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2006年より13年連続で「日本人が移住したい国」のトップに輝いた、ロングステイ大国・マレーシア。温暖な気候で、豊かな自然に囲まれながらも都市部は発展していて、教育レベルもそこそこに高い。物価は安く英語が通じ、マレーシア人は明るく外国人に寛容だ。
ロングステイヤーが熱い視線を送り続けている楽園・マレーシアだが、2019年7月に行われた調査で意外なことが発覚した。なんと、マレーシア人の約9割の人が海外移住を希望しているというのだ。
キャリアアップのための海外移住は「当たり前」の選択
大手人材会社ランスタッドが世界34カ国の被雇用者(18〜65歳)を対象に行った調査によると、マレーシア人の約90%がより良いキャリアとワークライフバランスを求めて移住を検討しているという。
中でも18歳から34歳の94%がキャリアアップのために海外移住したいと考えており、他の年代でも35〜54歳が91%、55歳以上でも70%と、全体的に意欲が高いことを表していた。
この数字は他国と比較しても高く、隣のシンガポールでは58%に留まった。シンガポール人は移住よりも、国内でのキャリアアップに興味を示していた。
世界で4番目に働きすぎ。オーバーワークのマレーシア人
2019年8月、アメリカのテクノロジー企業Kisiが発表したワークライフバランスの調査結果によると、クアラルンプールは世界の主要40都市の中で最下位であることがわかった。
アジアの都市は全体的に低く、シンガポールは32位、香港は35位、そして東京は39位だった。国別ではマレーシアは下から4番目。楽園のイメージとは程遠い、過酷な労働環境が浮き彫りとなった。
この調査によると、クアラルンプールの人の1週間の平均労働時間は46時間。22%の人が48時間以上働いており、この数は世界で2番目の多さであるという。
海外移住熱と労働環境の悪さは、当然ながら相関関係にあるだろう。しかし、同じくワークライフバランスの悪い日本などの国よりも「外向き」なマレーシア。その理由を、次の3つの観点から推測してみる。
賃金の低さ
マレーシアは中所得国であり、東南アジアでは決して貧しい国ではない。マレーシア統計局が発表した、2016年のマレーシア人の平均月収は2,463リンギット(約6万5,000円)。
大卒の平均月収は4,042リンギット(約10万6,000円)と全体の平均より大幅に高く、学歴社会であることが伺える。ちなみに男女別の平均値は、男性が2,500リンギット(6万6,000円)、女性が2,398リンギット(6万3,000円)と、やや女性が低いものの大差はない。
しかし、先進国と比べたら、まだまだ全体的に低いと言える。先のランスタッドの調査では、85%のマレーシア人がより給与の高い国への移住を希望している。特に、人気の移住先に上がっているのが、オーストラリア、シンガポール、日本。いずれも先進国でより高い賃金が見込める国だ。
多民族国家ならではの格差と軋轢
マレーシアは世界有数の多民族国家で、マレー系(約65%)、中華系(約24%)、インド系(約8%)の、大きく3つの民族が共存している。彼らは共存しているものの、それぞれの民族で独自の文化、生活様式を守り暮らしている。
例えば公用語はマレー語だが、中華系の公立学校では中国語が、インド系の公立学校ではタミル語が教授言語となっている。いずれの学校でもマレー語は必須教科であるが、同じ国民であっても小さい頃より民族別に異なる教育を受けているのだ。
宗教もイスラム教を国教としているが強制ではなく、各々が信じる宗教を信仰できる。ある種自由で、ひとつの国にモザイクのような生態系を形成している。
しかし、民族間に歴然とした経済格差があるのも事実だ。マレーシアで最も豊かなのは中華系であり、有力な経済人のほとんどが華人で占められている。彼らは中国や香港、シンガポールなどのチャイナネットワークを活かし、グローバルな収入源を持つことが特徴だ。
一方、最も経済的に貧しいのは過半数を占めるマレー人で、一人当たりGDPは華人の2/3程度。政府はマレー人優遇政策「ブミプトラ政策」を導入し、国立大学への入学、公務員の採用、租税の軽減などの優遇措置を施しているが、経済面での華人優勢は変わらない。
キャリア面にも少なからず影響があることは確かだろう。
民族間の「見えない壁」が、自由な海外へと駆り立てる理由のひとつかもしれない。
異文化を吸収してきた歴史が作る「新しいもの」への免疫
マレーシアという国がたどってきた歴史もユニークだ。マレーシアは海上交易の要所、マラッカ海峡に接することから、古くからヨーロッパや中国、インド、イスラムの商人が行き来する異文化のるつぼであった。
16世紀にはポルトガル、17世紀半ばからはオランダ、そしてその後イギリスと、その時代の欧州列強の支配下に置かれ、それぞれの影響を受けてきた。
何百年もの間、多くの国や文化を受け入れてきたマレーシアは、「異国」がすぐ側にあることに当たり前の環境にある。新しいものや異文化に対する免疫が、数百年の間に定着していることも、「外向き」のベースになっているのかもしれない。
人材流出を防ぐためには
もしマレーシア人が「希望通り」にどんどん外国へ移住してしまったら、国は人材の流出という大きな問題を抱えることになる。特に、スキルの高い有能な若者が出て行くことは、国力の衰退に直につながる。
ランスタッドのマレーシア・シンガポール支店代表のジャヤ・ダス氏は「在マレーシア企業は、雇用を含めた魅力ある労働環境を作り、頭脳流出を回避する努力をする必要がある」と述べている。
そのためにはハイテクを取り入れた産業を増やし、新しい技術開発やスキル取得の機会を生み出すことが重要だ。また、キャリアアップや昇進の機会が等しく得られる、風通しの良い風土も必要である。
それらが揃えば人材流出の機会は減る可能性は大いにあるし、地元企業への雇用も定着するだろう。
マレーシア企業がマレーシア人に選ばれるためには何をすべきか。今後の対策が期待される。
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)