在庫管理の悩みを一掃──AIが保管料発生前に値下げ提案

Eコマースプラットフォームで商品を販売する出品者にとって、在庫管理は常に頭痛の種だ。売れ筋商品の在庫切れは販売機会の損失を招き、逆に売れ残りは保管料の無駄遣いとなる。

アマゾンが2025年9月に発表したAIエージェントツール「Seller Assistant」は、この課題を根本から解決する可能性を示す。まず米国の出品者向けに無料で提供され、今後数カ月以内に他国へも展開される予定だ。

このAIエージェントの最大の強みは、アマゾンプラットフォーム上の出品者の在庫状況を24時間体制で監視し続ける点にある。売れ行きの鈍い商品を長期保管料が発生する前に自動検出し、出品者に警告を発する仕組みだ。

たとえば、ある商品の販売ペースが落ちてきた場合、AIは「このまま維持するか、値下げするか、それとも在庫を引き上げるか」という具体的な選択肢を提示。判断材料を揃えた上で、最終決定は出品者自身が下せる設計となっている。

需要の変化を先読みする機能も実装された。過去の販売データと現在の市場トレンドを組み合わせて分析することで、季節商品の需要増加を事前に予測することが可能に。「年末商戦に向けて、どの商品を何個、いつまでに補充すべきか」といった出荷計画まで立案する。配送スピードと保管コストのバランスを考慮し、アマゾンの物流拠点への最適な振り分けを自動で算出することも可能だという。

出品者の承認さえあれば、AIが出荷準備や在庫補充のスケジューリングを代行し、商品リストの調整までアマゾンのシステム上で直接実行できる。こうした自動化により、小規模なネットショップでも適正在庫を維持しやすくなり、資金繰りが改善することが期待されている。

越境ECの壁を突破──国ごとの規制も自動チェック

在庫管理に加えて、Seller Assistantが力を発揮するのが製品の規制対応だ。海外展開を視野に入れる出品者にとって、各国の製品安全基準や認証要件の把握は極めて煩雑な作業となる。新しいAIエージェントは、こうした面倒な確認作業を自動化してくれる。

たとえば、電子製品を新たに出品する際、AIはUL認証などの必須認証が不足していることを即座に検出し、「どの書類を追加すべきか」を具体的に提示。どの基準が適用され、なぜ必要なのかをステップごとに説明してくれる。製品の説明文が意図せず農薬のような規制対象品を示唆している場合も、AIが警告を発し、規制上の懸念を説明した上で複数の解決策を提案。出品者の承認があれば、問題が販売に影響する前に修正をすることが可能だ。

Seller Assistantは、アカウント全体の健全性も継続的に監視する機能も持ち合わせる。出品者が「アカウントの状態はどう?」と尋ねると、AIは即座に対応が必要な問題をハイライトし、何が原因でその問題が発生したのかを説明、取るべきアクションを推奨してくれる。たとえば、カスタマーサービスの評価指標が警告基準に近づいている場合、AIが事前に通知を出すため、ペナルティを受ける前に対策を打つことが可能となる。

さらに、これらのプロセスが複数国に対応している点は特筆に値する。Seller Assistantは出品者の全製品が販売先のすべての国でコンプライアンス要件を満たしているかを自動で確認する仕組みを備えているのだ。すべての対象国に対し、製品安全規制や顧客サービス指標といった項目をバックグラウンドでスキャンし、警告基準に近づいている問題を事前に検出する。国ごとに異なるルールを手作業で追いかける手間を大幅に削減できるようになる。

また、販売パターンや顧客行動を分析することで、有望な新製品カテゴリーを特定したり、マーケティング戦略を推奨したりする機能も搭載されている。新市場への進出を検討する出品者には、参入のタイミングや戦略についてアドバイスを提供するなど、アシスタントを超えたビジネスコンサルタント的な役割を担うことも可能とされる。

