた。311以降、働き方や生き方を改めて考えようとし、自らの進むべき先を見つめ直す機会を持つ人は増えた。同時期に、世界ではどのような変化を迎えていたのだろうか。

山下「世界の働き方に関するトレンドは、想像以上に激しく変化してきました。今、働き方のトレンドは大きく2つ存在します。1つはイノベーションを生む働き方。もう1つは働き手を大切にし、長く働いてもらうサステナブルな働き方。日本の働き方改革で注目される、労働環境の改善や労働時間の短縮、生産性向上といったテーマは後者のサステナブルな方に含まれます」

海外の事例を数多く目にしてきた山下氏は、「特にイノベーションを生み出す働き方において、大きな変化が次々と生まれている」と語る。これからのイノベーションを考える上で重要となるキーワードとして山下氏が挙げたのは「都市のエコシステム」だ。

山下「オープンイノベーションが注目を集めるように、企業の垣根を取り払いイノベーションを生み出す機運が世界的に高まっています。イノベーションを継続的に生み出すために重要となるのは、いかにエコシステムを作り、継続的に変化を起こせるか。WORKSIGHTは10号でエコシステムをテーマに取り上げ、11号以降は本格的に都市のエコシステムを追う媒体としてリニューアルしました」

「都市のエコシステム」というテーマは、6年弱続いてきたWORKSIGHTをリニューアルさせるほど大きな影響をもたらした。山下氏は、11号で特集をしたベルリンを例に挙げ、その動きについて語る。

山下「ベルリンでは、大手企業が次々とオフィスを設置し始めています。オフィスを置く企業の中には、ベルリンと地縁がない企業も少なくありません。現地に集積するスタートアップやクリエイティブなフリーランサーなどとの接点です。オフィスがあることで、企業は彼らと共に新しいものを生み出していける。都市内だけでなく、都市の外からも企業と人材が集積していくことで、エコシステムが形成されているのです」

若く才能のある人材は、自分に合う都市を選んで住むことが多い。都市を選択するにあたっては世界をフラットに見た上で、面白いと感じる都市を選ぶという。企業は、面白い人材が集まる場へ積極的に進出したいと考える。すると、面白い都市に人と企業双方が集積し、エコシステムができ上がる。

ベルリンにある「都市の余白」がイノベーティブな空気を生む

WORKSIGHT

山下「シリコンバレーのようなイノベーションが生まれるハブエリアは、世界には存在していました。ただ、ほかの地域でも、都市を主軸に働き方に影響をもたらしてきたのは、ここ5年ほどで特に顕著になった出来ごとです」

確かにここ数年、イノベーションが集積する都市はシリコンバレーだけにとどまらない。GEをはじめとした大手企業と、MITやハーバードといった有名大学が立ち並ぶ米ボストンなども同様だ。優秀な人がいる場所へ、優秀な人材を求める優れた企業が集まる。人材の取り合いにより賃金も上昇し、優秀な人材はさらに集まる。この集積が起こる場所にはある共通点が存在する。

山下「現状盛り上がりを見せる都市はスタートアップの集積地とほぼイコールです。テクノロジーのハブとなる都市がイノベーションのハブとなる。ここ5年ほどで、スタートアップが生まれやすい環境が同時多発的に現れ、その結果として都市のエコシステムが世界各地に登場したのです」

前述のシリコンバレーやニューヨークはもちろん、欧州ではベルリン、ロンドン、パリなど注目を集めるスタートアップ都市はいくつも存在する。それぞれの都市がイノベーションの集積地として進化、躍進を続けている。

都市を単位に考えると、行政の役割が重要になる。イノベーティブな都市の中には、どちらかというと市民主導で形作られるポートランドのような都市も存在するが、行政の動きによって都市の様相は大きく変化する。「アメリカは企業主導ですが、ヨーロッパは、どうすれば人が集まるかを政策的に熱心に考えている」と山下氏は語る。WORKSIGHTの特集の対象となったベルリンもその1つだ。

山下「ベルリンはビザが取得しやすく、人が集まりやすいだけではありません。行政の寛容さこそが魅力です。たとえば、コワーキングスペースBetahausではカフェを創業し、1年間無免許で営業していても、行政のチェックは入りませんでした。空いた土地を勝手に市民公園にしても、『皆のためになっていればOK』と結果的に追認されることもある。そんな寛容さがベルリンの行政にはあります」

「ロンドンで勝手なことをしたら次の日には摘発されるでしょうね」と山下氏は笑う。ベルリンのような寛容な行政は、世界的にみても稀だ。寛容な行政は、スモールスタートを実現しやすい余白を都市に生み出す。何か新しいことを始めたい人たちが集い、イノベーションを集積する都市としてあるべき姿と言えるだろう。

