脱炭素社会の実現に向けて、建築業界に新たなルールが定められようとしている。2028年、日本では建築物の環境負荷を可視化する「LCA(ライフサイクルアセスメント)算定」が制度化される見込みだ。これまでの建築物はデザインや性能、価格といった要素で評価されてきたが、これからは“CO2の削減”という新たな評価軸が加わる。

この大きな転換点にいち早く対応し、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の観点から全社をあげて取り組むのが住友林業グループだ。新たに建築業界に課せられるLCA算定の意義と、脱炭素社会の実現に向けた同グループの取り組みを、住友林業株式会社 木材建材事業本部の鈴木 俊一郎氏と谷口 久章氏に取材した。

エンボディドカーボンが新たな評価基準に

2028年に制度化される見込みの建築物のLCA算定により、CO2の排出量が評価される時代が到来する。この制度化に先駆け、住友林業では「Mission TREEING 2030」を掲げ、脱炭素化に向けた全社的な取り組みを加速させている。その中核を担うのが、住友林業グループのバリューチェーンである「WOOD CYCLE(ウッドサイクル)」だ。

「ウッドサイクル」とは、森林・木材・建築・エネルギーの各事業が連携し、木材資源の循環を通じて脱炭素社会の実現に貢献する枠組みである。適切な伐採と植林を繰り返す持続的な林業と、それを支える木材製品の製造流通や木造建築の普及により、社会全体のCO2排出削減に寄与する。

参照:住友林業グループの脱炭素事業

現在、国土交通省を中心に「建築物LCA制度検討会」が行われており、まずは延床面積5,000平方メートル以上のオフィスビルを対象とした算定義務化が素案として提示されているという。

谷口氏「現在は、オペレーショナルカーボンと呼ばれる建築物の利用や暮らしのなかで発生するCO2の削減は積極的に行われています。それに加え、LCA算定によりエンボディドカーボンという建築物を構成する各部材・設備の製造・施工・使用・解体まで含めたライフサイクル全体で発生するCO2の可視化と削減が求められるものです」

住友林業株式会社 木材建材事業本部 谷口 久章氏

鈴木氏「制度化は2028年からの予定ですが、感度の高い企業はすでにLCA算定に取り組んでいます。開示義務やESG投資の観点から、大手のゼネコンや設計事務所が先陣を切って動いている状況です」

欧州ではすでにLCA算定が義務化されており、オランダをはじめ複数の国では制限値も設定されている。

LCAの国際規格に対応。「One Click LCA」の導入

住友林業はLCA算定を業界に浸透させるため、2022年にフィンランドのOne Click LCA社と日本国内での単独代理店契約を締結し、LCA算定ソフトウェア「One Click LCA」の普及に努めている。同ソフトウェアは170カ国以上で使用されており、国際規格に準拠したLCA算定を可能にするものだ。

鈴木氏「我々は、国際規格への準拠やグリーンビルディング認証への適合、BIMデータとの連携などを重視しています。One Click LCAを使えば、日本の建築物の価値を国際的にも通用するかたちで可視化できるのです」

住友林業株式会社 木材建材事業本部 鈴木 俊一郎氏

今のところ、日本では5,000平方メートル以上のオフィスビルに限定されるが、欧州では2028年に1,000平方メートル以上、2030年以降はすべての建築物のLCA算定が義務化される見込みだ。日本でも将来的には戸建て住宅を含めたLCA算定の義務化も十分にあり得るため、長期的な視点での対応が求められる。

谷口氏「建築物の環境負荷を可視化した先には、CO2の削減につながらなければ意味がありません。将来的にはCO2排出量の上限値が決められ、その基準を越える建築はできないという規制が進むことが予想されます」

現状、CO2の削減に取り組むことは、業務負担や資材価格の高騰など、コスト面での課題が伴う。しかし、鈴木氏は「コストの増加は初期的・一時的なものであり、CO2の削減とともにあらゆるものが削減されて最適化されていくだろう」と前向きに捉えている。

