終身雇用が当たり前であった日本では、会社で上司との関係がうまくいかないことはビジネスパーソンにとって非常に大きな悩みだったのではないだろうか。

厚生労働省が発表した「平成28年雇用動向調査結果の概況」によると、転職者が前職を辞めた理由の割合は「給料が少ない」「労働条件が悪い」に続き、「人間関係が良くない」は3番目に多い理由となっており、その多くが上司との関係だ。

これまでは年上の上司が年下の部下をマネジメントする構図がほとんどであり、努力しても年功序列の組織では正当な評価はされず上司の裁量で部下の評価が決まることが往々にしてあった。そして上司の仕事の進め方や評価基準が不満となり、転職を決意する者が後を絶たないのだ。

しかし、転職が当たり前となり多様な働き方をするビジネスパーソンが増加する中で上司部下の年齢や立場が逆転することはどんな会社でも起きている現状である。そこで、「上司を育てることができる」というスキルは、今後の社会で優位にキャリアを積むために重要な要素となるとではないかと筆者は考えている。

前提として心身を壊すほど酷く問題がある上司のもとからは即刻去るべきである。これだけは間違いない。だが、筆者がキャリアアドバイザーとして多くのビジネスパーソンから相談を受ける上司部下間のトラブルには、向き合い方次第ではむしろ今後のキャリアに優位に働く良い経験・武器になったのではないか・・と思うことがある。

筆者自身も2度の転職を経て計15名を超える上司のもとで仕事を経験し、上司の立場となった今も多数の部下を見守ってきたが、どんなに自分と合わない上司でも自身のキャリアに多大な影響を及ぼすことは間違いはない。上司から何も得られず消耗するだけのネガティブな存在とするか、自身のキャリアを優位に進めるためにポジティブに捉えるかは自分次第である。

今回は、筆者がキャリアアドバイザーとして若手ビジネスパーソンから相談を受けた上司部下のトラブルについて上司のタイプ別に紹介していく。

上司と真逆のタイプ・価値観であればむしろチャンス

例えば、上司が非常に頭のキレる論理的なタイプである場合、ロジックや筋の通った話以外は受け付けない、無駄なコミュニケーションはコストと考えるような合理主義に走ることもある。対して部下である自分が感性や発想力など抽象度の高い物事に価値を見出す感覚的なタイプで、コミュニケーションは信頼関係の構築のために重要だと思っている場合、仕事を進めていく上での価値観が合わないことは度々ある。

逆に上司が感覚的なタイプで、部下である自分が論理的なタイプであった場合も同様だ。経験値も年齢も上司のほうが圧倒的に上手である場合、上司に従わざるを得ないと考える人が多いだろう。

しかし、仕事ではどちらが必ず正しいということはなく、上司も間違うことがある。また、正解がない物事を議論する場合どちらか一方の主張が強すぎても上手くいかないものである。そして、完璧な上司というのはなかなか存在しないので、どこかに短所はあるものである。それを「考えが合わない上司」と捉え、苦手意識を持ったまま転職を決意する者は多い。

このような場合、「上司が正反対の価値観で悪」「自分の意見が正しい」と対立するのではなく、共に同じミッションに向かう組織の仲間である以上は異なることを互いに受け入れて補い合うことで上手く事が進む。苦手な分野は部下である自分が補い、自分の苦手としている要素はうまく上司に頼れば良いのだ。

部下が上司をポジティブにとらえることでその気持ちを跳ね除ける上司はそうそういないが、歩み寄ることで生まれる信頼関係で心理的安全が保たれる組織はより強固なものとなる。パフォーマンスの高い組織というのは、それぞれが異なる能力を持ち、それを互いに尊重している。

異なる性質の上司を受け入れうまく立ち回り、互いに補完し合う関係をつくった経験は今後どのような組織においても重宝されるバランサーとしての能力を高く評価されることとなる。

ちなみに、これは今の筆者と上司との関係でもある。性格や能力もまったく正反対な人間なので共感できない部分は多々あるが(笑)、互いに自分にはない能力があると尊重しており非常に良好な関係が築けている。

似た者同士はいつか必ず反発しあう

論理vs論理、感情vs感情の似たタイプの者同士が上司部下の関係になった場合、意見がぴたりと一致する瞬間は意気投合するため盛り上がり、その後の意思決定や着手のスピードが加速するなど一見相性が良さそうに見える。

しかし、意見が極論で偏りのある組織になってしまうことも多く、間違いに気付けなくなるリスクがある。さらに、残念ながらすべての意見が一致し続けることはなく、いずれ意見が食い違った際に問題は深刻化する。

論理vs論理タイプの上司部下は意見が食い違うと、目的と手段がすり替わることがある。根本の問題解決をすることが目的ではなく、相手を論破することで自分が正しいということを証明するための議論になることがしばしば見受けられるからだ。

逆のパターンで感情vs感情タイプの人間が上司部下の関係となり意見がぶつかり合うと最悪だ。そもそも議論にならず、非常にカオスである。

磁石で言うと++が反発し合うように似た者同士はそもそも反発しやすい傾向があるが、当事者がそのことに気付いていないことが実に多い。このようなケースでは、実際に組織がマイナスの方向に転じて失敗したり、部下の立場から上司の立場になりマネジメントするようになることで初めて自分の過ちに気付くケースが多いため、早期発見が非常に難しい。

このような場合、必ず別のタイプの仲介役の意見にも耳を傾ける事を忘れてはならない。

上司と部下、どちらか一方だけが悪いということはない

上司との関係がこじれた場合まずは第三者に相談する者が多いが、一番やってはいけないのは双方から意見を聞けない立場の相手に相談することである。例えば家族や友人、同期、キャリアコンサルタントなど、一方の意見しか聞けない相手に対し相談すると、無意識に同調を求めるため誇張し、絶対的に自分が正しいというエピソードになりがちである。それでは相手も自分の味方をすることは決まっているので、正しい認識を持てないまま被害者意識を増大させる。

ここで重要なのは、双方の意見を中立の立場で聞ける相手に相談することだ。例えば、さらに上の上司か別部署の先輩社員といった、両者の状況がある程度見える位置にいながら、利害関係が中立的な立場の人間だ。往々にしてどちらにも非はあり、中立者にしか見えていない景色は確実に存在している。

上司は完璧ではない。そして、部下である自分もまた完璧ではないはずだ。「上司とはこうあるべき」と理想を押し付けてしまうからこそ、相違が発生したときにギャップに対し怒りが湧くのだ。

大前提、上司は部下を育成し仕事でパフォーマンスを出せるようフォローすることが仕事である。しかし、それが自分の理想どおり果たされないことを上司のせいにして仕事を辞める決断をする人の末路は悲惨である。なぜなら、どの会社に行っても自分と合わない完璧ではない上司というのは必ず存在するため、また同じ事を繰り返すからだ。

20代の貴方は70代の部下を育てられるか

20代の若手社員が70代のパート社員を教育・マネジメントする・・これは極論ではなく、実際に業種によっては既に起きている現実である。高齢化社会で定年後も仕事を継続するシニアが増えており、近い将来誰にでも訪れる未来と言っても過言ではない。

また、外国人労働者も着実に増えており、多様な価値観を持った相手とのビジネスコミュニケーションは今後避けて通れない。そのような状況下で意見の食い違う人生の先輩とどう向き合っていくかは、これからの時代を生き抜く上で非常に重要な課題である。

意見や価値観が異なる相手と信頼関係を構築し、マネジメントできる人間力を磨くことがこれからのビジネスパーソンに求められる最強のスキルではないだろうか。

文・えさきまりな