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――“Data is the new oil.”(「データは新しい石油だ」)
ビッグデータの可能性を予見したこの言葉が2006年に生まれ、10年以上が経った。新時代の「石油」であるデータを掘り起こし、精製するために欠かせない存在となったのがAIだ。
あらゆる業界がビッグデータやAIの活用に乗り出している一方、実際に価値を生み出す事業を創出できる企業がほんの一握りであることも事実だ。
多くの企業が勝ち筋を模索する中、レガシーな印象が根強い旅行サービスで「ビッグデータ×AI」を掲げ、急成長を遂げているスタートアップが株式会社attaだ。宿泊予約サービス「atta」を提供する同社は、2018年3月の創業から1年足らずで計2.5億円の調達に成功するなど高い期待を寄せられてきた。7月4日に「atta」が本リリースを迎え、サービスの全容が明らかになったばかりだ。
attaはいかにしてビッグデータとAIを事業に落とし込み、旅行業界をアップデートしようと試みているのだろうか。代表の春山(はるやま)氏に話を聞いた。
- 春山 佳久
- 新卒で電通に入社。Google、起業を経て、Huluの日本事業の立ち上げに参加。その後参画した航空券予約大手のSkyscannerで北アジアマーケットの責任者を務め、日本法人の設立を牽引。洋菓子製造販売 BAKEのCOO・海外事業責任者を経て、2018年3月にatta(旧社名:WithTravel)を創業し現在に至る。
ビッグデータ×AIで、安く泊まれるタイミングを「予報」
―「atta」は2019年3月のベータ版を経て、今年7月に本リリースされました。改めてサービスの概要を伺えますか。
春山:ホテルや旅館、民泊や別荘といった様々な宿泊施設を一括で検索・比較できるサービスです。旅行サイトを横断的に検索して、最適な宿泊施設と予約プランを提案します。いわゆるメタサーチ(横断検索)と呼ばれるものですね。世界中218か国・地域の63万軒の宿泊施設の情報を掲載していて、ベータ版の時点で月間約10万ユーザーを記録しています。
―ビッグデータとAIを活用することで、どのようなことが可能になったのでしょうか?
春山:7月にリリースした本サービスは、安く宿泊予約ができるタイミングを予測・提案できるようになりました。宿泊施設は同じ日に同じ部屋に泊まっても、予約のタイミングで料金が変動します。
attaはAIが値下げのタイミングを予測し、各宿泊施設の最安プランが今よりも安くなる確率を提示し、実際に料金が下がったタイミングでスマートフォンにリアルタイムに通知を送ります。このようにして、幅広い宿泊施設を比較検討しながら、よりお得に宿泊予約ができるようになります。
―安く泊まれるタイミングを「予報」するわけですね。サービスを着想した背景を教えていただけますか。
春山:技術面では、旅行業界の特性がAIにマッチしていました。値下げ予測のアルゴリズムには機械学習を採用していますが、機械学習は大量のデータ収集ができることと、毎日答え合わせのできる環境が必要です。ウェブ上で宿泊価格が毎日更新される旅行業界は、条件が揃っていました。
また、旅行業界がデータを有効活用できていないことはSkyscannerに在籍していた頃から感じていました。僕自身、「旅行業界はビッグデータを使えばもっと面白いことができるだろうな」とずっと構想していたんです。
実際に、現状の旅行サービスは旅行日程やサービス側が売りたい商品に沿った提案がなされる状況が何年も変わっていません。そこで、ユーザーの関心を把握し、旅行サービスの検索結果をパーソナライズできないかと考え始めたのです。
10年間「予約サービス」から変化なし…停滞してきた旅行サービス
―旅行サービスは数年にわたってアップデートが停滞していると。その背景には何があるとお考えですか?
