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いまでこそ、楽天市場やAmazonで買い物をするのは当たり前になったが、2005年という黎明期からEコマース(EC)の事業を開始し、様々な事業を起ち上げながら15期連続で増収増益を続ける企業がある。それがイングリウッドだ。
創業者でCEOを務める黒川隆介氏が大学卒業後、2004年にスニーカーをアメリカからエクスポートする個人事業をはじめ、2005年に法人化したイングリウッドは、以降15期にわたって増収増益を続け、現在は100人近い社員を抱えるまで成長している。
拡大を続けるEC市場では、Amazon、楽天市場、Yahoo!ショッピングといったプラットフォームに出品すれば、買い手は自然と集まると考えがちだ。しかし現実はそうではない。変化の激しい業界のなかでこれまでどのように事業を成長させ、これからどのように事業を展開するのか。黒川氏に話を聞いた。
拡大を続けるEC業界でtoC/toB事業の両方を展開。海外にも進出
黒川氏:創業した際の事業は世界各国から商品を仕入れ、日本で卸やECを通じて販売するセールスの事業です。それに付随して、世界中の新しいブランドをどんどん開拓して、日本の独占販売権を取るライセンスの事業も続けています。
直近数年では、中国を中心に海外で商品を売る「越境EC」で成果が上がり始めています。わたしが知る限り、越境ECで成功している日本の企業はあまり多くはありません。また創業以来、お客様に商品を売るtoCの会社としてやってきましたが、2011年ごろからはtoB、つまり法人向けの事業もはじめ、日本では業界のなかでも上位の規模に成長しています。
法人向け事業と聞いて、すぐにはイメージはしづらいかもしれません。クライアント企業様のEC販売プロセスにおいて、デジタルマーケティングのクリエイティブ制作から運用、サービス開発/運用、フルフィルメントまで、すべてを請け負っています。これまでに700社以上を支援した実績があります。
営業の担当者がいませんので、基本的には、ご連絡をいただいた会社の中から、私たちが支援をして伸びていく可能性のある企業と一緒にやっていくというポリシーを持っています。
AIを活用した「1on1接客」の効率化・最適化への挑戦
黒川氏:ハンガリー、カナダ、イタリアから3人の非常に優秀なサイエンティストが入社してくれました。現在我々が持つ顧客データの規模は、300万人を超えますが、それぞれ所得も、生活習慣も、趣味も、好きなものも違います。人によって、傾向はすごく変わってきます。
顧客のデータを読み解いて、適切なタイミングで、適切なビジュアルで、適切な商品を伝える。セールのときだけ商品を買う人もいれば、定価でしか買わない人もいます。朝になると積極的に買い物をする人もいます。
メールを送ったり、LINEでメッセージを送ったり。それぞれの傾向に基づいてアプローチの時間を変えたり、キービジュアルを変えたり。一連の作業をすべて自動化していますが、こうした「1on1接客」をさらにブラッシュアップしていこうと、研究開発を進めています。
創業時、資金に余裕のないことが早期EC事業開始のきっかけに
黒川氏:アルバイトで貯めた30万円の自己資金でスタートしたので、店舗を持つ余裕がありませんでした。だから、インターネットで売るしかありません。店舗を持つ資金があれば、店舗を持っていたのかもしれません。
当時、ナイキのスニーカーが爆発的な人気で、アメリカと日本の価格差も大きかった。スケーターのためにナイキがつくったSBというシリーズがはやっていて、60ドル(2012年4月1日のレートで5000円弱)から80ドルぐらいでアメリカから買ってくれば、日本で2万円ぐらいで売れました。レアなスニーカーは8万円から10万円ほどの値段がつくものもありました。
黒川氏:アメリカの西海岸や東海岸は、日本人がたくさんいました。だから、ぼくらはアメリカの内陸の地方都市で、スケートショップを回っていました。全米を開拓したら、そのあとは、ヨーロッパ、香港、ドバイと回りました。
いいものがあれば、どこにでも出かけていって、しっかりとコネクションをつくって商売につなげるのが、イングリウッドならではのやり方です。当時のEC業界を振り返ると、ぼくらだけでなく全業者が素人のようなものだったと思います。
ECなんて絶対に売れないという人も多かったのですが、ぼくらは「絶対に売れる」と言い続け、その分努力をしました。
まだ、ガラケーの時代でしたが、写真の撮り方、商品の見せ方、制限のある文字数で何を伝えるか――。どうやってお客さんにクリックをしてもらうか、そればかり考えていました。
