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ドイツ・アウディAGの取締役会会長、ルパート・シュタートラーが、国連会議「AI for Good Global Summit」(よりよき世界のためのAIグローバルサミット)において講演を行った。同会議は、世界を主導する専門家たちが集まり、地球規模の課題解決のためにAI(人工知能)活用の可能性について議論した初のイベント。
そこでシュタートラーは、AI活用事例のひとつとして、アウディが現在、積極的に開発に取り組んでいる自動運転技術を例に挙げながら、そのメリットを語った。
自動運転は人々の生活をより安全にする
「自動運転においては、私たちは次第に、多くの判断を機械にゆだねるようになっています。アウディだけでなく、業界全体として、それが未来のクルマの在り方であると信じるようになっています。実際、自動運転が飛躍的な進化を遂げるためには、AIは必要不可欠です。
そして、社会的な側面から見ても、自動運転の技術により、クルマでの移動はより効率的で、もっと快適になります。でもそれ以上に重要なのは、自動運転によって人々の生活がより安全になる可能性が高いという点です。現在、発生している交通事故の90%は、人為的なミスが原因とされています。つまり自動運転が普及すれば、交通事故の件数は大幅に減ることになるでしょう」
アウディの自動運転テスト車両「ジャック」には、サーキットのように限定されたクローズドコースだけでなく、一般の高速道路において求められる運転操作をも完璧にクリアする、高度なテクノロジーが搭載されている。
さらに、例えば、トラックを追い越す際には横方向の車間距離を少し余分に開けるとか、車線変更の際にはウインカー操作後、移動する側の車線に少し寄せてから隣の車線に移動するといった具合に、他車への配慮を見せる点も印象的。まるで人間が運転しているかのような操作を、自動でクルマが行ってくれるのだ。
自動運転に残されている課題とは?
そんな高度な社会性を備えた自動運転車を積極的にテストするアウディ。そんな同社のCEOとしてはもちろん、個人としても、シュタートラーはAI活用による自動運転に対し、楽観的な考えを持っていると述べる。だが同時に、自動運転にはまだまだ大きな課題が残されているとも指摘する。
「自動運転の実現には、世界各国で共通する法律の整備や、一般の方々からの認知度など、テクノロジー以外の変化や新たな社会の枠組みが必要となります。中でも我々は、倫理面での懸念を深刻に考えています」
自動運転における倫理的の課題としてよく知られる例が、事故がもはや不可避という危険な状況の中での対応だ。仮に、自動運転車に3つの選択肢が与えられているとする。ひとつ目は、左にステアリングを切るとお年寄りの女性を傷つけてしまうという選択肢。ふたつ目は、右にステアリングを切ると妊婦をはねてしまうという選択肢。そして3つめが、そのまま直進すると障害物に衝突し、乗員が負傷するというケースだ。
「もし、ドライバー自らが運転するクルマがこのような状況に遭遇した場合、ドライバーはとっさに反応するだけで、選択の良し悪しを考えるヒマすらないでしょう。でもそれが自動運転車となると、人々はクルマに対して正しい判断を期待するようになります。冷静に考えれば、そうした事態に遭遇するケースはきわめて稀であり、自動車メーカーもそうした状況を未然に防ぐために、最大限の努力を払っています。我々が販売しているクルマには、危険な状況を察知するセンサーが非常に多数搭載されており、緊急時には自動ブレーキを発動する仕組みも備わっています。しかし、特定の状況においてクルマ自身で判断を下すようになったとしたら、理論的にはそういったレアケースが起きることも考えられるわけです。
ステアリングを切った方向で何が起きるのか、それが明確でない状況で、自動運転車はどういった判断を下すべきなのか? 何が起きるか分からないけれども、クルマ自身が判断するということが、倫理的に容認されるのか? こうした問題に対してどのように対応したらよいのか、私たちは社会全体として、答えを見つける努力をしなければなりません。倫理的な問題に絡めて、自動運転について検討するオープンな議論が必要なのです」
AIは人と機械の関係に歴史的一歩を刻む
シュタートラーの発言は、一部の人々による“自動運転車礼賛”の風潮、そして、自動車メーカー自らの自動運転機能への過剰なプロモーションに対し、クギを刺しているかのように見受けられる。しかし一方で、彼は「そうした問題があるからといって大きな可能性を見逃すべきではない」とも主張する。
「皆で解決策を探っていきましょう! 2020年代の初めには、自動運転車が街を走り始めるようになります。クルマが街で遊ぶ子どもたちに注意を払っている間、ドライバーや乗員は自分の子どもたちと車内で遊べるようになるのですから。
実際、AIによって、人々の生活におけるクルマの役割は変わっていきます。私が夢見る未来のクルマは、どこでも好きな場所に安全に連れて行ってくれるお抱え運転手であり、日々の予定を確認してくれる秘書であり、必要なものを届けてくれる執事であり、配送業者が荷物を届けられる車輪付き郵便箱であり、体調を常に気遣ってくれるプライベートな医療スタッフであり、さらに、時には慰めてくれるパートナーでもあります。
ひと言でいえば“パーソナルアバター”かもしれません。膨大な量のデータを収集して解析し、これから起こることを予想することで、人々の暮らしの障害を減らし、より心地よいものにしてくれるのです。その点でAIは、人と機械の関係において、歴史的一歩を刻むテクノロジーといってもいいでしょう」