鈴木氏「One Click LCAの導入にも一定のコストはかかりますが、LCA算定による価値が認められることで新規案件の獲得につながることや、業務の効率化など、成功例を積み上げています。そして、今後はCO2削減のフェーズに向かうでしょう。多くの企業が2030年までに達成したいCO2削減量の目標値を掲げており、当社はその後押しをしてまいります」

建築業界には、デベロッパー、ゼネコン、サブコン、メーカーまでを含むサプライチェーン全体で、LCAを軸とした環境対応を迫られる時代が近づいている。

木材が切り拓く、持続可能な建築の未来

One Click LCAの導入により、CO2の可視化が可能になるが、その先にはCO2を削減するためのアクションが必須だ。そのなかで、住友林業の強みである木材の活用は大きな意義を持つ。

鈴木氏「One Click LCAは、CO2の可視化とその削減の検討に適したツールですが、削減に適した資材の有無が次のポイントの一つになってきます。その点で、我々が扱う木材は、CO2の削減に適した循環する希少な素材です。木を育て、伐り、それを建物に利用し、使った分はまた植える——。木は成長する段階でCO2を吸収し、木材となり炭素を固定し続けますこの『ウッドサイクル』を推進していくことで、CO2を減らすことができるのです。木造建築・木材製品の開発や普及は、CO2削減の要とも言えるのではないでしょうか」

谷口氏「One Click LCAでは、木材の使用量を入力すると炭素の固定量も自動的に算出されます。数値化できるからこそ、問題点が可視化され素材選定の段階で環境性能の優位性を判断できるようになります」

ただし、木材の使用拡大には課題がないわけではない。木材の伐採・流通による環境負荷を考えると、輸入材よりも国産材の利用がCO2削減においては有利に働くことが多い一方、輸入材に比べて強度が劣ったり用途が限られたりするケースもある。適切に選定・設計を行い、無理のない範囲でのCO2削減が求められる。

参照:One Click LCA デモ画面

CO2削減への取り組みが、正当に評価される社会へ

LCA算定の制度化が進めば、建築文化そのものにも大きな変化が訪れるはずだ。両氏とも「CO2削減の努力が、正当な対価へとつながる社会が必要」と口を揃える。

谷口氏「CO2の削減に積極的に取り組む建築事業者やメーカーが適切に評価され、それに見合った対価が得られる社会が理想です。そして、それに追随する企業が増えていくことが求められています。当社が提供しているOne Click LCAは、それらを支援するツールとして、業界全体に働きかけていきたいです」

鈴木氏「最終的には環境負荷を減らした建物が評価されて価値につながらなければなりません。そのためには、環境への取り組みを“わかりやすく伝えること”が不可欠です。特に海外への発信を考えた際には、国際規格への準拠が重要であり、世界的に日本市場を活性化するためにも大きな武器となります。それがOne Click LCAの提供に取り組んでいる理由の一つです。そして、当社の一連の取り組みは、日本発のサステナブルな建築モデルを世界に示すことができると考えています」

One Click LCAの導入へと踏み切った2022年には、興味を示す企業は少なかったという。しかし、そこから3年を経た現在、LCAについての理解が深まり、どう算定していくか検討段階にある企業が増えている。3年後に迫ったLCA算定の制度化に向けて、同社の取り組みやサービスは注目を増すばかりだ。

そして、環境負荷の可視化が建築物の新たな評価軸となり価値となる時代。今こそ私たち一人ひとりが、その変化に主体的に向き合うべき時である。一般生活者にとっても、長期優良住宅やZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)といった省エネ性能に優れた住宅が選択肢として広がりつつある点にも注目したい。CO2削減に積極的に取り組む企業への信頼や価値も、今後相対的に高まっていくと考えられる。

その先頭に立つ住友林業の挑戦は、持続可能な社会の実現に向けた指針となっていくだろう。

取材・文:安海まりこ
写真:水戸 孝造