楽天やヤフー、Amazonだけでなく新しいプラットフォームが出るたびに、そこに商品を出し、全てが試行錯誤の繰り返しでした。当時、靴の業界はIT化が進んでおらず、だからこそ、テクノロジーで勝負すれば、必ず1位が取れると考えていました。
マーチャンダイジングの観点では、ぼくらは独占に非常にこだわっています。同じような商品を半額で売られたら、我々の商品はまったく売れなくなってしまいます。いかに、そういうことをされない仕組みをつくっていくか、ものすごく勉強をしています。
売れているものについては、独占権を取りに行く。供給量はある程度決まっていたので、極端に言えば、全部買えばいいという意気込みでした。実際のところ、無理をしながら全部買っていた時代もありました。
2011年、toB事業を開始。個人向け販売事業と並ぶ会社の中核事業に成長
黒川氏:当時、ECで法人向け事業を手掛けている会社は、ウェブサイトの制作会社が多かったです。実際の商品販売を知っている私たちが長年取り組んでいる、データやテクノロジーを活用した販売ノウハウを基に参入すれば、圧倒的な1位が取れると思って進んできました。
イングリウッドには営業がいません。実は、ある特定の領域で販売実績としてNo.1になると、業界を調べている販売業者や、プラットフォームのコンサルタントからの紹介により、クライアントが自然に来てくれます。1位になれないと、営業をして仕事を取らないといけないから大変なんです。だから、No.1を取りに行ける分野はどこか、どうやってNo.1を取りに行くかにこだわってきました。
反対に、チャレンジはしてみたけど撤退をした事業もたくさんあります。テレビショッピングは、ECと違って、中核の顧客層として60代〜70代が多いんです。さまざまな試行錯誤はしてみたんですが、負け続きでした。プロゴルファーのマネジメント会社をやってみたこともあります。
ECプラットフォームは市場をつくっていくパートナー
黒川氏:プラットフォームは、我々のような事業者の集合体です。事業者がいなければ、プラットフォームは成り立ちません。彼らにとっても、事業者の存在が重要なんだと思います。しかし、長期にわたってしっかりと結果を出せる事業者は少なく、逆にいえばそのような事業がノウハウを広く提供することは、プラットフォーマーとしてもWin-Winの関係になっていると考えています。
大手プラットフォーマーの担当者は、週に1回ぐらい、うちの会社に来てくれて、今度こんな施策を始めようと思っていますが、事業者にどんな影響がありますかといった相談を受けることも多くなりました。一緒に市場を作っていく、パートナーのような存在に感じています。
黒川氏:一般の方にどこまで実感があるかはわかりませんが、実はプラットフォームごとに特徴ははっきりしています。ファッションは楽天が強く、Amazonは生活雑貨に強い。楽天市場は30代〜50代の女性たちがとても強い。彼女たちが日本の経済を支えているのだと思っています。一方で、Amazonは、所得の高い男性が、生活雑貨をたくさん買います。
毎月ティッシュペーパーを買うとか同じものを買うのであればAmazonでいい。客層も客の消費行動もまったく違うので、どの商品をどのモールで売るか、というのは、ものすごく重要です。
ECは、プラットフォームに商品を掲載すれば売れるように思いがちですが、それだけではまったく売れません。実は、手間ひま、たくさんの細やかな工夫が必要です。商品を仕入れるチーム、写真を撮って制作に携わるチーム、システムを運用するチーム、顧客対応のチーム、フルフィルメントのチームなど、膨大な人たちが関わります。
大手であっても成功するのは簡単ではありません。すべての商品が売れることはありませんから、いかに売れる商品を売れるタイミングで確実にブーストさせるか、に注力したほうがいい。
ある程度しぼりこんで、売れるようになったら、問題点も見えてくる。問題は一つひとつ解決し、横展開していく。これを地道にやっていくのがECの本質だと思っています。
このように、15期連続で増収増益を続けるイングリウッドの秘訣は、絶対にNo.1をとるための細部にこだわった競争戦略やパートナーとの関わり方、そして新領域への挑戦などから垣間見ることができるだろう。
例えばtoB事業でいえば、新たに開始してから現在に至るまでに個人向け販売事業と並ぶ中核事業にまで成長しているが、これは新領域での挑戦が結果に現れている。さらに、営業をせずクライアントから相談がくることに関しては、No.1戦略から生み出せる状態であるだろう。そして、AIを活用した1on1接客など最新のテクノロジーを活用した次なる挑戦も進行しており、今後の事業展開にも注目だ。
文:小島寛明
写真:西村克也