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企業の成長過程における「分岐点」に焦点を当て、直面した困難やその後の成長に迫る企画「Turning Point」。今回登場するのは、就活サイト「ONE CAREER」を運営する株式会社ワンキャリアだ。2020年、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、従来の採用イベントが軒並み中止となった。そんななか、いち早くオンラインでの動画配信に着手したワンキャリア。従来の前提が一瞬で覆る瞬間を経験した同社が、組織としてどのように乗り越えてきたのか。動画事業の立ち上げを主導し、現在は動画・イベント事業のシニアマネージャーと新卒ITエンジニア向け就活サイト「ONE CAREER for Engineer」の事業責任者を務める多田氏に話を伺い、同社のターニングポイントに迫る。
設立 |
2015年8月18日 2021年10月東京証券取引所マザーズ市場(現グロース市場)へ新規上場 |
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本社所在地 | 東京都渋谷区桜丘町20-1 渋谷インフォスタワー16階 |
事業内容 | キャリアデータプラットフォーム事業(採用DX支援サービス等) |
企業の成長過程における ターニングポイント |
オフライン事業の一時休止と並行して、最速で動画事業を立ち上げ。副作用として生じた組織の課題から、やらないことを明確にすることで見えた強固な組織作り。 |
どこの会社も同じ状況。それを「最速」でやったのがしんどかった
コロナ禍により、当時主流だったリアルな場での合同説明会などが軒並み中止となるなか、多くの企業は学生とのマッチング機会を失い、採用活動に困窮していた。主催するリアルイベントを開催できなくなった上に、学生とのマッチング機会がなくなれば、就活サイトを運営するワンキャリアにとっても死活問題となる。
そこで、オンライン上での新しいマッチング機会をつくろうと、業界でいち早く動画事業の立ち上げに着手。この事業の立ち上げを主導したのが、多田氏だ。
「弊社は経営陣の意思決定が非常に早く、コロナ禍ですべてのリアルイベントが中止となるなか、いち早く動画事業を立ち上げようという動きになりました。そこで、私がその立ち上げに任命されましたが、動画に関してはまったくの素人で、どうやって配信するか、どんな機材を使うかもわからない状況でした。ただ、動画制作を専門とする外部の会社さんなどを頼りに、ゼロから配信機材を整え、動画で説明会を実施する準備を進めていきました。とはいえ、本当に正解がない状態で何をやれば良いのか模索しながら進めていたので、最初にやっていたものは、今思えば目も当てられないクオリティだったと思います。
スライドを準備するのではなく、ホワイトボードに手書きで企業情報を書き出したり、人事担当者の方をお呼びして、司会は弊社の社員が交代制で行ったりする状況でした。あの当時は、クライアントさんもユーザーである学生さんも困っている状況だったので、とにかくスピード感を持って実現していくこと重視。PDCAを回しているという感覚もなく、効率化なども二の次で、目の前のことをやるのに必死でしたね」
当時ONE CAREERでは、2020年3月からという圧倒的なスピード感で「ONE CAREER 説明会LIVE」を、全国の就活生に向けて実施。さらに、2020年5月にはYouTube企業説明会「ONE CAREER SUPER LIVE」、2020年10月にはテレビ局とのコラボイベントを開催するなど、アップデートを重ねながら走り続けた。
「当時は、オフライン事業の一時休止と並行して動画事業の立ち上げをやらないといけなかったので、とにかく大変でしたね…。いかにマイナスを出さずにオフライン事業の収拾をつけながら、動画事業で利益を上げていくのか。多分どこの会社さんも同じ状況だったと思うのですが、それを最速でやっていくのがしんどかったです」
当時はとにかく猪突猛進で、目の前のことに必死だったと話す多田氏。最速で動画事業の立ち上げを実現したものの、当時の組織の状態には課題を感じていたという。
「動画事業の立ち上げのときは、とにかく自分が闇雲に先頭を走っているような状況で、メンバー側もただただ、走り疲れているという状態に陥っていました。1on1でメンバーと向き合うようにはしていたのですが、一向に状況は好転しませんでしたね……」
全部をやろうとして疲弊。やらないことを明確に決める必要があった
動画事業の立ち上げには成功したものの、当時の組織状況にはもっと改善の余地があったのではないかと、多田氏はモヤモヤを抱えていたという。その後、経営企画部への異動が大きな転機となる。
