SDGs達成のその先を見据えた社会の在り方として、「SWGs(Social Wellness Goals)」という考え方が注目を集めている。SWGsとは、課題解決の先にある人々の幸福に焦点を当てた考え方であり、持続可能なウェルビーイングの状態を実現することがゴールだ。

こうした全ての人が幸福を感じられる社会を築くために、まずやるべきことがある。それは、全ての人が自分らしく活躍し、社会の構成員として尊重されること——つまり「インクルージョン」の推進だ。

このインクルージョンの推進をQOL(Quality of Life)の視点から研究し、実践的なアプローチを試みているのが、龍谷大学社会学部の准教授・立田瑞穂氏だ。今回はそんな立田氏の研究テーマから、これからの時代に必要な学びを探っていく。

インクルージョン実現に必要な「QOL」の視点

立田氏の研究テーマは、知的障がいのある人の「QOL」、つまり良い生活とは何かを理解し、どう支援していくかの研究だ。

「具体的には欧米の研究者らが中心となって生み出されたQOL8領域モデルをベースに、障がいのある人のQOLを理解するための質問項目、つまり尺度を作成し、支援現場で活用することを目指しています。こうした尺度があることで、QOLの視点から障がいのある人の支援について、具体的に考えるきっかけをつくりたいと考えています」

図:Schalock and Verdugo(2002)をもとに立田氏が作成。出典:Schalock, R. L., & Verdugo, M. A. (2002). Handbook on quality of life for human service practitioners. American Association on Mental Retardation.

インクルージョン―― 一人一人を大切にする社会をどう実現できるのか。その問いに対し、QOLの視点は大きな手がかりを与えてくれる。立田氏も支援現場での経験を通じ、QOLの重要性を実感してきた。

「私自身、障がいのある人の就労支援の場で働いていた当初、障がいのある人がどう働けば幸せなのかというより、『場に適応すること』『できないことをいかにできるようにするか』の方に支援の焦点が向いていました。時代とともに支援の在り方も変わってきましたが、周囲の見方や考え方次第で、その人のQOLは少なからず影響を受ける。障がいのあるなしにかかわらず、自分の生活を大切にできるような選択肢があり、一人一人が自分の良い生活とは何かについてもっと考えられる環境をつくりたいと思いました」

そんな思いを抱いていたとき、海外研修のチャンスをもらった立田氏。そこでの経験が転機となる。

「3カ月ほどデンマーク、アメリカ、オーストラリアなどの障がい福祉現場で、障がい当事者や支援者の皆さんと交流しました。そこで出会った、親や支援者に守られているだけではない障がいがある人の暮らしぶりに刺激を受け、生活の質とは何か、生活の質を高める支援とは何かをもっと学びたいと思うようになったんです」

龍谷大学 社会学部 准教授 立田瑞穂氏

日本と海外、障がいがある人のQOLの違いについて立田氏は「自己決定」を挙げる。

「幸せかどうかという点で、主観的な幸福感について大きな差はあまりありません。しかし、QOLの重要な要素である自己決定、つまり自分で選んで決めることについては、文化的な特徴の影響も大きいと感じます。例えばデンマークでは、障がいの有無にかかわらず、18歳になったら親元を離れるのが一般的です。障がいがある人も、20代の間にはほとんどが親元を離れ、必要な場合には社会的支援を受けながら暮らします。成人すれば、親ではなく社会が国民に対する責任を持つという考え方が根底にあります。そのためデンマークでは、『自分の人生を自分で決めたい』と考えている人が多い、つまり自己決定を大切に考えている人が多いといえます」

一方、日本では比較的、自己決定の機会が少なく、知的障がいのある人自身が「自分の人生を自分で決められる」と感じられていない場合が多いのではないかと話す。

「もちろん、日本でも本人の意思は大切に考えられています。どのように支援するかについての議論も活発になっていますが、成人後も家族同居の割合が高い状況において、何かを自分で、あるいは他者とやりとりをしながら選んで決めるという経験がどうしても少ないように感じます。障がいがあるから決められないのではなく、もっと能動的に人生を選択できるような環境を実現することで、選ぶことや決めることは障がいのある人にとっても重要なものになるはずです」

またQOLは、国連の障害者権利条約の条文との関連もあり、人権に根差した支援を行う上で欠かせない視点だ。しかし、どのように実践していくか、またそれを政策にどう反映させていくか、まだまだ日本では研究が遅れているのが現状だ。

「QOLの視点に着目した支援の重要性は、国際的に広がりを見せています。例えば、イタリアでは4人規模のグループホームと10人以上のグループホームで住人のQOLを比較したところ、10人以上のグループホームの方がQOLが低いという結果が出ました。この結果を基に、イタリアでは10人以上のグループホームをつくらないという政策ができました。QOLには普遍的に大切な領域があることが分かっていますが、日本での活用に向けては、国際的な人権の視点と日本独自の文化的な特徴、両方の視点から理解を進める必要があるでしょう」

障がい支援の現場では、個人のニーズを満たす支援だけでなく、その人が生活の中でどんなことを大切にしているのか、QOLの視点からも支援を考えていくことがますます重要になるという。そのため、障がいのある人との対話の機会を持つことは、支援者にとっても大切なことだと話す。

