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イギリスの大学評価機関クアクアレリ・シモンズ社(Quacruarelli Symonds)がこの6月、「QS World University Rankings® 2020」(QS世界大学ランキング2020/2019-2020年版)を発表した。
世界中のトップ校1,000校を格付けしたものであり、客観評価指標として世界でも注目度が高い。格付けするにあたり、QSでは以下の6つの指標を用いている。
- Academic reputation:40%
- Employer reputation:10%
- Faculty/Student ratio: 20%
- Citations per faculty:20%
- International faculty ratio: 5%
- International student ratio 5%
高等教育、アカデミックに属する約94,000名にQS独自の調査を行ったもの。指標の約半分を占める。
卒業生に対する雇用者からの評判。QSが45,000件のアンケートをもとに評価。
学生一人当たりの教員の数で、教育能力を示す。
2013~17年の5年間に各大学の研究論文が引用された数を、大学の教員数で割ったもの。その大学の研究の影響力を図る。
外国人教員の比率。国際化を図る指標。
留学生の比率。国際化を図る指標。
アカデミックの勢力図、高まるアジアの存在感
それではトップ20をみてみよう。( )は2018-2019年版
1(1→) マサチューセッツ工科大学(米国)
2(2→) スタンフォード大学(米国)
3(3→) ハーバード大学(米国)
4(5↑) オックスフォード大学(英国)
5(4↓) カリフォルニア工科大学(米国)
6(7↑) チューリッヒ工科大学(スイス)
7(6↓) ケンブリッジ大学(英国)
8(10↑) ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(英国)
9(8↓) インペリアル・カレッジ・ロンドン(英国)
10(9↓) シカゴ大学(米国)
11(12↑) 南洋理工大学(シンガポール)
11(11→) シンガポール国立大学(シンガポール)
13(13→) プリンストン大学(米国)
14(14→) コーネル大学(米国)
15(19↑) ペンシルベニア大学(米国)
16(17↑) 精華大学(中国)
17(15↓) イェール大学(米国)
18(16↑) コロンビア大学(米国)
18(22↑) スイス連邦工科大学ローザンヌ校(スイス)
20(18↓) エディンバラ大学(スコットランド)
トップ10を米国、欧州の大学が占めるのは想像に難くなく、あえて語る必要はないだろう。注目したいのは、11位で同列に並ぶシンガポール、順位を上げた中国の大学を含むアジア圏の大学の動向である。
過去3年間で見てみると、11位の南洋理工大学は12←11←13位(2019~2017年以下同様)、同位のシンガポール国立大学は11←15←12位、16位の精華大学は17←25←24位。
さらに21~100位をみてみると、80校中、日本は5校、中国5校、香港5校、韓国5校、マレーシア1校、計21校がランクインしている。つまり、約25%がアジア圏なのである。
約50%の大学が順位を上げており、中国で最も歴史がある大学のひとつである浙江大学などは、2012年170位から2016年に110位、2020年に54位と驚異的なスピードで上位に入ってきている。
欧米で占められていたアカデミックの勢力図にアジアが食い込み始めているといえないだろうか。この動きの背景をシンガポール、中国、マレーシアを例に探ってみた。
安定的な実力をてこにさらに上を目指す――シンガポール
シンガポールが過去数十年でリサーチ&イノベーションにおいて世界のリーダーとなりつつあることに異論をはさむ人はいないだろう。
外資誘致、資金調達への利便性、整った技術的インフラ、豊富な高スキル人材など、国策として推し進めてきた結果が着実に実を結んでおり、IMDの世界競争力ランキング2019年ではトップ、世界経済フォーラムでの世界競争力ランキング2018年でも2位になっている。
南洋理工大学では、アリババやBMW、シンガポール・テレコムなどとジョイント・ラボラトリーを展開しており、学部別ランキングで南洋理工大学は材料工学で3位、シンガポール国立大学は土木工学で2位、工学系に安定的な実力をみせるのもうなずける。
2018年に新たに350人のフェローシップをサポートするほか、大幅に教職員、教授ともに増員すると発表。2021年までにはアジア最大の木造建築の完成を目指す。
QSのリサーチ・ディレクターのBen Sowter氏もシンガポールはQSランキングのなかでも、高等教育システムにおいて最も成功している国であり、ランク入りしている他のアジア圏の大学と比べてランクを下げず、“一貫して着実に進歩”している唯一の国であると説明する。
南洋工科大学の新施設「Learning hub」。英国の3次元デザイナー、トーマス・ヘザーウィック氏による
頭脳流出から流入へ――中国