「経営企画部に異動したことで、会社全体を俯瞰して見ることができるようになりました。それによって、会社のシステムとそれに対する人の動きが把握できるようになり、会社全体の戦略の中で、事業が手段として存在することを改めて理解できたんです。
動画事業に立ち返ってみると、当時は長期的な展望を描けていなかったんですよね。そのため、メンバーもどこを目指しているのかわからないまま走ることになってしまい、今考えれば途中で疲弊してしまうのは明らかでした。
動画事業の立ち上げ時は、私自身『とにかくやらなきゃ』という思いが強すぎて、プレイヤーとしてがむしゃらに走っていましたが、リーダーという存在はやはり、メンバーよりも高い視座を持っていないとチームを成立させられないんですよね。例えば、走りながらだったとしても、短期・中長期の戦略ごとに必要な定点観測を行い、それぞれの目的に対する現在のアクションがズレていないか立ち返る時間を持ち、軌道修正を行う。そういった、現在地がゴールから逆算されたポジションに立てているのかどうか俯瞰する機会を、チームに対して提供し、習慣化させなければ、組織を導くことができず、メンバーと共に溺れてしまうことになります」
その後、経営企画部から事業部に戻り、ITエンジニアに特化した就活サイト「ONE CAREER for Engineer」の立ち上げを任されたとき、多田氏は戦略を指し示すだけでなく、やらないことも明確に決めたと話す。
「『ONE CAREER for Engineer』の立ち上げでは、何が重要でどこにリソースを投下するべきかを明確にし、やらないことも決める必要があると考えました。
特に新規事業の立ち上げやスタートアップ企業などは、目の前のことに必死すぎて周りが見えなくなりやすい。中長期的な企業成長、事業の拡大を目指すためには、将来のビジョンをしっかり見据えながら、やるべきことに注力するだけでなく、やらないことを明確化することも必要だと感じます。
やらなきゃいけないことが増えると、組織やメンバーのエネルギーが分散され、事業を推し進める力が弱まってしまいます。また、組織の方向性が明確に定まっていなければ業務の取捨選択をすることも難しい。だからこそ、指針を定めることに加えて『やらなきゃいけないこと』の棚卸しをし、『やるべきこと』への整理をしてあげることが重要です。分散していたエネルギーを集中させ、推進力を強める。そのために重要なのが、やらないことを決めるというリーダーのドラスティックな選択なんです」
個人の強みを見つけ、適切な役割と掛け合わせる。組織づくりの秘訣
動画事業の次に、多田氏が立ち上げを任された「ONE CAREER for Engineer」は2023年9月に無事リリース。現在は同サービスの責任者に加え、動画・イベント事業のシニアマネージャーも兼務している。
そんな多田氏が、組織づくりの際に大事にしていることがあるという。
「社員はみんな、頑張りたいという気持ちを持っています。しかし、何に対してどのような価値を発揮すれば良いのかわからない、という状態の人が多いんです。だからこそ、一緒に強みを考え、発見して言語化し、適切な役割と掛け合わせる。その上で成果が発揮され、成功体験を積んでいくと、仕事が楽しいから頑張るという好循環が生まれます。
例えば、傾聴力が高いという強みを発見したら、ユーザーの声を拾い上げる役割を担ってもらい、その声をサービス開発に活かしてもらう。そうすることで、その人は精度の高いユーザーの代弁者として社内から頼られることでしょう。さらに、自身がアップデートに関わったサービスのポジティブな反響をダイレクトに受け取ることができれば、そこでの成功体験を積むこともできます。こうした小さな成功体験を積み重ねることで、自身の強みを明確化できるようになります。そうすると、会社の事業や目標数字も自分ごととして捉えられるようになり、実現するための実行力や挑戦心につながっていくんだと思います」
コアバリューの1つに「個の強みの模索」を掲げているワンキャリアだからこそ、組織として、個人が強みを発揮できるような土壌を築いていこうという強い意志が感じられる。
組織として予測不可能な時代を乗り越えるためには、強固な組織作りが欠かせない。では、どうやって強固な組織をつくるのか。同社が指し示すように、個の強みを模索し、適切な役割に結びつけることが1つの選択肢と言えそうだ。
- 多田 薫平
- イベントプロデューサー 兼 ONE CAREER for Engineer 事業責任者
- 当時、従業員数10名程だったワンキャリアへ新卒一人目として入社。マーケティング・営業・キャリアアドバイザー・イベントの責任者などを経験。2020年のコロナ禍の時に、動画事業の立ち上げの責任者を務めた。その後、経営企画部で事業開発の責任者として、エンジニア学生向けのサービス「ONE CAREER for Engineer」の立ち上げを主導。現在は、動画・イベント事業のシニアマネージャーと「ONE CAREER for Engineer」のサービスの責任者を兼務している。
文:吉田 祐基
写真:小笠原 大介