オランダが生んだ場所も時間も制約しない「アクティビティ・ベースド・ワーキング」

WORKSIGHT編集長・山下正太郎氏

世界で注目の都市は、他にどのような場所があるのだろうか。ベルリンの他に、山下氏が注目するのが、オランダのアムステルダムだ。WORKSIGHT7号で特集が組まれ、山下氏はその都市の実情を調査している。調査によれば、アムステルダムの特徴はその市民性や社会の成熟度にあるという。

山下「アムステルダムは社会のOSが違う次元にあるような印象を受けました。世界有数のNPOセクターがある国で、市民は幼少期から社会課題に意識的です。個人が何をやりたいかを明確にもち、社会制度や文化にそれが表れている。並行して社会の変化も起きており、『Activity Based Working(アクティビティ・ベースド・ワーキング、以下ABW)』という新たなワークスタイルも生まれました」

ABWは時間も場所も全く制限せず、個人の自由で選択できる働き方だ。オランダからABWが生まれた背景には、90年代後半にオランダが行ったライフスタイルを重要視した働き方の一大改革「ポルダー・モデル」があった。

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山下「ポルダー・モデルは、ライフスタイルに合わせて働く量を調整できる柔軟な働き方を推進するものです。たとえば、夫婦で2を稼ぐのではなく、夫婦で1.5稼ぎ、0.5は育児や余暇を楽しむために使う。ライフスタイルを大切にしようという政策です。このポルダー・モデルを受け、オランダの保険会社インターポリス(現・ラボバンク)で始まった働き方がABWです」

とにかく仕事をするのではなく、市民が自らの人生にとって何が大切なのかを自覚できていなければ、制度ができたとしても行動できる人は少ないかもしれない。オランダは市民性があったことも影響して、新たなワークスタイルが受け入れられたと考えられる。さらには、保険会社というレガシーな産業の企業がいち早く新たなワークスタイルを取り入れている点も、オランダの強さと言えるだろう。

こうして生まれたABWは、働き手に対して単に自由を提供するだけではない。企業と働き手、双方にメリットを提供するものだ。

山下「ABWは基本的には働き手と企業の双方がハッピーな働き方です。働き手は、社外活動や副業に時間を割けるようになり、仕事に縛られず家族との時間を大切にできる。一方、企業はオフィスを人数分の広さ用意する必要がなくなるため、賃料を抑えられる。また自由な働き方を取り入れている企業には優秀な人材も集まりやすく、採用面にも貢献します」

「自由は責任を意味する。だからこそ、たいていの人間は自由を恐れる」

劇作家のバーナード・ジョーも語るように、自由はメリットだけを提供するものではない。企業も労働者も全面的に幸せになる“完璧”な仕組みは存在しない。

ABWにも実現に向けた課題があるはずだ。ここで、ABWの導入における課題を問うと、山下氏は「成果管理」と「会社に対するロイヤリティの担保」の2点を挙げた。

山下「近年、先進国の大手企業は従来の成果主義を見直す傾向にあります。1年や半年といったスパンで成果だけを管理すると、最後の1,2ヶ月で帳尻を合わせたり、チーム内での成果の奪い合いを起こす温床にもなり、本当に持続的に価値を生み出し続けているかという点で疑問が残る。GEなどをはじめ上司と部下がより短い期間ごとで同じ目標を設定し解決を目指す手法にシフトし始めています。上司は管理というよりも部下に対してコーチングの姿勢をとるよう意識変革を求められていますね」

オフィスはカオスを生む「神社」となる

WORKSIGHT編集長・山下正太郎氏

ABWでは、社員は自らが企業の一員であることを意識する必要性が弱く、チームの一体感は失われがちだ。欧米ではロイヤリティのケアを特に重要視しているという。

これからの時代、オフィスが担うべき役割は、ここにある。

山下「会社に対するロイヤリティを担保するために、オフィスは大切な存在です。会社のカルチャーを感じ取り、チームが集まる場としてオフィスは機能する。そのために最近では人が集まりやすい都心に立地を移し、1日15分でもいいから立ち寄ってもらえるようにする。オフィスにカフェや託児所、コンシェルジュを設けるなど、生活と仕事をシームレスにつなぐ機能を充実させることでさらに人が集まりやすくする企業も増えています」

ABWを取り入れ、場所と時間を問わず働けるようになると極端な話、作業場としてのオフィスはほぼ必要なくなる。働く場としての機能が不要となったオフィスが果たすべき役割は何になるのだろうか。前述したロイヤリティの担保に加え、山下氏は2つの役割を挙げた。

山下「1つは自分でコントロールできない“情報のカオス”を生む場になること。単純な情報はいまやネットを介して簡単に取得できてしまいます。ただ、自身で取得する情報は自分が見たいものだけ。見たくないものは見ないというフィルターが無意識にかかっています。一方、オフィスは突然話しかけられたり、思わぬ人と出会ったりと、自分の意図しない形で情報を得られる場となる。実際に管理しやすいように理路整然とデスクを並べた産業革命時代のオフィスは減少の一途です。より複雑で出会いを誘発しやすい場づくりが求められています」

イーライ・パリサーが提唱する『フィルターバブル』という概念がある。フィルターバブルはインターネット上で起こる。検索エンジンや各種サービスサイト上での行動履歴やリコメンドエンジン、最適化アルゴリズムにより自分が心地よい情報のみが表示される状況になることだ。

つまり情報に最適化された状態では、自身にとって心地の良い情報しか得ることができなくなる。イノベーションを生み出すためにはセレンディピティが重要だと叫ばれるが、このセレンディピティを生む場としてオフィスは役割を果たす。

もう1つは、企業文化を体現、伝承する場としての役割だ。

山下「今後、オフィスは会社を象徴する空間であり、企業文化の中心の場となっていくでしょう。場所や時間に依存せず離れて仕事をするためには、判断の軸となる会社のコアバリューを共有する必要があります。いうなれば、オフィスは神社のような詣でるための場所になっていくでしょう」

ウサギ小屋と呼ばれていた頃と比べれば、労働環境は着実に向上した。オフィスの位置づけを変え、人々がオフィスに集まるようにし、会社に帰属しているという意識を共有することで、いかに新しい価値を生み出すか。企業が向き合う課題はそこにある。

5年後、ライフスタイルとワークスタイルは融合していく

WORKSIGHT編集長・山下正太郎氏

海外の働き方やオフィスのトレンドをウォッチしてきた山下氏の目に、日本のオフィス・働き方はどう写っているのか。日本と海外を比較すると、オフィスの変化には大きな違いが存在するという。

山下「外資系企業の場合、オフィスや働き方の変化を予防的に起こしていきます。たとえば『5年後にこういったビジネスになりたいから、こうしておく』といった具合で、前もって動く。対して、日本は対処療法。オフィスに人が入らなくなったら、何かが起こったら、とギリギリまで粘ってから変える傾向にあります。人材の流動性が海外と比べて低く、労働環境が人材確保に影響を及ぼしづらいという社会背景はあったにせよ、いよいよ厳しい局面がきています」

この対処療法が、日本の働き方改革の遅れを生み出している。山下氏は「5年先の日本の働き方の未来がどうなっているか、それを予測する上で参考になる事例が海外にある」と語る。これからの5年、日本の働き方はどのように変化していくのか。

山下「海外の動向からみるに、1つは都市のエコシステムとイノベーションとの関係が不可分になると思います。イノベーションのためにはセクターを越えたコミュニケーションが重要ですが、都市に集積する複数の企業が協働し新しいものを生み出していく傾向は強まるでしょう。 ベルリンならボトムアップ型で成長したスタートアップと大企業がつながっていく。ロンドンなら既存の大企業がスタートアップの成長支援を通じて関係を深めていく、といった具合にです」

一方で、働き方の先にある個人の姿の変化を山下氏は見据えている。

山下「ライフスタイルとワークスタイルはさらに不可分になっていくでしょう。仕事が場所に依存しなくなったことで、場所の役割の概念が崩れ、病院も、ジムも、駅のちょっとしたスペースも働く場になる。こうしたスペースは機能が組み合わされた『ハイブリッドスペース』または、サードスペースの次の『フォーススペース』とも呼ばれます。自分が仕事だと思えばその瞬間仕事になり、仕事でないと思えば仕事でなくなる。『働く』という概念自体が消滅していく時代なのです」

山下氏が見据える5年後、日本はオリンピック後の時代を迎えている。日本にも都市のエコシステムが根付くのだろうか。都市の魅力に惹かれて優秀な人材が集い、その人材を目的とした企業が日本の都市にやってくる、2020年代はそんな時代になっていたら、面白い。

働き方改革が進んでいく中で、私たちは『働く』こと、そして『生きる』ことに、どの程度向き合えているのだろうか。

変化点に近づく私たちは、“働いて生きていくこと”に正面から向き合わなければいけない。

WORKSIGHT編集長・山下正太郎氏

Photographer: Hajime Kato