春山:旅行サービス側と宿泊施設側、それぞれに事情があります。
前者について、既存の旅行サービスは「的確に予約ができること」が重視されてきたことです。それはユーザーが予約の機能に対して利便性を感じやすいことはさることながら、toB課金のビジネスモデルも要因にあります。旅行サービスは、宿泊施設や航空券の予約が成立した時点がマネタイズポイントです。
そのため、大手の旅行サービスであっても予約までのプロセスを改善することに多大なリソースが割かれてきたのです。
スマートフォンが生まれて10年ほど経ちますが、まだまだスマホファーストのUI/UXを設計していないサイトもあります。世界的に有名な旅行予約サービスでさえ、スマホがリリースしたタイミングのサイトデザインのままで、10年間ほぼ変化がないところもあります。
―後者の、宿泊施設側の事情についてはいかがでしょうか。
春山:宿泊施設向けに使えるシステムが日本と海外で異なります。独自性の高いシステムなので、外資の便利なツールが参入しても導入できない……という事態が起きています。ですが、近年は訪日旅行の需要もあり、宿泊施設側が金銭面で余裕を持てるようになりました。宿泊施設側も変わろうというムーブメントが起こりつつあります。
―2020年の東京オリンピック・パラリンピックを見据え、日本政府も旅行産業の成長にさらなる期待をかけています。旅行サービスは、まさに停滞を破る前夜なのですね。
春山:はい。現在の旅行業界は、変革を起こしやすいフィールドだと思います。最近は予約サービス以外のスタートアップも増えてきました。成長率の高いマーケットなので、特にシードに関しては資金調達がしやすいのではないかと感じています。
「旅行×ビッグデータ×AI」世界で戦える事業の思考法
―確かに、2018年にメルカリやCASHの運営会社が旅行事業を立ち上げたニュースも記憶に新しいところです。一見すると旅行事業はレッドオーシャン化しているようにも思えますが、株式会社attaは様々なスタートアップ支援プログラムに採択され、高い評価を受けています。その理由はどこにあるのですか。
春山:やはりデータですね。アクセラレータプログラムのピッチでも、attaが集めている旅行に関するビッグデータを見せています。集めた膨大なデータをどう料理するかが僕らの課題なので、そのための支援を求めているところです。
ベンチャーキャピタルは様々な業態に投資していますが、「旅行×ビッグデータ×AI」を組み合わせたスタートアップは海外を含め、ユニークだと思います。
―データと事業の独自性が武器になるのですね。しかし、先例が少ないとなると投資家としては懸念材料になりませんか。事業の成長性は、どのような点で認められているのでしょうか。
春山:3つ理由があります。1つは、宿泊以上のレッドオーシャンで、ビッグデータを武器にマーケットを変えた先例があることです。格安航空券の買い時をビッグデータとAIで予測・通知する「Hopper」というサービスは、3年間で3,000万ダウンロードを記録しています。
航空券と比較すると宿泊施設の検索は言語や地域性のカベがあるので、外資系のサービスが参入するのは容易ではありません。加えて、旅行者の満足度を最も左右するのは宿泊施設だというアンケート調査もあります。こうした理由から、宿泊検索サービスでビッグデータとAIの可能性を感じさせるには十分といえます。
2つ目は、ターゲットを日本国内だけでなくアジア全体を前提として事業展開をしていることです。attaはローンチ当初から日本語版/英語版を提供していて、日本のみならず、東南アジアからも多くのアクセスがあります。これから経済成長が見込まれる地域でユーザーを伸ばしているため、日本市場の縮小に耐えうる事業になります。
―では、3つ目の理由は?
春山:これもまた、データです。集めたデータが、新たなビジネスを構築できる可能性も評価されたのではないかと考えています。
例えばBtoB向けのサービスとして、企業向けの出張予約システムにデータを提供して宿泊料が高騰する時期を知らせたり、受験期間中の大学周辺にあるホテルの混雑状況を予測したりと、現状のBtoCサービスに限らず活用の幅を広げることができます。
また、旅行業界はとにかくマーケティングコストがかかる業界ですが、データを活用することができれば旅行を検討しているユーザーに継続的に接触をはかることができます。マーケティングコストの最適化を狙えるだけでなく、取得したデータをもとに施設への集客を行うなど、旅中(たびなか)・旅後(たびあと)への展開も見据えることができます。
旅行サービス、次なるブルーオーシャンはニッチ領域
―最後に、旅行サービスの「次のブルーオーシャン」がどこにあるか、見解をお聞かせください。
春山:旅行業界のビジネストレンドは、ニッチを攻めることです。例えば旅行先での後払いサービスや、クレジットカードを活用した外貨両替サービスなど、旅行中の細かな面倒ごと(=ペイン)を解消するツールやサービスが盛り上がるのではないでしょうか。Webを介してプロダクトをグローバルに広げやすいので、尖った機能を提供しても一定数のユーザーを確保しやすく、企業価値を高めやすいのです。近年は大企業も積極的にサービスを買収しているので、ユーザーを惹きつけることさえできれば、事業には様々なExitの仕方があると思います。
―実感のこもったお言葉です。近年のテクノロジートレンドとの掛け合わせについてはいかがでしょうか。
春山:ブロックチェーンはありえるかもしれませんね。前例はありませんが、僕たちも旅行サービスとブロックチェーンを絡めて活用したいと考えています。また、MaaSと宿泊検索も親和性があります。例えば終電を逃したあと「どこまでタクシーに乗って、どこで宿泊すればいいか…」をワンストップで提案するなど、観光に限らない連携の仕方があると思いますね。
取材・文:中山明子
写真:西村克也