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経済や産業の進化に不可欠なBtoB企業に焦点を当て、そのダイナミズムと未来における社会的価値を紐解く本企画「Social Shifter〜進化を加速させる日本のBtoB」。今回は、空間づくりを通じて企業の経営課題を解決する、株式会社船場を取り上げる。
働く場所が多様化し、リモート会議が当たり前になった今、オフィスに求められる役割は単なる「作業場」ではなくなった。企業の経営理念を反映し、従業員のエンゲージメントを育む重要なプラットフォームとなりつつあるのだ。
こうした変化の時代に、空間づくりを通じて企業の経営課題に向き合うプロフェッショナルが船場だ。彼らが手がけるのは、単に見た目が美しい空間ではない。経営理念を現実の空間に落とし込み、「使い方」や「捨て方」までデザインするのだ。
本記事では、小田切 潤社長へのインタビューを通じ、オフィス空間の新たな役割やそれを形にする船場の挑戦に迫る。

- <企業概要>
- 株式会社船場
- 1947年に創業した空間創造のプロフェッショナル企業。オフィスやホテル、商業施設など多岐にわたる空間の企画・デザインから設計、施工までを一貫して手掛ける「トータルプロデューサー」として事業を展開している。「未来にやさしい空間を」をミッションに掲げ、単なる空間デザインに留まらず、企業の経営課題を解決するパートナーとして、エシカルかつ持続可能な空間づくりを推進する
「施工力」を武器に、「捨て方」までデザインする
空間づくりにおける一般的なプロセスは、企画・デザイン・設計・施工と進む。企画・デザインはデザイン事務所が、施工は建設・内装会社が担う分業体制で進むことも多い。しかし、船場は異なる。クライアントとの対話から始まり、コンセプトの立案・デザインから実際に形にしていく施工まで、すべての工程を自社で完結させることができる。なかでも、創業から78年という長い歴史の中で培われた「施工力」こそ、同社最大の強みだと話す。
「デザインや設計は個々のデザイナーの力に依存しがちで、優秀な人は独立してしまう場合もあります。しかし、施工は組織の力なんですよ。安全性やクオリティの高さは一朝一夕には生まれない、積み重ねの歴史が重要です。78年の歴史は、その積み重ねの大きさを物語っています」
長年にわたり培ってきた施工力こそが、デザインを現実のものにする上で不可欠な要素であり、他社との差別化につながっているという。
「施工力があることで『こういう空間もつくれそうだ』と、デザインにフィードバックされ、アイデアの幅が広がるんです。本当に必要な機能とそうでない機能を精緻に判別できるから、機能美も追求できる。例えばiPhoneなどは機能を追求したうえであの美しいデザインに到達したように、船場の空間が形作る美しさもまた、確かな施工力、すなわち突き詰めた機能美に裏打ちされた結果なんです。施工力があるからデザインも追求できる、それも私たちの強みです」
さらに、船場のもうひとつの強みは、事業領域の広さだ。
「オフィスしかやらないとか、店舗しかやらないとか、特定の分野にフォーカスしている会社が多い中で、当社は多岐にわたる空間を手がけています。つまり、特化しないことが強みだととらえています」
福岡空港国際線の内装デザインに、麻布台ヒルズのオフィス施工、さらには公園などの公共施設や病院まで。一見ニッチな案件への取り組みによって、多様なノウハウを蓄積しているのだ。
売上全体の15〜20%を占める海外事業も大きな強みだ。海外での経験から得た知見は、日本のプロジェクトにも活かされている。シンガポールのラグジュアリー空間づくりを通じて生まれたデザインや、日系企業の海外進出サポートにより培ったノウハウなど、グローバルな視点とローカルな知見を組み合わせることでクライアントに提案を行うのだ。
船場の事業領域の広さは、過去の反省がきっかけでもある。
「どの会社もそうですが、強みが弱みになるときが危機なんですよ。当社はもともと商業施設や店舗が強かったがゆえに、オフィスやホテルといったほかの領域への進出が遅れてしまった時期がありました。90年代には他社と売上高が拮抗していたにもかかわらず、主力分野に固執した結果、成長領域への移行が遅れ、売上が低迷したんです。この反省から、成長が見込める分野に積極的に進出する姿勢を強めました」
積極的な挑戦の一環として、2021年には「エシカルとデジタル」を企業改革のテーマに掲げ、「未来にやさしい空間」づくりにも注力している。
「私たちが考えるエシカルなデザインとは、単なる見た目の美しさだけではなく、空間の『つくり方』『使い方』『捨て方』まで含んだ循環をデザインすることです。その一環として、自社設計の現場から出る建設系廃棄物の削減とリサイクルにも注力しています。独自に考案した8品目ごとの分別を徹底し、業界トップクラスの一次リサイクル率90%以上を達成しました」
廃棄物を新たな価値を持つ素材へと生まれ変わらせる「アップサイクル」にも積極的に取り組んでいる。従来は使い道が少なかった日本の天然広葉樹林の小径木を、机の天板に加工して活用したり、使用済のオフィス什器やマテリアルサンプルをミーティングテーブルに再利用したりと、創意工夫によって資源を循環させてきた。

