スタートアップに投資した経験のある複数の投資家に焦点を当て、投資判断の裏側にある思考プロセスに迫る「Investor’s eye」。今回登場するのは、2004年に株式会社ネットマーケティングを創業、2012年にマッチングアプリ「Omiai」をリリースし、2019年に東証一部上場を果たして同社代表取締役を退任後、エンジェル投資活動を行う宮本 邦久氏だ。中学生の頃に観た映画『ウォール街』に感銘を受け、投資家を志したという宮本氏。起業も投資家になるための手段だったとし、投資判断を行う際「なぜ起業したのか?」を深く聞くことに時間を費やすという。そんな宮本氏の投資哲学に迫る。

【プロフィール】

宮本 邦久氏

1998年、慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、日商岩井(現、双日)に入社。その後、同社から分社独立したベンチャーキャピタルITXへ転籍し、4年間ベンチャーキャピタリストとしての経験を積む。2004年には株式会社ネットマーケティングを創業し、代表取締役に就任。2012年にはマッチングアプリ「Omiai」をリリースし、toC事業を本格展開。2019年には東証一部上場を果たし、2022年には米国ベインキャピタルへのTOBを経て、同社代表取締役を退任。長年の夢であったエンジェル投資家としての活動を本格的に開始。

「投資家になるため」に起業した過去

中学生の頃、映画『ウォール街』を観て投資家になることを決意したという宮本氏。主人公の投資家、ゴードン・ゲッコーの自由でかっこいい姿に強烈に惹かれたと振り返る。

「今でも投資家が出てくるドラマや映画を観ると、当時、憧れた記憶を思い出すんです。最近だとNetflixの『ビリオンズ』に登場するボビーという投資家が、最高にかっこいいなと思いました」

宮本 邦久氏

投資家になるため、宮本氏はネットマーケティングを創業する以前に、ベンチャーキャピタルで4年間勤務した経験を持つ。そこでの経験を経て、「自分のお金で投資したい、しっかりと起業家を見極める目を持ちたい」という思いが強くなったという。

「投資家になる上で、起業家として上場経験を持つことが必要だと感じました。お金も得られるし、投資先を見極める力も養えると思ったんです。実際、上場を経験したからこそ、数多くの経営者との交流を通じて『どういう社長が上場するのか』という情報を豊富に得られることができました」

2004年に創業したネットマーケティングを売却し、その後、エンジェル投資を行うために現在の家を構えたという徹底ぶり。取材場所となった宮本氏の自宅には、バー・ラウンジを彷彿とさせるスペースが設けられており、そこで800人以上の起業家と面談したと話す。

「人物」と「市場」を見て投資先を判断する

自身も上場を経験したからこそ、上場する社長には共通の資質があると語る。これを宮本氏は“上場社長のプロトコル”と表現している。

「上場企業の社長は、ガバナンスやコンプライアンスの意識、チームで成果を出す力、誠実さ、コミュニケーション能力など、それらすべてを一定のレベルで兼ね備えていることが条件です」

これらの要素、どれか一つが欠けても上場は難しいと宮本氏は断言する。上場している企業の社長は「大体すべてができている」と強調した。

そんな宮本氏が、投資を行う際に最も重要視する判断基準が、「人物」と「市場」だと話す。

「人物面では、まず大前提として将来上場を目指していること。主にユニコーン企業候補に絞った投資活動を行っています。その上で『誠実さ』『チームで成果を出せるか』『パッションがあるか』『やり抜く力があるか』を見ます。

市場においては、『5年後に市場規模が1,000億円を超えるような市場をテーマにした事業を展開しているか』を見ています。BtoBであれば営業力、BtoCであればマーケティング力のポテンシャルなども見ることがありますね。大谷翔平選手がプロ野球選手として、ホームラン数や打率、打点など結果にこだわるように、投資家ももちろん投資してリターンにこだわる。そのために『人物』と『市場』をよく見て投資します」

人物面のなかでも「誠実さ」を重視するようになったのは、宮本氏の苦いエピソードが発端となっている。

「すごく良いと思ったビジネスモデルに投資をしたことがあったんですが、起業家の方と連絡が取れなくなってしまったんです。唯一つながることができた人経由で、株を1円で買い取ったんですけど、4,500万円投資して、回収できたのは17円でした。この苦い経験から、やはり誠実な人に投資をしたいと思うようになったんです。上場するまで平均で11年かかることを考えると長い付き合いになりますから、基本的なことかもしれませんが、誠実さは大事ですよね」

「思いの強さ」と「事業の成長」は密接につながっている

宮本氏がこれまで投資した中で、特に印象に残っている企業として挙げたのが、シャンプーやトリートメントなどの製品を開発・販売する株式会社THE RICHだ。自身がIT企業の経営を行ってきたからこそ、主な投資対象はIT企業が多かったが、THE RICHは「圧倒的な思いの強さ」に惹かれたと話す。

「CEOの三浦裕太さんは『どうしてもユニコーン企業を作りたい』という強い思いを持っていました。それを象徴するようにホームページにはユニコーンの絵が描かれ、自社製品の良さを世界に広めるため、海外の大物アーティストの自宅を訪ねるという型破りな行動に出るなど、行動力が並外れていたんです」

