「吸引力の変わらない、ただひとつの掃除機」

ダイソンをこのキャッチコピーで憶えている人も多いだろう。最近、家電量販店などに行くと「羽のない扇風機」が並んでいる。これもダイソン製だ。

最近では、電気自動車事業への参入も発表。独自の技術を結集させ、2020年までの開発を目指すという。

ダイソンは、人々を驚かせる様々なプロダクトを手がけてきた、英国が誇る世界的メーカーだ。

エンジニアはデザインを学ぶべきだ

ダイソンは、1993年にジェームズ・ダイソン氏によって設立。2016年には全世界の従業員数は7,000人にまで成長した。ダイソンの製品は斬新で、機能美で、一度見たら忘れらないデザインだが、実はダイソンの中にはデザイナーがおらず、3,000人のデザインエンジニアがその役割を担っている。

「デザインを学んだエンジニアは、非常にクリエイティヴです。デザインを学んだことによって、製品全体を見る目が養われ、製品がどう使われ、誰に使われるかを考えられるようになっていますから。

デザインについて学んでいないエンジニアは、技術のことばかり考えてしまう傾向があります。デザインを学ぶと、全体的なコンセプトを把握し、製品全体を理解できるようになります。」

ジェームズ・ダイソン氏がこう語るように、ダイソンではデザインとエンジニアリングの両方の視点を持つことを重視している。

ダイソンは、日常生活における課題をエンジニアリングや新しいテクノロジーで解決することが重要であり、エンジニアは最も有益でエキサイティングな職業のひとつであると主張する

エンジニアリングの能力を身につけることが重要であるにも関わらず、英国ではエンジニア不足が深刻な社会課題となっている。英国のエンジニアリング職への就職者数には、毎年69,000人の不足が出るという

未来のデザインエンジニアを育てるために

エンジニアがいないのならば、育てればいい。ダイソンは、デザインエンジニアリング分野の教育を支援するために、様々な取り組みを行ってきた。

2002年にジェームズ・ダイソン財団を設立し、無償での教育資源の提供や、ワークショップを開催。2006年に開始した国際エンジニアリングアワード「ジェームズ ダイソン アワード」は、現在では22か国で開催するまでに至った。

近年では次世代のエンジニアとプロジェクトリーダーを養成するため、インペリアル・カレッジ・ロンドン (Imperial College of London) にダイソン・スクール・オブ・デザイン・エンジニアリングを開校している。

英国で開始した財団の活動は世界各国に広がり、2016年に日本でもジェームズ ダイソン財団ジャパンが設立、東京大学教授の山中 俊治氏が代表理事に就任した。

ダイソンが大学をつくり、デザインエンジニアの本格育成に乗り出す

2020年までにエンジニアを現在の倍に増員することを掲げているダイソンは、2017年に新たな一手を打った。

それが2017年9月に開校した、「ダイソン インスティテュート オブ テクノロジー(Dyson Institute of Techonology)」だ。

同校では、大学レベルのエンジニアリングを学べる教育プログラムに加え、ダイソンの研究開発キャンパスで、ダイソンのエンジニアと共に実際の研究開発にも従事する。 

学生は在籍期間中の4年間、給与が支払われ、卒業後にはダイソンに入社する予定だ。入社後は、大学卒業生と同等の給与支給が見込まれているという。ダイソンは今後5年間、同校に1,500万ポンド(約27億円)を投資することで、英国が抱える深刻なエンジニア不足の問題解決に取り組んでいく。

英国ウィルトシャー州のダイソンの研究開発施設内にある4年制エンジニアリング学位コースには、定員25名に対して850名以上の出願者が殺到、優秀な出願者が多かったため、結果的に33名を学生エンジニアとして迎えたそうだ。

出願条件は、イギリス国籍保有者、もしくはEU加盟国の国籍保有者に限られ、かつ高等教育の理系教科において成績優秀である必要があるなどの高いハードルが設けられた。

企業が、国の深刻なエンジニア不足問題を解決しようとする取り組み

ダイソンは大学設立を通じて、英国の深刻なエンジニア不足を既存の教育システムに依存することなく、自ら解決することを狙う。優秀な人材を育て、自社で雇うために囲うという目的もあるが、より大きな理念を掲げ、大学経営に乗り出すことを発表している。

そのようなジェームズ・ダイソン氏の思想は、開校を発表した時の言葉からも読み解けるだろう。

「英国は深刻な大卒エンジニア不足に陥っており、科学、テクノロジー、エンジニアリングが脅かされています。学生エンジニアたちは学業を進めながら、世界をリードする現役エンジニアのそばで新しいテクノロジーを開発し、実際に製品を生みだし、それらはやがて世界中の家庭で利用されるようになるでしょう。

学生がこれからの4年間でどれほど素晴らしいことをやってのけるのか、それを見るのを楽しみにしています。そして、彼らがその後長くダイソンで働きたいと思ってくれることを期待しています」

英国の深刻なエンジニア不足は、変化の激しい時代において、学校教育がそれに追いついていないことの現れだ。ただ、既存の学校教育に実践的なスキルを身につけた人材輩出を頼り切り、手をこまねいていても状況は変化しない。

時代を創り出すリーダー企業が、人を育てる時代が近づいている。

img : Dyson Institute, Dyson