中国では、大学を取り囲む環境に目を向けてみたい。過去、中国では優秀な自国の学生が海外の大学で学びそのまま海外にとどまるという「頭脳流出」がたびたび取り上げられていたが、どうやら風向きが変わりつつあるようだ。今、中国は国際化に特に力を入れており、海外からの学生にとっても魅力のある国になっている。
その施策のひとつが中国―海外のジョイントベンチャー大学である。アメリカのデューク大学と武漢大学がジョイントした昆山杜克大学や、英国のリバプール大学と西安交通大学の西交利物浦大学のほか、アメリカのキーン大学、ニューヨーク大学が中国にキャンパスをオープンさせている。
英語ネイティブの学生は言葉で不自由することなく学業を続けながらキャンパスの外で東洋文化に触れることで、異国の理解を深めることができる。その経験を今後、成長が見込まれるアジア・パシフィック圏へのキャリアパスの足掛かりにすることができる。
中華人民共和国外交部によると、2016年に44万人の海外留学生が学んでおり、2012年比で35%増。2020年までに中国で学ぶ海外留学生の数は少なく見積もっても50万人といわれている。欧米がアジアプレゼンスを示そうと中国で経済・教育に投資をすることで国際化の環境が整い、それが国際教育のハブとしての地位を築きつつある。
驚異的な大躍進――マレーシア
トップ100では一校であるものの、大躍進したアジア圏といえばマレーシアだろう。70位のマラヤ大学(Universiti Malaya)の過去三年間の推移は87←114←133位。
トップ200まで広げれば、160位のマレーシア国民大学(Universiti Kebangsaan Malaysia)184←230←302位、159位のUniversiti Putra Malaysiaは202←229←270位、165位のUniversiti Sains Malaysiaは207←264←330位とその躍進ぶりがよくわる。
国際化ではシンガポールなどに比べて遅れはとっているものの、マラヤ大学は先に述べた評価指標のうち「Academic reputation」「Employer reputation」「Faculty/Student ratio」で高い評価を受けた。
政府の予算カットなどにより外国人教員の比率で評価を下げたが、大学の根幹である学術基礎をさらに強固なものとし、国際的な連携、リサーチや企業とのパートナーシップなどを強化することで、ランキングはおのずと上がっていくものと見ている。
今回、165位に入ったUniversiti Sains Malaysiaも、QSランキングはパラメータであり、ランク入りが目的化すべきではないとしている。
台頭するアジア圏での日本の課題は
アジア圏の大学の躍進は、ここ最近の顕著な動きではなく、予測していたことが現実になりつつあるといったほうが正しいだろう。
ウェブ専門誌『University World News』が2015年に「高等教育の第三の拠点として台頭するアジア」という記事を発表している。
その記事によると、CECDパリ本部の事務次長シュテファン・カプフェラー氏は「今後50年で経済パワーバランスはアジアにシフトする。パワーバランスと並行して高等教育が移行していくことも当然考えられる」と発言。現状のままで推移していくと、アジア圏で高等教育を終えた学生の数は驚異的に増えていくだろう。
第三の拠点としての地位を確立するための課題は、いかに欧米の高等教育と差をつけるかだとヨーロッパ大学協会のRolf Tarrach氏はいう。「西洋の高等教育システムのコピーとならず、イノベーションに焦点を当てることが成長の機会となる」と指摘する。
最後に、日本の大学の状況について述べる。1000校でのランクインは41校(シンガポール3校、中国42校、マレーシア20校、韓国30校、香港7校)。国土の広さから近隣諸国との比較は難しいが、東京大学(22位)をはじめ、学術機関として高い評価は受けており、アジア圏において学術プレゼンスは高い。
しかし、杞憂するのが41大学のうち24が順位を落としていることだ。主たる原因は国際化の遅れだ。近隣国のスピードが速すぎて、大きく水をあけられている。
2008年に「留学生30万人計画」を策定するなど国際化の道筋をつけ、2020年までに達成に近づくとしているが、学部段階での受け入れの環境整備、海外における日本の大学のプレゼンス、留学経験者フォローアップに課題があると文部科学省は説明している(「ポスト留学生30万人計画を見据えた留学生政策」の資料より)。さらに、国からの研究資金もここ10年以上停滞しているのも大きい。
ノーベル化学賞を受賞した白川英樹氏が自国語で考え、学ぶことの大切さを説いている。東京大学が高い評価を受けているのは、白川氏が言っているように「生活と学問の言葉を同じくして、深く核心をつく考えを身に着ける大切さ」を育んできたからに他ならない。
一方で、QSランキングで他国と大きく差がつけられているのもまた言葉の壁である。この相反する課題のどちらにも、同じ熱量で取り組んでいかなければならない。
文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit)