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金融/財務部門の課題、複雑化と人材不足
デジタル化の波が押し寄せる中、金融・財務部門を取り巻く環境は大きく変化している。業務の複雑化と人材不足という二つの大きな課題に直面しているのだ。
まず、業務の複雑化について見ていきたい。デロイトが金融サービス業界の専門家を対象に実施した調査によると、回答者の81%が「業務が機能の枠を越えて行われるようになっている」と回答している。この結果は、財務部門の業務が従来の枠組みを超えて拡大し、より複雑になっていることを示唆するもの。
さらに、同調査では回答者の63%が「従業員が現在のジョブディスクリプションの範囲外のチームやプロジェクト業務に注力している」とも回答。この数字からも、財務部門の業務が従来の定型的なものから、より柔軟で多岐にわたるものへと変化していることがうかがえる。
一方で、こうした業務の複雑化に対応できる人材の確保が難しくなっている。デロイトの調査では、金融サービス機関の65%が「今後2年間で重要な人材が不足すると予想している」と回答。しかし、社員のスキルを把握している企業は52%にとどまっており、人材マネジメントの難しさが浮き彫りになっている。
人材不足の背景には、さまざまな要因がある。マンパワーグループの報告によると、退職者数が新規参入者数を上回っていること、候補者が必要なハードスキルやソフトスキルを欠いていること、AIによる仕事の代替への懸念から求職者がキャリアを変更していることなどが背景にあるという。
特に深刻なのが、会計・財務分野での人材不足だ。米国労働統計局によると、2023年8月時点で金融・保険分野では42万9,000件の求人が存在していた。2024年8月には27万件まで下がったものの、求人数が求職者数を大きく上回る状況が続いている。
この状況に対し、企業は様々な対策を講じている。その一つが、スキルベースアプローチへの移行だ。デロイトの調査では、金融サービス業界の専門家の96%が「従業員を職務名や職務記述書に基づいて組織化することは、今日のビジネス環境では効果的ではない」と認識していることが判明。しかし、実際にスキルベースの組織構造に移行する準備ができていると回答したのは21%に留まっており、理想と現実に依然大きなギャップが存在するのが現状となっている。
AIによる自動化最前線、Stampliのテクノロジー
業務の複雑化と人材不足に直面する金融・財務部門にとって、AIによる自動化は救世主となり得るのか。この分野で注目を集めているのが、米国のスタートアップ企業Stampliだ。
Stampliは2015年の創業以来、AI駆動の請求書処理に特化したソリューションを提供してきた。同社のCEOであるエヤル・フェルドマン氏は、「AIが会計部門の課題に完璧に適合すると認識し、AIを当社のビジョンと製品戦略の中心に据えた」と語る。
Stampliの特徴は、AIを製品の付加機能としてではなく、エンジンとして組み込んでいる点にある。同社のCTOであるオファー・フェルドマン氏は、「Stampliのデータウェアハウス、ユーザーワークフロー、さらには内部の製品開発およびエンジニアリングプロセスまで、すべてがAIの性能を最大化するように最適化されている」と説明する。
この戦略が功を奏し、Stampliは現在、年間800億ドル(約11兆8,000億円)以上の請求書処理を1,600社の顧客に提供している。同社の強みは、10年近くにわたるAI開発の経験にある。同社のAIは「ビリー・ザ・ボット」という愛称で親しまれており、ユーザーからも高い評価を得ている。
Stampliの技術的特徴の1つは、継続的な自己学習能力だ。ユーザーが行う調整や修正から学習し、顧客固有のプロセスに合わせて常に調整を行う。さらに、顧客のプロセスが変更された場合も、追加のプログラミングなしで学習し、変更に対応できるという。
同社の成長は投資家からも高く評価されている。2023年10月には、ブラックストーンが主導する6,100万ドル(約902億円)のシリーズD資金調達ラウンドを完了。これにより、同社の調達総額は1億4,800万ドル(約2,190億円)に達した。
Stampliの成功は、AIによる自動化が財務部門の課題解決に大きな可能性を秘めていることを示している。しかし、同社のアプローチが示唆するのは、単にAIを導入すればよいわけではなく、業務プロセスの深い理解と継続的な改善が不可欠だという点だ。金融・財務部門のデジタル化を目指す企業にとって、Stampliの事例は重要な示唆を与えているといえるだろう。
LLM活用のインパクト、StampliのCognitive AI、購買発注書確認作業を自動化
既存の機械学習やAI技術に加え、大規模言語モデル(LLM)が財務部門の課題解決にどのように貢献するのか、Stampliが2024年9月に発表した「Cognitive AI」がその答えを示してくれそうだ。
Cognitive AIの最大の特徴は、LLMと緻密に構築されたビジネスロジックを組み合わせた点にある。これにより、経験豊富な会計専門家の複雑な推論と意思決定能力を模倣することが可能になった。
StampliのフェルドマンCEOは「Cognitive AIは、熟練した経理担当者と同じように、複雑な財務シナリオを考え、推論することができる。この水準の人間の能力の再現は、財務ソフトウェアでは前例がない」と語る。
Cognitive AIの威力が最も発揮されるのが、購買発注書(PO)マッチングの自動化だ。POマッチングは、請求書とPOの内容を照合する作業で、従来は財務部門の人員を多く割く必要があった。POと請求書の行項目は数十から数百に及ぶことがあり、不一致も日常的に発生する。説明、数量、価格の不整合、単位タイプの不一致、欠落した配送情報、複数の配送にまたがる行項目の分割、さらには税金、運賃、クレジット、割引、リベートなど、様々な変数が絡む。これらの不一致を解決するには、慎重な調査が必要となるのだ。
従来のPOマッチングツールは、単純なデータマッチングに依存し、その成功率は20〜40%に留まっていた。一方、Stampliが実施したCognitive AIのテストでは、97%の成功率を達成。実際の使用データが蓄積されれば、この数字は100%に近づくと同社は見込んでいる。
実際の導入事例でも、その効果は顕著だ。サウスカロライナ州フォートミルのSuperior Masonry Unlimited社でCognitive AIを使用したところ、当日に届いた22件の請求書の各行を100%マッチング。5件の請求書は3ページに及ぶものだったが、すべてを完璧にマッチングした。これらの請求書の確認にかかった時間はわずか15分。手作業で処理する場合に比べて大幅な時間削減を実現したという。別の事例では、請求書処理のために5人の追加雇用が必要だったところ、Cognitive AIの導入により、追加雇用の必要がなくなったと報告されている。
Cognitive AIの登場は、深刻な人材不足に直面する金融・保険業界にとって、まさに時宜を得たものだといえるだろう。冒頭でも触れたが米国労働統計局の2024年8月のデータによると、同業界では27万件の求人に対し、採用は15万7,000件に留まっている。
文:細谷元(Livit)