現場の学びを理論化し、QOLに対する理解を深める

立田氏の講義では障がい当事者、家族、支援者らさまざまな人との「対話」を重視している。

「講義ではゲストスピーカーを招くのが好きで、当事者、家族、支援者などさまざまな方の声を聞く機会を設けています。一方的な講義ではなく、現場との対話を大事にすることで、学生には障がいがある人のQOLをより多角的に捉えられるようになってほしいんです。私自身も支援現場を経験しましたが、現場を大切にし、アカデミックな知見を現場に還元すること、逆に現場の学びを理論化することを重視しています。歴史的に見ても、また社会の変化が早い現代においても、草分け的に始まる現場の活動が後に制度やサービスに昇華されるケースは多いです」

ゼミにQOL研究の国際チームのメンバー(HOGENT大学の教員2名)が来訪した時の写真。学生とレクリエーションやディスカッションを実施

⽴⽥氏の講義は龍谷大学だけにとどまらず、ほかの県内大学に在籍する学生向けに「若年層向け人権啓発講義」なども行っている。説明に加え、ワークショップを通じて、人権について改めて考えるきっかけも提供する。さらに、こうした講義を通じて再三、学生に伝えているのが、さまざまな人に積極的に出会ってみることだという。

若年層向け人権啓発講義の様子

「多様な視点で社会を見るためには、やはりできるだけいろんな人に積極的に会ってみることが大切です。異なる価値観や背景を持つ人々と対話することで、自分がこれまで当たり前だと思っていた世界が、決して普遍的なものではないと気付くことができます。そうした出会いを重ねることで、『自分の知らない世界はまだまだ広がっている』という実感が生まれ、相手との関係性の中で学びが深まり、視野が広がっていきます」

もちろん専門的な知識も欠かせない。例えば、障がい分野であれば歴史や制度など、現在の社会の仕組みがどのように形成されてきたのかを理解しておくことで、支援の現場や当事者の置かれている状況をより深く読み解くことができる。しかし、それ以上に重要なのは、人との出会い。実際に多様な人々と対話し、関わり合うことで、学びはより生きたものとなり、自らの関心や探究心も広がると立田氏は話す。

「私自身も、海外研修で現地の障がいのある人や支援者の皆さんと直接交流する機会を得たことで、それまでの知識がより鮮明で立体的なものとなり、この道をさらに探求したいという強いエネルギーにつながりました」

インクルージョン推進を目指す、理論と実践を交えた学びの必要性

「現場主義」を掲げてきた龍谷大学の社会学部は、2025年4月に改組し、総合社会学科の1学科の下に、「現代社会」「文化・メディア」「健康・スポーツ社会」「現代福祉」の4つの領域を設置する。

提供するカリキュラムは学んだ理論を現場で検証し、その結果を理論に反映させるというより実践的なものに生まれ変わる。例えば、理論を学ぶ「講義」、現場で課題の発見・解決に取り組む「実習」、さらに実習で得た学びを考察する「演習」を連動させ、理論と実践を往還する「プロジェクト科目群」などを提供する。

「大学は、学びを深めたり多様な人と出会えたりする場ですよね。そのため大学で学んだことを現場で実践したり、逆に現場で起こっていることを大学で共有してもらったりと、理論と実践を往還させる役割があると思っています。この往還の中で多様な意見を聞いたり、他者と協働で活動したりすることが、インクルージョン推進のプロセスでは重要だと考えています」

さらに多様な出会いや学びの提供を強化するため、龍谷大学社会学部は改組とともに、社会科学系学部が集まる深草キャンパスへ移転する。

「社会学部の学生さんにとって、多様な人々と出会う機会が増えることは大きなメリットです。深草キャンパスにはすでに多くの社会科学系の学部があるため、分野横断的な学びの機会がさらに広がることで、社会の仕組みや問題を多角的な視点から考える力を身に付けることができると思います。フィールドワークを通じて、より現場で生きる知識を学ぶこともできます」

社会の常識を疑い、自分の価値観を問い直す機会を

「社会をより良くしたい」という思いを持つ学生にとって、大学はさまざまな知見を持つ人々と出会い、議論を交わすことで得た学びを社会にどうつなげていくのかを考える絶好の場だ。そんな大学での学びを通じ、自分の生き方や価値観も問い直してほしいという。

「私自身、障がいのある人を含むさまざまな立場の方との対話やQOLの研究を通じ、自らの価値観を見つめ直す経験をしてきました。学生の皆さんにも、龍谷大学で自分の生き方や価値観を深く考える機会を持ってほしいと思っています。例えば障がい分野では、社会の仕組みや常識が、必ずしも障がいのある人にとって最善の形で作られているわけではありません。だからこそ、皆さんには社会の常識を疑い、『誰にとっても良い社会とは何か』を改めて問い直してほしいのです。福祉や教育といった分野は、つい『誰かを助ける』という視点で考えがちですが、実はそれ以上に、自分自身の生き方と深く関わる問題です。『自分に何ができるのか』を考え、その答えを探す場として、ぜひ大学での学びを活用してください」

深草キャンパスへの移転をきっかけに、複雑化した社会に必要な学びを提供しようとする龍谷大学社会学部。多様な人々との出会いや対話を通して学びを深めるだけでなく、理論と実践の往還を行うために、4つの領域に基づいたテーマの「プロジェクト科目群」なども導入される。そんな龍谷大学で、自分の生き方や価値観を問い直す機会を持ってほしい。

取材・文:吉田祐基
写真:水戸孝造