結果的にそのアーティストの協力は得られなかったが、人気YouTuber・格闘家の朝倉未来氏が株主となった。彼のYouTubeチャンネルで宣伝されたことで、大手量販店や薬局での全国販売が決定するなど、事業は飛躍的に成長した。

この経験から、宮本氏は「思いの強さと事業の成長は、密接につながっている」と確信した。

「ユニコーン企業を目指すには、ハードシングスを乗り越える鋼のメンタルと体力、魅力ある事業領域と利益計画、大型資本施策、優秀なチーム、そして運といった要素が必要です。この難易度を本気で目指したいと思う起業家はとても少ない。

だからこそ、ユニコーン企業を目指すと本気で語る起業家には、期待せずにいられません。以前は『面白い事業だ』『この事業は伸びそうだ』という理由で投資したこともありました。でも、起業家のパッションが低いと事業はスケールしないことも経験し、思いの強さは特に重要視しています」

「なぜ起業したのか?」こそ、最も問うべき質問

投資判断で思いの強さを重視するからこそ、宮本氏は起業家との面談時間の半分以上、「なぜ起業したのか?」を聞くことに費やすと話す。

「創業期のエンジェルラウンドは、生まれたての会社です。事業の話を聞いてもまだ赤字ですし、事業計画も甘いことが多い。だから、本質的に聞くべきことは『なぜ起業したのか』なんです。創業の理由はどんなものでも構わないのですが、その理由をどれくらいの『思いの強さ』で達成したいと考えているのか見極めるんです。

例えば、『世界平和』という崇高な理由であっても、そのパッションが薄ければすぐに折れるかもしれない。一方で『女の子にモテたい』という理由であっても、本気でそれを達成したいという思いがあれば、やり遂げるかもしれない。この思いが大事なんです」

さらに、宮本氏の投資判断プロセスには、「投資アドバイザー」が介在することも特徴だ。エンジェル投資家の場合、個人の志向に寄る傾向があるため、あえて客観的な視点で判断するフローも設けている。

「自分が投資したいと思い、さらに投資アドバイザーの方もマルをつけたときだけ投資するようにしています。個人だけの判断では、どうしても偏りが出ると思っており、こうした客観的な視点も大事なんです」

AIではなく「スナックのDX」。古くからある業界の「負」を解決する事業に興味が湧く

最近は生成AIの登場で、AIの進化が早く、新しいサービスも続々と生まれている。宮本氏も、こうしたAI関連の企業に注目しているのかと思いきや、まったく別の答えが返ってきた。

「たしかに、AI関連の会社と面談する機会は多くなってきましたが、その実態はChat GPTを搭載しているだけで、高い技術力を伴わない“側だけ”のプロダクトも多いと感じています。一攫千金を夢見てメタバースやWeb3からAIにピボットする起業家も多いのですが、だからこそ骨太な起業家に出会う機会は少ないと感じますね。

最近のグロース市場の時価総額が低迷しており、去年上場した会社の公募時価総額の平均は50億円弱と、3年前の150億円から大幅に減少しています。こうした状況下で、『どうしても上場したい』と考える起業家自体が減っている肌感もあります」

その中で介護、警備、葬儀業界など、古くからある業界の「負」をITの力を使って解決する事業に興味が湧くという。その理由は、多くの起業家があまり目を向けない業界に目を向けるということ自体、業界に対する解像度が高く、やり遂げたいという思いも強い可能性があるからだと話す。

「最近、『スナックのDX』を事業として展開する企業に投資をしました。全国に12万店舗あるスナックの不透明な会計や、扉の向こうに誰がいるか分からないという不安感を、アプリによってDX化し、透明性を高めることで新しい市場を開拓できる可能性があると思ったんです。

コンビニよりも店舗数が多いスナックは、地方経済を支える日本独特のコンテンツであり、インバウンド需要も取り込める大きなポテンシャルを秘めています。もちろん、起業家自身も、元々スナックが好きで、その文化や業界への強い思いを持っていたことが、投資の後押しになりました」

ここまで話を聞いてきた宮本氏には、今後の未来に向けた明確なロードマップが存在する。未来から逆算して考えることが多いと話すが、そのロードマップはとても具体的だった。

「まず、この5年の間にシード投資で成功を収め、そこで得たリターンをベースに、今度はミドル・レイターの企業へ投資します。さらに次のステップとして、2030年から2035年までの5年間でミドル・レイターの投資家として成功した後、『ユニコーン投資家』になります。日本を背負って立つようなユニコーン企業に投資できる投資家になることで、投資家としての人生を終えたいと思っているんです。

そのために、2030年までに2,000社の起業家と面談し、60社に投資。そのうち6社以上が上場し、2社がユニコーン企業になることを目標としています。最終的には、日本のスタートアップエコシステムにおいて、アメリカのように起業からM&Aや上場を経てイグジットし、エンジェル投資家として次世代の起業家を支援する“新陳代謝”の概念を根付かせたいです。こうした新しいロールモデルとなることで、日本のスタートアップ界に貢献したいと思っています」

起業の動機を聞くことで、思いの強さを確認する宮本氏。投資と聞くと定量的な判断が求められることを想像するが、最も重視する要素の1つが人物面だった。そんな宮本氏が投資した企業が、ユニコーン企業となるのか。同氏の投資先にも注目したい。

文:吉田 祐基
写真:小笠原 大介