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不眠に悩む20〜30代が増加中
忙しいビジネスパーソンにとって、睡眠は大きな関心事だ。質の良い睡眠が取れなければ、疲労はたまり、仕事のパフォーマンスが上がらない。プライベートにも影響し、心身ともに不調を招く。
寝具大手の東京西川が2019年7月、全国の18歳~79歳の男女1万人を対象に実施したインターネット調査を行った。
世界的に使われている不眠判定法「アテネ不眠尺度」に基づき、「寝つき」「途中で目が覚めるか」「日中の眠気」など8つの質問に対する答えを点数化して集計したところ、50.1%の人が「不眠症の疑いあり」と回答し、「疑いが少しある」人も17.1%いた。年代別では、30代が最も不眠の疑いが高く、40~50歳代も高い割合を示した。
西川 睡眠白書2019年より
また、「睡眠時間」が足りているかという質問に対しては、年代によって大きなばらつきが見られた。60〜70代は「満足している」と回答している比率が高いが、それ以外の年代では「十分である」と答えた人はだいたい30%未満。特に、30〜40代は「全く足りないし、眠れない」と答えた割合がほかの世代よりも多く、睡眠時間に不満を持っていることがわかった。
睡眠を阻害する要因にはさまざまなものがあるが、そのうち最も大きなものがストレスや心配事などの、心理的要因である。
同社が行った別の調査によると、悩み事が原因で眠りにつくことが辛かった時があるか、また、その悩み事の種類について尋ねると、全体で56.6%の人が「何らかの悩みによって眠りにつくことが辛かった」と回答。
悩み事の種類で一番多かったのは「将来に関する悩み」が一位で、「健康に関する悩み」「金銭面での悩み」が後に続く。
こうした悩みを解消することが、不眠を本質的に解消するために必要であるのは当然だが、現在、いわば“対症療法”として睡眠改善サービスに乗り出す企業が後を絶たないのは、近年、日本において睡眠不足による経済損失額が著しく伸びているからである。
世界的なシンクタンクである米ランド研究所は、睡眠不足による日本の経済損失額は、最大で年間15兆円にものぼると試算している。
ベンチャー企業が睡眠改善の立役者に
質の低い睡眠は個人の生活の質、さらには企業の生産性を妨げる。そんな問題意識から、現在、テクノロジーを活用した睡眠改善サービスに着手する企業が非常に多い。
総合マーケティングビジネスの株式会社富士経済の調査によれば、モバイルアプリの登場や参入事業者の増加から健康プラットフォーム&生活習慣改善サポートサービスの市場が急成長。
そのなかでも特に注目を集めているのが「睡眠改善サービス」だ。
睡眠の質の改善について、これまでは重度の睡眠障害の場合を除いては問題視されることは少なかったが、「寝付きが悪い」「熟睡感が低い」など睡眠に悩む人が近年、急激に増加して、「睡眠負債」という言葉まで登場。
睡眠の質の改善に対する需要が非常に高まっていることを背景に、ITを活用したサービスが数多く登場しており、これらは、「スリープテック(Sleep Tech)」と呼ばれている。
2019年、任天堂が睡眠をトラッキングするデバイスとして「Pokemon GO Plus+」を発売するなど、現在、大手のテクノロジー企業や寝具メーカーなどがスリープテックに乗り出しているが、もっとも勢いを見せているのがベンチャー企業だ。
ポケモン公式YouTubeチャンネルより
なぜ、ベンチャーが限られた経営資源を睡眠改善に投資するのかといえば、もともとこれはアメリカのシリコンバレーで流行していたテクノロジーであり、また、ニーズの高さゆえにビジネス上の成果が一目瞭然であることが大きな理由だ。
なにしろ、雨後の筍のように次々と新しいサービスが世の中に登場しているのだから、どれだけアイデアが画期的でも、世間での反応がいまひとつなら、すぐにそのサービスは淘汰される。そうしたスピーディな展開に対応するには、ベンチャーの機動力や小回りの良さがものをいうのだ。
企業向けに睡眠改善指導に取り組むサービスたち
現在、スリープテックは世界的にニーズが高まっており、2022年、その市場は20億円に達することが予測されている。
特に期待されているのが、「企業向けの睡眠改善指導サービス」だ。
これは、企業が従業員向けサービスとして提供するBtoB向けの睡眠改善指導サービスで、企業にとっては従業員の睡眠を改善することにより、生産性の向上や産業事故リスクの低下が期待でき、また、利用する従業員にとっては自己支出を抑えてサービスが利用できるなど、それぞれに利点がある。
その一例が、東京・墨田区にオフィスを構える、ニューロスペースだ。
ニューロスペースウェブサイト
企業向けに睡眠改善指導のサービスを手がけ、睡眠改善アプリ「lee BIZ」を提供。自分の「睡眠時間」だけでなく、「寝付きにかかった時間」「深い眠りの時間」も示し、さらには眠りの質を100点満点で点数化。
そうした計測データをAIが解析することで、「日中の眠気のピーク時間」や、「本人にとって最適な睡眠時間の長さ」も示す。これまで吉野家やDeNAなど大手がニューロスペースのプログラムを採用しており、のべ1万人以上に活用されている。
また、株式会社O:(オー)は企業向けソリューションとして、iPhone内加速度センサーを用いて眠りに落ちた時間や目覚めた時間を算出し、各ユーザーごとの理想の睡眠を計算。その理想に近づくためのコーチングを実践する、「O:SLEEP iOS」を開発した。
O:(オー)ウェブサイトより
これは従業員向けのプロダクトだが、その一方、企業の管理者向けプロダクトとして、組織・グループ・年代・性別・勤務体系などに、群ごとの睡眠状態が一覧で確認でき、組織の睡眠状態やアンケートからメンタルヘルス不調や生産性損失要因とその対策を解析できる「O:SLEEP Analytics」も提供している。
これらは2018年春にリリースされ、これまで大手企業中心に累計約1,500人が導入。心身不調による休退職を未然に防いだり、産業医による面談・復職判定を支援したり、さまざまな形で活用されている。
Sleep Techは“受け身”から“能動”へ
そのため、生産性を向上させるべく、現在、多くの企業が働き方改革や健康経営を推進しているが、その背景にあるものは、ウエアラブル端末やクラウドの普及に伴う睡眠データ、そしてエビデンスの劇的な増加であることは間違いない。
だが、そうしたツールがどれだけ登場しようとも、自分の意思で睡眠を改善しようとせず、ただ漫然とサービスを受動的に与えられているばかりでは、睡眠の質は向上しない。
CES 2020でも、こうした睡眠改善サービス(いわゆるSleep Tech)に関する注目の新製品が多く発表されたが、たとえば、URGONightの「脳トレヘッドバンド」は、脳の活動を検出する2つの電極が付いたヘッドバンドを1日20分、週3日使用するだけで、AndroidやiOSアプリで脳からのフィードバックをリアルタイムで見ることができる。この製品の特徴は、木の葉の成長やパターンの描画などさまざまなエクササイズを行うことで、よく眠れるように、自力で脳を訓練するということだ。
現在、市場に出ている睡眠改善サービスは、データを記録したり、不眠の状態を解析したりする、いわば ユーザー受動型のサービスがほとんどだが、今後はそうしたセンシングだけでなく、どうすればその問題を解消できるかというソリューションが重要になってくる。これからは、ユーザーに自助の行動を促すような、ウェアラブル端末やサービスが数多く登場してくるだろう。
文:鈴木博子