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「世界最先端の電子国家」と呼ばれるエストニア。Skypeが誕生したことでも知られており、ITスタートアップ関連の情報がさまざまなメディアに取り上げられることが多くなってきた。本連載では少し視点を変えて、スタートアップ文化を育むエストニアの周辺環境・要因について紹介していきたい。
エストニアが「世界最先端の電子国家」と呼ばれる理由の1つとして、行政サービスの99%がすでに電子化されていることが挙げられる。
企業登録、税申告、出生届、移転届け、などあらゆる手続きをオンラインで済ませることができる。ちなみに電子化されていない残り1%は、結婚・離婚届けと不動産売却のみ。
エストニアにおける電子化の勢いはとどまるところを知らず、今後もブロックチェーンや人工知能など常に時代の先端テクノロジーを取り入れていく方針だ。
この電子化を可能にしている重要な要素の1つとして、テクノロジー分野における豊富な人材が挙げられる。その人材を育成・輩出するエストニアの「教育戦略」はテクノロジー分野で優位に立ちたいと考える世界各国から熱い視線を浴びている。
いったいどのような教育戦略なのか、エストニアのIT教育事情に迫ってみたい。
真のデジタルネイティブ育成へ、エストニア早期IT教育戦略
エストニア政府が2012年に開始した「ProgeTiiger(プログラミング・タイガー)」は、小学生から高校生までを対象にした全国レベルのIT教育イニシアティブだ。プログラミングやロボット開発などを通じて、テクノロジーに関する基礎知識・スキルを醸成しようというもの。
ProgeTiigerイニシアティブを推し進めるのは、政府関連組織「Tiger Leap基金」。Tiger Leap基金は1990年代後半から、国内の教育レベル向上を目的として、学校へのコンピューター導入やネットワークインフラ整備に力を入れてきた。ITインフラのハード面の整備が一通り完了した段階で、次のフェーズとして始まったのがProgeTiigerとなる。
ProgeTiigerでは、小学校1年生からIT関連の知識・スキルを習得していくことになる。もちろんJavaやC++などのプログラミング言語も学習するが、それらのツールを使いこなすための「ロジカル思考」の習得に重点が置かれる。ロジカル思考は、数学やロボット工学などでも重要になる基礎スキルとして捉えられているためだ。
ProgeTiigerウェブサイトではゲーム感覚でプログラミングを学べるツールが紹介されている
このようなエストニアの教育戦略の効果は、2015年に実施された国際学力ランキング(PISA)でも見て取ることができる。PISAは、OECD加盟国の15歳の生徒を対象にした学力テストで、読解力、数学的知識、科学的知識などが評価される。2015年版では、科学的知識の分野でエストニアは、1位シンガポール、2位日本に次ぐ3位となったのだ。また、数学的知識では9位、読解力では6位と、いずれもトップ10に入っている。
エストニアの1人当たりGDPは約1万7000ドル。学力テスト上位のシンガポール、フィンランド、カナダなどはOECD諸国のなかでも比較的高い4〜5万ドル。このように経済力でかなり開きがあるなかでも高い教育レベルを実現しているエストニアの教育戦略に注目が集まるのは、不思議なことではないだろう。
エストニア政府・大学・企業がタッグ、IT分野の留学生獲得へ
エストニアの教育に関して、早期のIT教育だけでなく、大学レベルでのIT教育にも注目が集まっている。世界の多くの国が少子高齢化・人口減少という課題に直面するなかで、テクノロジー立国としてどのように生き残っていくのかを示す1つのロールモデルとして捉えられているからだ。
多くの国々と同様にエストニアも少子高齢化・人口減少の問題に直面している。2011〜2014年にかけて、エストニアの高等教育における学生数は6万7000人から5万5000人へと減少。この最大の要因が少子化とされている。こうした問題に向き合いながら、今後長期に渡り電子国家として生き残っていくためには、国内人材の育成に加え海外から優秀な人材を獲得していかなくてはならない。
エストニアは初等・中等教育にフォーカスしたProgeTiigerイニシアチブに加え、高等教育向けイニシアチブ「IKTP」も実施し、大学におけるテクノロジー人材の育成・輩出を促進しようという取り組みも行っていた。
少子化が進むなかでも大学におけるIT分野の人材を確保することを目的として2011〜2015年までの期間実施された。この一環で、IT分野の留学生を2倍にすること、そして講師や研究者にとって魅力的な環境を整備することにも力が注がれた。
「IKTP」イニシアティブは政府主導であったが、国内IT企業からも支援が集まり、民間企業との連携強化の可能性も見えた。エストニアで誕生した世界的IT企業Skypeは、国内トップ大学のIT分野修士過程に進む学生に対する奨学金プログラムを開始。年間10万ユーロを拠出するもので、学生1人あたり年間6500ユーロが支給された。
このほか大学側は英語コースの増設や国際スタッフの配置などを実施し、留学生の受け入れ体制を整備した。また海外市場に向けたプロモーションでは、フィンランド、ロシア、ラトビア、トルコ、中国などのターゲット市場にフォーカスした施策で、留学生獲得を進めていった。
エストニア大学留学プロモーションの一環で始まったウェブサイト「Study in Estonia」
エストニアに来た留学生は、就労ビザなしで企業で働くことが許されている。在学時から働き、卒業後もそのままその企業で働くひとは少なくないようだ。また、留学生は大学卒業後半年間エストニアに滞在することができ、その期間に職を探すこともできる。現在、エストニアに留学し、そのまま現地で働くひとの割合は約10%ほど。政府は2020年までにこれを30%にまで引き上げたい考えだ。
最近ではSkypeだけでなく、世界最大級のブロックチェーン企業Guardtimeや次世代人材プラットフォームJobbaticalなど、世界市場で急速に成長を遂げるエストニア発のスタートアップが増えており、このことがブランディング効果を生み出し、転職や留学でエストニアを目指す若者が増えているとも言われている。
エストニアというキャリアの選択肢
いまキャリアチェンジや新しいことへの挑戦を考えているひとは多いはず。
これまでなら米国へのMBA留学などが人気の選択肢だったかもしれないが、時代が大きく変わりつつあるいま、エストニアを選択肢の1つとして考えてもよいのかもしれない。エストニアはこれからも先端テクノロジー導入を積極的に進めていく方針。
先端テクノロジーを学ぶだけでなく、それらを実際に活用したいというひとにはもってこいの国だ。