単にかっこいいではなく、経営理念からオフィスのあり方を考える
現代のビジネス環境において、とくに「オフィス」に求められる役割は大きく変化している。若手人材の流動性が高まり、リモートワークが当たり前となるなか、企業は「なぜ、オフィスに出社して働くのか」に答えを出す必要性に迫られている。
「中途採用の募集数は2019年から3倍以上も増えています。20代の第二新卒や30代の人材の流動性が非常に高まっているんです。かつて常識だった『終身雇用』の考えは薄れ、人はより良い環境を求めて転職するようになりました。こうした背景から、オフィスは単なる業務の場ではなく、社員のエンゲージメントや帰属意識を高めるための重要な場に変化しています」
しかし、日本の多くのオフィスは、未だに「顧客との接点や目につく場所だけにお金をかける、旧態依然とした考え方に囚われている」と指摘する。
「アルバイト経験のある方ならわかるかもしれませんが、飲食店や百貨店の裏側にある従業員の休憩スペースは狭く、ボロボロなところが多く、顧客から見えない場所にまで投資するような考え方は、日本にはあまりありませんでした。しかし、働く人々が劣悪な環境を我慢する時代は終わりました。オフィスに投資しないと、優秀な人材は辞めてしまう。今は我々のクライアント様をはじめ、多くの企業がそうした危機感を持ち、ダイナミックにオフィスに投資するようになってきていると感じます」
企業からの依頼を受けて船場がプロデュースするのは、単に「見た目がかっこいいオフィス」ではない。企業の経営理念・経営戦略・人事戦略を丁寧にヒアリングし、現実の空間に落とし込んでいるのだ。直近では、世界最大級の組織・人事コンサルティングファーム「マーサージャパン」と連携し、エンゲージメントサーベイの結果から浮かび上がった課題と戦略を照らし合わせ、空間に落とし込む取り組みも行っている。
「私たちが行っているのは、クライアント企業の経営理念・経営戦略・人事戦略とオフィスをつなぎ合わせることです。例えば採用活動ひとつとっても、戦略を踏まえて一次面接、二次面接、最終面接のプロセスごとに、どのような空間で、どのような体験を提供するかまでストーリーを設計します。内装は企業のストーリーを体現するための具体的な手段であり、単に見栄えを良くすることではないんです」

この言葉は、オフィスが単なる「箱」ではなく、企業の思想を映し出す「鏡」であることを示唆している。そして、オフィスは外向きのブランディングだけでなく、内向きのエンゲージメントにも大きな影響を与える。
「戦略を落とし込んだ見た目のクリエイティブを先につくり、そこに社員の方が合わせていく、という逆説的なアプローチを行うと、経営理念の浸透が進みやすくなります。新しい空間が、社員の方に『これが私たちの会社だ』と認識させ、オフィスを起点に行動や意識の変化をうながすきっかけにもなるんです」
戦略を上から降ろすだけではなく、「場」からも変革を巻き起こす。それはまさに、船場が長年培ってきた「場を創る力」の真骨頂と言える。
▼オフィスプロデュースの実績
https://www.semba1008.co.jp/ja/portfolio/category/work
リアル空間の価値は「雑談」と「体験」にある
リモートワークが普及し、オンラインでのコミュニケーションも当たり前になった今、改めて定義すべきリアルなオフィス空間の役割とは何だろうか。小田切氏は、「雑談」をキーワードに挙げて説明する。
「オンライン会議は目的が明確で、時間も決まっており、効率的です。しかし、意図しない『雑談』は生まれにくい。雑談は一見無駄に見えるかもしれませんが、新しいアイデアやイノベーションの多くは、無駄なやり取りから生まれるものです。そんな余白を生み出すのが、オフィスの役割の1つだと思っています」
船場も、オフィス空間をプロデュースする際は雑談や偶発的なコミュニケーションをうながすための空間づくりを重視している。例えば、自然と人が集まる場所を意図的に作ったり、会議室の配置に工夫を凝らしたりと、緻密な設計によって人と人のつながりを創出するのだ。
さらにオフィスは今後、オンラインツールでは代替できない、リアルな「体験」を創出する場として価値を増していくという。
「GoogleマップやYouTubeで海外の景色を3Dで見られるようになったとき、『海外旅行に行く必要がないのでは?』と言う人がいました。でも実際には、それを見て『行ってみたい』と思う人が増えたんです。だから、メタバースのようなバーチャル空間が発展すればするほど、現実空間で直接人と会って話すことの価値は、より一層高まるはずです。飛行機に乗って海外に行くのと同じように、オフィスへの出社もある種、特別な体験になるんだと思います」
だからこそ、その体験価値を向上させる、つまりは「出社したくなるオフィス」を設計することが、従業員エンゲージメントの向上につながると言える。
「みんなが週5日会社に行くことを嫌がるのは、オフィスで働くのが嫌というよりは”移動”が面倒だからですよね。とはいえ、たまには移動してリアルなオフィスに行き、人と話したいはずなんですよ。ぼくはそう思ってます。だから、リアルとオンライン、うまく使い分けられていくのだと思います」
最後に、空間を通じて社会にどのような価値を提供していきたいかという問いに、小田切社長は日本のライフスタイル全体を俯瞰した視点で答えた。

「ライフスタイルのフレームワークとして『衣食住』がある、日本は『衣』と『食』はすでに世界トップレベルです。一方で、『住』だけは、安藤忠雄さんや隈研吾さんのような世界的なデザイナーはいるものの、会社としてクリエイティブな面で世界を牽引している存在はまだ多くありません。しかし、ラーメンやジーンズの例にあるように、日本人がこだわりだした領域は一気にレベルが上がります。日本の『住』にもポテンシャルはあるんです。オフィスもホテルも、日本の生活環境全体のレベルを上げていくことで、日本のライフスタイルを豊かにしたい。それが私たちのミッションです」
船場がつくり出す空間は、単なる物理的な場所を超え、そこで働く人々の心に火を灯し、企業の変革を加速させる。ひいては社会全体の価値観をも変えていくような、そんな期待感を感じた取材だった。
取材・文:吉田 祐基
写真:小笠原 大介
