出版科学研究所によると、日本の書店数は2003年に「20,880店」だったのが、23年には「10,918店」と、20年間でおよそ半減している。この減少の背景には、本を読む機会そのものの減少に加え、Amazonなどのオンライン書店や電子書籍の普及があると考えられる。さらに、日本特有の出版流通システムにより、本屋は「薄利多売」のビジネスモデルとなる傾向にあり、時代の変化に伴い経営が厳しくなっている。

そこで、2024年3月5日、経済産業省は省横断プロジェクトとして、全国で減少する本屋を支援するため、大臣直属の「書店振興プロジェクトチーム」を発足させた。フランスや韓国などの先進国の取り組みを参考にし、本屋を単なる小売業ではなく「文化創造基盤」として振興をしていく方針を固めた。

さらに現在、店主の個性が反映された独自の品揃えや、個性的な空間づくりで顧客を惹きつける「独立系書店」が増加している。これらの書店は既存の出版流通から独立し、大手取次に頼らず、自動で提案される配本に依存しないのが特徴だ。書籍販売に加え、カフェや雑貨販売などの他業態を併設し、経営を成り立たせているケースも見られる。

今回は、「蔦屋書店」などを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)を退社後、出版社「三輪舎」を立ち上げ、独立系書店「本屋・生活綴方」を運営する中岡祐介さんにインタビューを実施。中岡さんが独立に至った経緯やこれまでの取り組みを通じて、新しい本屋の在り方や、そのビジネスとしての持続可能性を探る。

コモディティ化するものをさらに増やすより、固有性のあるものを作る

中岡さんは、CCCから独立して出版社を立ち上げた経緯について、次のように話している。

「CCCにいたとき、自分が当事者になれないもどかしさも感じていました。ぼくは主にTSUTAYAのフランチャイジーのスーパーバイザーを担当していましたが、どれだけ担当しているお店にコミットしようとしても月1回程度の巡回では限界があるし、翌年には別の店舗の担当に異動させられてしまう可能性があるからです。直営店でなら当事者になれるかとも考えたのですが、運営の効率化のためにどこのお店もコモディティ化しており、自分がやりたいと思えることは見つからないだろうと感じていました。自分の目の届く範囲で完結する仕事がしたいと思い、独立を決意しました」

当時、「ひとり出版社」という言葉が出始めた時期だったと話す中岡さん。自分の手の届く範囲で完結するような、固有性のあるものを作りたいと考え、2014年に「三輪舎」を立ち上げた。なぜ、本屋ではなく出版社を選んだのか。

「単純に本屋は、物件を借りたり本を仕入れたりと、元手がかかり、経営を維持するのが難しいと考えました。そこで、初期投資が比較的少なくて済む出版社にしようと思ったのです。そもそも、町のインフラとして支持されているにもかかわらず、閉店せざるを得ない本屋があるのはなぜかというと、出版業界が製本会社や本屋など、流通の末端に行くほど搾取される仕組みなんです。実際、出版業界で一番閉業が多いのは製本会社や本屋です。例えば、1,600円の本の利益のうち、本屋に入るのは約300円、つまり22%程度です。この割合は、根拠もないまま数十年変わっていません。本屋は、価格や仕入れ値、ときには数量すら決められないのです。出版社と書店はとてもアンフェアな関係にあると痛感していました。そこで、まずは自分で本をつくって、作り手(出版社)と売り手(書店)の理想的な関係をつくりたいと考えました。どんな本を出すかという点では、自分が当事者になれるテーマが良いと考え、ちょうど子どもが生まれたタイミングだったこともあり、子育てに関する本から作り始めました」

本屋に作り手が集まる仕掛けを作ることで、生活から生産の街へ

中岡さんは、三輪舎の本を営業で持ち込んだことをきっかけに、1949年創業の老舗書店「石堂書店」(妙蓮寺駅近く)の経営再建にも携わることになる。これが、「本屋・生活綴方」として自身が本屋を開店するきっかけとなった。石堂書店の経営再建に携わった当時の状況について、中岡さんは次のように語る。

「石堂書店は、2009年からの10年間、売上が下がり続け、なんとか書店事業を立て直す必要がある状況でした。石堂書店は私の生活圏にあったので、たまに足を運んでいました。そして、三輪舎の本を置いてもらおうと営業に行った際、店主の石堂さんとつながって話をしているうち、本屋の経営に詳しいだろうと相談を受けたのです。そこで、『まちの本屋リノベーションプロジェクト』と題し、地元の不動産・工務店と協力して、店舗全体の再建プロジェクトを立ち上げました。やはり、生活圏にある本屋がなくなってしまうのは寂しく、何とかできないかという当事者意識が当時の私にはありました。そのなかで、財務諸表や店舗の状況を確認したところ、2階部分が有効に使われていないことに気づきました。そこで、2階をコワーキングスペースに改装し収入の確保を図りました。また、本のレパートリーに関しても、いまは特定の1冊が爆発的に売れる時代ではなく、多品種を揃え、全体で売り上げを伸ばす必要がある時代です。そのため、さまざまな世代のニーズに対応できるよう、ラインナップを多様化した結果、客足も徐々に増えていきました。そして、2024年6月期の決算では、5年にわたる試行錯誤が実を結び、大幅な黒字を達成しています」