チャット形式で動画広告を生成──AIが変える広告制作の常識

アマゾンは広告制作の領域にもAIエージェントを展開し、アマゾン出品者の広告支援を加速する構えだ。

その中核となるのが会話形式の指示だけで商品紹介文や広告動画を自動生成できる「Creative Studio」。

Creative Studioインタフェース(アマゾンHPより)
https://www.aboutamazon.com/news/innovation-at-amazon/seller-assistant-agentic-ai

この新広告ツールは、商品詳細ページやソーシャルメディアのアカウント、過去に公開した素材を読み込み、出品者が設定したブランドガイドラインと組み合わせて、出品者のブランドや製品を徹底的に分析する能力を持つ。

またアマゾン独自のショッピングデータを活用できる点も独立出品者の強い武器となる。他のプラットフォームでは入手できない購買傾向や検索行動といった情報を取り込むことで、より的確な広告コンセプトを提案できるという。

広告制作の流れはシンプル。出品者が「父の日向けの動画広告を作りたい」といった要望をチャット形式で入力すると、AIがターゲット層や季節感を考慮した複数の広告案を提示。出品者が気に入ったコンセプトを選ぶと、ストーリーボードやビジュアルの生成へと移行し、最終的には複数シーンからなる動画やディスプレイ広告が完成する。音楽やナレーションの追加にも対応しており、デザインやコピーライティングの専門知識がなくても、プロ仕様の広告を作成できるようになる。

実際の効果も出始めている。スマートバードフィーダーを販売する出品者がこのツールで父の日向けの動画広告を制作したところ、他の動画広告と比べてクリック率が338%増加した。新規顧客の89%がそのブランドを初めて知った層だったという。広告費の回収率も121%を記録。また、AI生成ツールを利用する広告主全体では平均12%の売上が増加したことが報告されている。小規模な出品者でも、限られた予算で魅力的な広告キャンペーンを展開できる環境が整いつつある。

中小の82%が雇用増──AI導入が事業拡大の原動力に

広告制作までカバーするAIエージェントの登場により、出品者の働き方は大きく変わることが予想される。Seller AssistantなどのAIエージェントが在庫管理や広告制作といったルーティンワークを引き受けることで、出品者は新商品の開発や顧客との関係構築といった戦略的な業務に時間を割けるようになるためだ。

また季節のピークを迎える前に、AIは過去のデータと現在のトレンドを分析し、売れ筋商品向けの詳細な戦略を準備することもできる。さらに出品者の承認を得れば、プロモーションから在庫調整、マーケティング施策の開始まで、すべてを調整してくれる。

実際、アマゾンによると、米国の独立出品者の平均年間売上は29万ドル(約4,400万円)を超え、5万5,000以上の出品者が年間売上100万ドル(約1億5,000万円)を突破した。AIによる業務効率化により、今後さらに拡大する見込みだ。

アマゾンストアの売上のうち独立出品者による割合は60%以上を占める。アマゾンのアンディ・ジャシー CEOは、「AIエージェントによる変革は始まったばかりだ」と述べ、今後さらなる成長が見込まれるとの予想を展開している。

より広い視点で見ても、小規模ビジネス全体でAI導入が加速している状況が浮かび上がる。

米国商工会議所の調査によれば、小規模ビジネスのAI採用率は2023年の23%から2025年には58%へと急増した。特に注目されるのが、AIを導入した企業の82%が雇用を増やし、85%が売上増加、84%が利益増加を報告している点だ。雇用喪失の懸念とは裏腹に、AIが事業拡大と人員拡大の原動力となっている状況が示された。

さらに小規模ビジネスオーナーの80%が「将来、AIは自社ビジネスに役立つ」と答えたほか、「インフレやサプライチェーンの混乱への対応、資金調達の改善にもAIが貢献している」と回答。中小企業が大手企業に対し、競争力を高めている状況が浮き彫りとなった。

文:細谷 元(Livit