また、石堂書店の向かいにはかつて、児童書やコミックを扱う「チャイルドイシドウ」という支店があった。そこは2000年頃に閉店して以来、本や不用品が並ぶ物置状態になっていたという。そこで、「まちの本屋リノベーションプロジェクト」の一環としてクラウドファンディングを実施し、再建を図ることに。クラウドファンディングでは221万5,500円の資金が集まり、その後の店の運営も中岡さんが引き受けることになった。これが現在の「本屋・生活綴方」であり、独自のラインナップを持つ独立系書店の1つである。

「このとき、街に溶け込むのではなく、あえて違和感を与えるような本屋を作ろうと思い、詩集を中心とした品揃えにしました。まわりと違うと思ってもらわないと、際立たせることはできませんから。また、大勢の人に本を買ってもらうことが果たして幸せかというと、そうとは考えていません。あえて領域を狭めることで、熱狂的なファンやニーズが生まれると考え、限られたスペースだからこそ、個性を尖らせようと思ったのです」

このとき中岡さんは、生活の街から生産の街に変えるため、クリエイティブな拠点を用意すれば、おもしろい人たちが集まってくるのではないかという仮説を立てていた。そのため、本屋に設置したのが、理想科学工業(RISO)の「リソグラフ印刷機」だった。

「生活の街で印刷機の音がガタガタと聞こえてきたら、風情があって素敵だと思いました。そもそも、妙蓮寺駅周辺のような街は仕事として何かをつくっているひとは少ない「消費」に特化した街。一方で、下北沢や三軒茶屋はクリエイターが多い「生産」の街。でも、生活の街にもクリエイティブな拠点があれば、おもしろい人たちが集まってくるだろうと考えました。そこで、リソグラフ印刷で本をつくる『生活綴方出版部』という出版レーベルを立ち上げました。このレーベルでは、当店に何かしらの形でかかわるひとにぼくから声をかけて書いてもらい、2〜300部の本をつくっています。40〜60ページ程度の小さい本なら、誰でも面白い本をかくことができる。また、消費者ではなく作り手にフォーカスすることで、クリエイティブを楽しみたい人たちが集まる場所にしたんです。また、リソグラフ印刷機は会員制にして有料で開放しているので、出版部で発行する本以外にもたくさんの本がこのお店からうまれています」

本は、最終的に読んでもらうために作られる。しかし、その過程も一つの体験として価値がある。こうした体験を気軽に楽しめる場を提供し、本屋に作り手が集まる仕掛けを施したのだ。

自分の意思で、自由に何かを選ぶ体験こそ本屋の価値

出版やリソグラフ印刷機の会員収入など、幅広い収益源を確保しながら経営を行う本屋・生活綴方。しかし、中岡さんは「本屋があること」が何よりも大事だと強調する。

「出版の売上やリソグラフ会員による収入は確かにありますが、それはすべて本屋という『場』があってこそ成り立っています。本屋でいちばん大事なのは品揃えにほかなりません。うちのお店は品揃えがとても評価されているのは、書店員歴の長い鈴木店長が売り場を切り盛りしてくれているから。だから、まず品揃えを目当てにお店に来てくれる。そのお客さんがリソグラフに興味をもってくれたり、他のお客さんを呼んできてくれる。もし本屋の本質である品揃えがいいかげんだったら、これほどほかの事業もうまくいかなかったはずです」

このようにユニークな本屋が生まれる一方で、現在はデジタルネイティブ世代と呼ばれる若い世代ほど本を読まないと言われ、それが本屋減少の一因とされることもある。しかし、中岡さんはその認識を強く否定する。

「私たちは岩手や新潟、大阪などさまざまなイベントに出店しています。当店もそうですが、イベントに来るお客さんのほとんどは20代から30代の若い人たちです。特に、SNSを見て訪れたという方が多く、今の時代だからこそ、地域を超えて若い世代にも知ってもらうことができます。なので、若い世代は本屋に行かないというのは間違いです。デジタルネイティブ世代は、必ずしも新しいものに価値を感じているわけではありません。ECサイトや配信サービスなどを通じて、新しいものも古いものも両方に触れることができる時代です。若い世代でも、70年代のシティポップなどの昔の音楽を普通に聴いているように、古いからといって価値がないとは限らないのです。本屋でも最新刊や売れ筋だけを揃えるのが正解ではなく、できる限り多様な本を並べるのが良いと考えています。世代に合わせてこういう本が良いだろうと決めつけるのは、今の時代にはそぐわないのです」

そんな中岡さんが考える本屋の価値とは何か。最後に、次のように締めくくる。

「アルゴリズムに左右されないという点は、間違いありません。東京・下北沢の『本屋B&B』を経営するブック・コーディネーターの内沼晋太郎さんが『不便な本屋はあなたをハックしない』という言葉を伝えています。つまり、本屋はレコメンド機能や特定の情報に誘導する仕組みがなく、そこにあるのは、偶然の出会いです。広告のように『あれをやれ』『これをやれ』と言われると、自由が奪われ、ワクワク感がなくなってしまいます。しかし、本屋では自分の意思で自由に選ぶ体験ができる。これこそが本屋の価値なのかもしれません」

デジタルネイティブ世代は、ネットで効率よく情報を入手できる一方で、アルゴリズムによって偏った情報に囲まれる「フィルターバブル」という問題にも直面している。しかし、本屋を訪れれば、ネットのアルゴリズムに縛られることなく、もともと興味がなかった本や情報に偶然出会うこともできる。これは「フィルターバブル」を超えた世界とのつながりを生むきっかけにもなり得る。本屋の意義を“偶然性に優れたプラットフォーム”と捉えたとき、デジタルでは体験できない価値を際立たせることが、これからの本屋に求められるのではないか。